構造情報と計算科学を駆使して膜酵素を可溶化

構造情報と計算科学を駆使して膜酵素を可溶化

酵素を利用した生物電気化学デバイスの機能向上に貢献

2026-4-24生命科学・医学系
生命機能研究科特任教授(常勤)難波 啓一

概要

京都大学大学院農学研究科の市川小夏 修士課程学生(現・博士課程学生)、足立大宜 特定研究員、北隅優希 同准教授、白井理 同教授、宋和慶盛 同助教、大阪大学大学院生命機能研究科 日本電子YOKOGUSHI 協働研究所の宮田知子 特任准教授(常勤)、牧野文信 同招へい准教授、難波啓一 同特任教授(常勤)らの共同研究グループは、Gluconobacter oxydansという酢酸菌由来の膜結合型アルコール脱水素酵素(ADH)の膜結合領域を同定し、界面活性剤フリーのADH可溶化変異体を開発しました。また、本変異体の電極触媒活性が野生型組み換えADH(rADH)の約2倍程度に向上していることを明らかにしました。

酸化還元酵素は、常温・常圧・中性で高い選択性を有する生体触媒です。中でも、一部の酸化還元酵素は、「直接電子移動型酵素電極反応(DET型反応)」と呼称される反応を進行し、酸化還元に伴って生じる電子を電極に直接授受することができます。DET型反応が可能な酵素(DET酵素)の中でも、ADHは卓越したDET活性を有しており、DET型エタノール酸化反応を触媒します。本反応は、バイオセンサやバイオ燃料電池などへの応用が期待されている一方、ADHが膜酵素であることが産業利用における課題の一つとなっていました。そこで本研究では、ADHの構造情報と計算科学的手法を活用し、本酵素の膜結合領域を推定しました。また、推定した膜結合領域を欠損させ、界面活性剤フリーのADH可溶化変異体(sADH)を構築しました。sADHは可溶性画分から単離・精製され、クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)によってその構造が解明されました。さらに、 電気化学特性評価の結果、sADHのDET活性は、rADHの約2倍程度に増加していました。

本研究成果は、2026年3月12日に、国際学術誌「Chemical Communications」にオンライン掲載され、Inside Front Coverに採択されました。

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図1. ADHの膜結合領域同定とsADHの構築 ©️京都大学(イラストレーター:田中 花音)

研究の背景

酸化還元酵素は、生体内電子伝達において重要な働きを担う触媒であり、常温・常圧・中性条件で高い基質選択性を有します。近年、酸化還元酵素と電極が直接電子を授受する「直接電子移動型酵素電極反応(DET型反応)」が、生体/環境適合性の高い反応系として注目されています。DET型反応が可能な酵素(DET酵素)の中でも、酢酸菌Gluconobacter属由来の膜結合型脱水素酵素群は、卓越したDET活性を有するモデル酵素として研究されてきました。一方、本酵素群が膜酵素であることに起因して、産業利用に向けたいくつかの課題が存在しました。第一に、膜酵素は一般的に疎水性が高く、ミスフォールディングが起きやすいため、異種大量発現系の構築が困難です。また、膜酵素の精製には、界面活性剤を用いた長時間の可溶化プロセスが必須であり、精製コストの増加や酵素の失活を引き起こします。さらに、膜酵素に共存する界面活性剤が、DET型反応に影響を及ぼすことも知られています。よって、高いDET活性を維持した状態で、膜酵素を可溶化酵素にする手法が求められていました。そこで本研究では、Gluconobacter oxydans由来のADHに着目しました。本酵素は、ヘテロ三量体の膜酵素であり、触媒反応部位であるピロロキノリンキノン(PQQ)とヘムc(ヘムcLと呼称)を有するLサブユニット、3つのヘムc(N末端からヘム1c、2c、3cと呼称)を有し、膜結合を担うCサブユニット、Sサブユニットから構成されます。基質であるエタノールはPQQで酸化され、酸化反応に伴って生じる電子は、ヘムcを介して生体内では疎水性電子受容体であるユビキノン(UQ)に、DET型反応では電極に受け渡されます。ADHの全体構造は、2023年に解明された一方、本酵素の膜結合領域は未知でした。本研究では、ADHの膜結合領域を同定し、ADHのDET活性を低下させることなく、界面活性剤フリーのADH可溶化変異体(sADH)を構築することを目的としました。

研究の内容

1.ADHの膜結合領域推定と可溶化変異のデザイン
ADHの膜結合領域を予測するため、ADHのCryo-EMマップ(図2A、EMDB:EMD-34368)とPDB構造(図2B、PDB:8GY2)に着目しました。Cryo-EMマップの赤点線で囲まれた部分に、界面活性剤由来のノイズを確認することができます。本ノイズは、Cサブユニットの一部が局所的に疎水性を有していることを示しています。また、本ノイズに対応する位置に、疎水性電子受容体であるUQの結合領域が存在していました。UQ周辺のアミノ酸に着目すると、側鎖が溶媒側に露出した疎水性アミノ酸残基が多数存在していました(図2C)。これらの構造的特徴に基づき、Cサブユニット内に3つの膜結合領域(領域1:P77–I78、領域2:W159–F174、領域3:G212–M215)を推定しました。

