
\原子レベルの乱れもナノ計測に影響する!/ 最表面の原子配列まで整えることで、物質の強さを世界最高精度で評価
GaN結晶の原子配列変化をわずか2.3%のばらつきで計測
研究成果のポイント
- 最表面原子層の原子配列制御で、物質の強さをナノスケールかつ世界最高精度で評価
- 従来基準の「表面粗さ」で説明できなかった測定のばらつきが、最表面原子層の原子配列の乱れによって生じることを明らかに
- 半導体やセラミックスなど幅広い物質に対する高精度なナノスケール力学試験の新基準となり、また、表面加工プロセスの高度化や、品質管理、物質設計、信頼性評価への貢献に期待
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の中村篤智教授、李燕助教、大栗洋人さん(研究当時:博士後期課程3年)らの研究グループは、GaN結晶の最表面原子層における原子配列を制御することで、物質の強さをナノスケールで世界最高精度に評価できることを明らかにしました。
半導体デバイスや微小機械システムなどの技術がナノスケールへと進むにつれて、物質の表面は、その変形や破壊のしやすさを左右する重要な因子となっています。しかし、原子レベルで物質の最表面構造を制御し、その表面が力学応答に与える影響を実験的に調べることは、これまで実現されていませんでした。
物質に力を加える際にある一定の力を超えると、物質内部の原子配列が組み替わり始め、力を取り除いても完全には元に戻らない「塑性変形」が始まります。この現象は専門的には降伏と呼ばれます。物質の強さを正確に評価する上で、この降伏現象を高精度に測定することが重要です。
今回、研究グループは、触媒基準エッチング(CARE)と呼ばれる表面加工技術を用いて作られた、原子一層分の段差が規則正しく並んだ最表面構造を力学試験に応用しました(図1)。GaN結晶の表面の原子配列を数百nm幅の平坦な「テラス」と約0.26nm高さの単原子ステップという非常に高い精度で整え、低荷重で100回のナノスケール力学試験を行ったところ、100回すべてで、降伏に必要な力を極めて高い再現性で評価することに成功しました。特に、計測された降伏応力のばらつきはわずか2.3%で、これは従来報告されてきたナノスケール力学試験にない、世界最高精度です。
本研究は、物質本来の力学的強さを抽出するにあたって、最表面の原子配列まで制御が必要なことを明らかにし、物質の強さをナノスケールで正確に評価するための新しい基準を示すものです。
また、「最表面原子層の原子配列を基準とする力学評価」は、表面加工プロセスの高度化、品質管理、物質設計、信頼性評価に貢献していくと期待されます。
本研究成果は、国際学術誌「Small」に2026年4月27日にオンラインにて公開されました。
図1. 原子が規則配列した表面を使った力学試験
研究の背景
物質の強さは、電子デバイス、光デバイス、精密部品、微小機械システムなどの信頼性を左右する重要な性質です。特に、半導体やセラミックスのような硬い物質では、どの程度の力が加わったときに原子配列変化が生じるのかを正確に知ることが重要です。
このような微小領域の物質の強さを調べる方法として、ナノインデンテーション試験が広く用いられています。この方法では、ダイヤモンド製の小さな圧子を表面から押し込み、そのときの荷重と押し込み深さを精密に測定します。そこから、物質の硬さや弾性定数、理論強度などを評価できます。
物質に力を加えたとき、最初は原子間距離がわずかに変化するだけで、力を取り除くと元の状態に戻ります。この状態を弾性変形といいます。一方、さらに大きな力を加えると、結晶中の原子配列が組み替わり、力を取り除いても元に戻らない変形が始まります。この開始点を専門的には降伏と呼びます。
しかし、ナノスケールの試験では、押し込む深さが数十nmから数百nm程度と極めて浅いため、表面の状態が測定結果に強く影響します。これまでは、表面がどれだけなめらかであるかを示す「表面粗さ」が主な指標として使われてきました。一方で、表面粗さが非常に小さい場合であっても、最表面原子層の原子配列が本当に整っているとは限りません。
そこで本研究では、GaN結晶を対象として、最表面の原子配列を原子スケールで制御し、それがナノスケール力学試験における降伏応力の測定精度にどのように影響するのかを調べました。GaNは、発光デバイスやパワーデバイスなどで用いられる重要なワイドギャップ半導体であり、高硬度で化学的にも安定なため、原子スケールで配列まで制御された理想的な表面を作製することが難しい物質です。
研究の内容
本研究では、GaN結晶の(0001)表面に対して、3種類の表面状態を準備しました。第一に、触媒基準エッチング(CARE)により、原子一層分の段差と平坦なテラスが規則正しく並ぶ表面を作製しました。第二に、市販GaN基板に一般的に用いられる化学機械研磨後の表面を用いました。第三に、機械的なバフ研磨により、表面の凹凸と表面近傍の加工ダメージを導入した表面を準備しました。
走査型プローブ顕微鏡による観察の結果、CARE処理したGaN表面では、約250 nm幅の平坦なテラスと約0.26 nm高さのステップが規則正しく並んでいることが確認されました。この0.26 nmという高さは、GaN結晶におけるGa-N二原子層1層分に相当します。つまり、CARE処理により、最表面原子層の原子配列が理想に近い形で整えられた表面が得られました。
この表面に対してナノインデンテーション試験を100回行ったところ、100回すべてで、降伏の開始(ポップイン)を示す明瞭なシグナルが高精度に観測されました。応力評価においても、CARE処理表面では均一かつ高い応力で降伏が始まることが分かりました。その応力の相対標準偏差はわずか2.3%でした。これは、これまでに報告されてきたナノインデンテーションによる降伏応力評価のばらつきを大きく下回る値です。
一方、市販GaN基板に広く用いられる化学機械研磨後の表面では、「表面粗さ」の指標など見かけ上はほぼ同等のなめらかさでした。しかし、降伏応力のばらつきは4.9%まで増大しました。これは、CARE処理表面の2倍以上に相当しています。
また本研究では、表面のわずかな曲率が応力評価に与える影響も解析しました。その結果、表面に局所的な凸部がある場合には応力集中が、凹部がある場合には応力緩和が生じ、理想的な平坦表面を仮定した従来の解析では応力を過小または過大に見積もる可能性があることが分かりました。
これらの結果から、ナノスケール力学試験の精度を高めるには、表面粗さだけではなく、最表面原子層の原子配列の秩序を制御・評価することが不可欠であることが明らかになりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、物質の強さをナノスケールで正確に評価するための新しい基準を示すものです。これまでの力学試験では、試料表面の良し悪しは「表面粗さ」という指標で判断されてきました。しかし、本研究により、表面粗さが小さいだけでは不十分であり、最表面原子層の原子配列がどれだけ規則正しく整っているかが、測定精度を左右することが分かりました。結果として、物質本来の降伏現象を抽出するにあたって、最表面の原子配列まで制御が必要なことがわかり、この点で今後のナノスケール力学研究の基準を変革させることになります。
この知見は、GaNに限らず、半導体、セラミックス、金属、機能性結晶など、幅広い物質の力学評価において無視できないものです。特に、硬くて脆い物質や、微小領域の信頼性が重要となる物質では、どのような力で降伏や破壊が始まるのかを正確に知ることが重要です。
また、GaNなどの実用半導体では、表面加工のわずかな違いがデバイスの性能や信頼性に影響する可能性があります。集積回路、光電子デバイス、微小機械システム(MEMS)などの先端技術では、原子レベルの表面構造の乱れが、想定外の信頼性低下につながる可能性もあります。本研究で示した「最表面原子層の原子配列を基準とする力学評価」は、表面加工プロセスの高度化、品質管理、物質設計、信頼性評価に貢献していくと期待されます。
特記事項
本成果は、2026年4月27日(火)に国際学術誌「Small」にオンライン掲載されました。
タイトル:“Atomic Step–Terrace Ordering Enables Unprecedentedly Low Pop-in Stress Scatter in GaN (0001)”
著者名:Hiroto Oguri, Yan Li, Ai I. Osaka, Rikuta Hara, Ryosuke Kinoshita, Daisetsu Toh, Azusa N. Hattori, Eita Tochigi, Atsutomo Nakamura
DOI:https://doi.org/10.1002/smll.202512390
なお、本研究は、主に、日本学術振興会(JSPS)科研費 JP24H00285、JP24H00032、JP22H04960、JP24K17169、および科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJFS2125 の支援を受けて行われました。
参考URL
用語説明
- 最表面原子層
物質の一番外側にある原子層。本研究では、GaN表面に原子一層分の段差と平坦なテラスが規則正しく並んだ状態を作製し、その最表面原子層の原子配列が力学試験の精度に与える影響を調べた。
- GaN
ガリウムと窒素からなる化合物半導体。発光デバイスやパワーデバイスなどに用いられる重要なワイドギャップ半導体である。
- 降伏
物質に力を加えたとき、原子の並びが組み替わり始め、力を取り除いても完全には元に戻らない変形が始まる。
- 触媒基準エッチング(CARE)
触媒を用いた化学反応により、物質表面の最外層を選択的に取り除く表面加工技術。加工ダメージを抑えながら、原子レベルで平坦かつ規則的な表面を形成できる。
- ナノインデンテーション試験
小さく硬い圧子を物質表面に押し込み、そのときの荷重と押し込み深さを測定する方法。ナノメートルスケールの微小領域で、物質の硬さや弾性定数、降伏応力などを評価できる。
- ポップイン
ナノインデンテーション試験中に、押し込み深さが急に増加する現象。結晶中で降伏、すなわち塑性変形開始が生じる瞬間を反映する重要なシグナルである。本研究では、このポップインを手がかりとして、降伏が始まる応力を評価した。