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図2. (A)ADHのCryo-EMマップ。(B)ADHのPDB構造。(C)ユビキノン結合領域周辺の拡大図。
また、膜結合領域の欠損による構造変化や安定性低下を防ぐため、欠損領域にグリシンリンカーを挿入しました。構造予測ツールAlphaFold3で生成した予測構造に基づいて、各領域の変異(Δ1:P77–I78をジグリシンリンカーに置換、Δ2:W159–F174をテトラグリシンリンカーに置換、Δ3:グリシンリンカー無しでG212–M215を欠失)を設計しました。

2.膜結合領域の同定とsADHの開発
野生型組み換えADH(rADH)と単一および多重欠失ADH変異体(Δ1、Δ2、Δ3、Δ1Δ2、Δ1Δ3、Δ2Δ3、Δ1Δ2Δ3)を構築し、粗酵素溶液における可溶性画分と膜画分の酵素活性局在を評価しました(図3)。rADHでは、総活性の77±4%が膜画分に存在していた一方で、Δ2変異体では、総活性の90±3%が可溶性画分に存在していました。本結果は、領域2がADHの膜結合において重要な役割を担うことを示しています。全ての変異体の中で、Δ1Δ2Δ3変異体は、可溶性画分において最も高い相対活性(95±3%)を示し、3つの推定膜結合領域が全て膜結合に関与していることが示唆されました。また、3領域が膜結合に関与していることは、脂質膜–ADH複合体の分子動力学シミュレーションの結果からも支持されました。よって、Δ1Δ2Δ3変異体をADH可溶化変異体(sADH)とし、可溶性画分から界面活性剤を用いずに精製することに成功しました。

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図3. rADHおよび構築されたADH変異体発現株の粗酵素溶液におけるエタノール酸化活性の局在。

3.sADHの特性評価
Cryo-EMを用いた構造解析の結果、sADHが2つの構造を有することを確認しました(図4)。両構造を比較すると、赤点線で示した変異導入部位周辺に構造変化があることがわかります。この結果は、本可溶化手法が予期せぬ構造変化を完全には防げなかったことを示しています。一方で、Cサブユニットの大部分やサブユニット界面は安定して保存されていました。また、rADHおよびsADHを用いて酵素機能電極を作製し、両電極のDET活性を評価しました(図5)。sADHは明瞭なDET活性を示し、DET活性を維持した状態での可溶化変異導入に成功したことが示されました。さらに、sADHのDET活性がrADHと比較して約2倍に増加していることが確認できました。本結果は、変異導入により酵素配向が改善され、DET型反応に有効な酵素吸着量が増加したことを示唆しています。

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図4. sADHの構造。(A)Form 1(PDB:9X0Q)、(B)Form 2(PDB:9X0R)。

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図5. 酵素機能電極を用いて測定された電流-電圧曲線。
(黒:rADH、赤:sADH、実線:基質あり、破線:基質なし)

波及効果、今後の予定

本研究では、膜結合型DET酵素であるADHに着目し、ADHの膜結合領域を推定しました。変異体設計や脂質膜-酵素複合体の再現に計算科学的手法を取り入れ、界面活性剤不要のADH可溶化変異体を構築しました。また、構造解析および電気化学測定によりsADHの特性評価を行い、sADHが高いDET活性を有することが示されました。本研究で着目した領域1から3は、同じく酢酸菌Gluconobacter属の膜結合型DET酵素であるアルデヒド脱水素酵素、フルクトース脱水素酵素にも保存されています。本可溶化手法をこれら酵素に応用することで、膜結合領域の相同性に基づく生理機能の解明に繋がります。さらに本研究は、応用利用に向けたDET酵素の機能向上と、生体/環境適合性の高い生物電気化学デバイス構築に貢献します。

特記事項

【論文情報】
タイトル:Structure-guided engineering of membrane-binding regions for surfactant-free solubilization of direct electron transfer-type alcohol dehydrogenase
(直接電子移動型アルコール脱水素酵素の可溶化に向けた構造情報に基づく膜結合領域の設計)
著  者:Konatsu Ichikawa, Taiki Adachi, Tomoko Miyata, Fumiaki Makino, Keiichi Namba, Yuki Kitazumi, Osamu Shirai, and Keisei Sowa
掲 載 誌:Chemical Communications, in press, DOI: 10.1039/d6cc00143b
本研究は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構AMED BINDS制度(JP25ama121003)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP25K18412、JP24K17827)、国立研究開発法人科学技術振興機構 革新的GX技術創出事業(GteX)(JPMJGX23B4)、京都大学創立125周年記念ファンド「くすのき・125」、京都大学への寄附金(加来裕生氏、王厚龍氏、濵野泰如氏)の支援のもとで実施されました。

用語説明

酢酸菌

食酢の製造に用いられる微生物。

アルコール脱水素酵素

エタノールをアセトアルデヒドに酸化する酵素。

直接電子移動型酵素電極反応(DET型反応)

酵素反応と電極反応が共役した反応を「酵素電極反応」と呼ぶ。その中でも、酵素が電極と直接的に電子移動できるものを直接電子移動型と呼び、本文中ではDET型反応と記載する。

DET活性

DET型反応で観測できる触媒電流のこと。

クライオ電子顕微鏡

タンパク質などの生体試料を含む溶液を急速凍結し、薄い氷に包埋することで、生理的な環境に近い状態で観察できる電子顕微鏡。

ユビキノン

コエンザイムQ10のこと。生体内でADHの電子供与体として働く。

分子動力学シミュレーション

タンパク質や核酸などの分子に働く力を物理法則に基づいて計算し、それらの時間発展を追跡することで、分子の構造変化や運動を原子レベルで解析できる計算手法。