電子を操って原子核の半減期を大きく変える

電子を操って原子核の半減期を大きく変える

「電子架橋遷移」の存在を示す重要な証拠を発見

2026-4-14自然科学系
理学研究科教授笠松 良崇

概要

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター核化学研究開発室の重河優大特別研究員(研究当時、現客員研究員、筑波大学数理物質系助教)、羽場宏光室長、光量子工学研究センター時空間エンジニアリング研究チームの山口敦史専任研究員、大阪大学大学院理学研究科の笠松良崇教授、東北大学先端量子ビーム科学研究センターの菊永英寿准教授、同金属材料研究所の白崎謙次講師(研究当時)、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所の和田道治名誉教授らの共同研究グループは、原子核の周りにある電子の数を変えて、励起状態のトリウム229原子核の半減期を大きく変化させることに成功しました。

本研究成果は、未発見の核壊変過程(励起状態から基底状態へ脱励起する過程)である「電子架橋遷移」の直接観測に向けた大きな一歩となり、原子核時計の実現に向けた貢献も期待されます。

励起状態のトリウム229原子核は、通常の原子核の1,000分の1以下である8.4電子ボルト(eV)という低い励起エネルギーを持ちます。8.4eVは、トリウム原子の最も外側の軌道にある電子(価電子)の結合エネルギーと同程度です。そのため、価電子の数が変わると、励起状態のトリウム229原子核の壊変過程が変化すると考えられてきました。壊変過程として、光子を放出するγ(ガンマ)線放出や電子を放出する内部転換が知られています。これらは多くの原子核で観測されている壊変過程ですが、トリウム229原子核の場合には、原子核のエネルギーを電子の遷移と光子に変換する電子架橋遷移という新しい過程の存在が予想されてきました。今回、共同研究グループは、中性のトリウム原子から電子を1個取り除いた1価イオンの状態で、励起状態のトリウム229原子核の半減期を測定しました。得られた半減期の値は0.46±0.08秒で、中性のトリウム原子(内部転換で壊変)の10万分の1秒程度や3価のトリウムイオン(γ線放出で壊変)の1,400秒程度という半減期の値と大きく異なっており、電子架橋遷移の存在を強く示唆する結果となりました。

本研究は、科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(4月14日付:日本時間4月14日)に掲載されました。

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電子架橋遷移の概要

研究の背景

通常、原子核の励起エネルギーは数千~数百万eV程度ですが、トリウム229(原子番号90、質量数229)の原子核には、励起エネルギーがわずか8.4eVのアイソマーが存在します。このアイソマーは、不安定な原子核状態(励起状態)であるため、より安定な状態(基底状態)に放射壊変します。8.4eVの励起エネルギーは、トリウム原子の最も外側の軌道にある電子(価電子)の結合エネルギー程度の大きさです。ほとんどの原子核では、核の半減期が電子の数や状態に応じて変化することはありませんが、トリウム229アイソマーの場合は、トリウム原子が持つ電子の数に応じて核壊変過程や半減期が変化します。例えば、トリウムが中性原子状態の場合、アイソマーは内部転換によって壊変し、その半減期は10万分の1秒程度です。一方、トリウムが3価イオンの状態の場合、アイソマーはγ線放出によって壊変し、その半減期は1,400秒程度であることが知られています。

理論的な研究によると、トリウムの電子状態によっては、内部転換やγ線放出とは異なる核壊変過程である電子架橋遷移が起こり、半減期も大きく変化し得ると予想されてきました。電子架橋遷移では、原子核の励起エネルギーが電子の遷移に使われるとともに、光子が放出されます。電子架橋遷移が起こる有力な候補が、1価イオン状態のトリウム229アイソマーです。これまで、1価イオン状態のアイソマーを生成することが難しく、半減期の測定に成功した例はありませんでした。本研究では、トリウム229の1価イオンをイオントラップ中で大量に生成する手法を新たに開発し、アイソマーの半減期の測定を試みました。

研究の内容

共同研究グループは、1価イオン状態のトリウム229アイソマーを生成するための装置を開発しました(図1)。トリウム229アイソマーの生成には、ウラン233(²³³U)の線源を利用しました。ウラン233がアルファ壊変(ヘリウム4(⁴He)の原子核の放出)すると、2%の割合でアイソマーのトリウム229(²²⁹Th)イオンが生成されます。トリウム229イオンの集団を、ヘリウム(He)ガスとの衝突によって減速し、RF(ラジオ波)カーペットと呼ばれるイオン収集装置でイオンビームとして取り出し、イオントラップまで輸送しました。イオントラップには、アルゴン(Ar)ガスと微量の一酸化窒素(NO)ガスを導入しました。トリウム229イオンは最初2価イオン(²²⁹Th²⁺)の状態ですが、NOガスとの電荷交換反応によって1価イオン(²²⁹Th⁺)に変換されます。

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図1. 本研究で開発したトリウム229(²²⁹Th)の1価イオン生成装置
ウラン233(²³³U)線源から引き出された²²⁹Thの2価イオン(²²⁹Th²⁺、2%がアイソマー)をイオントラップに捕捉し、一酸化窒素(NO)ガスとの電荷交換反応を起こすことで1価イオン(²²⁹Th⁺)を生成した。

イオントラップ中で1価のトリウム229イオンが生成されたことを確認するため、イオントラップの後段に設置された質量測定器と電子・イオン検出器を用いて、イオンの質量電荷比を測定しました。イオンをNOガスの存在下で0.1秒トラップした場合、トラップなしの場合に比べて、1価のトリウム229イオンの量が13倍に増加しており、電荷交換反応による1価イオンの大量生成が確認されました(図2)。

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図2. イオントラップから引き出されたイオンの質量電荷比の分布
イオンを0.1秒トラップしてから引き出した場合(赤)、イオンをトラップせずに連続的に引き出した場合(青)に比べてトリウム229の1価イオン(²²⁹Th⁺)の量が大幅に増大した。ウラン233線源からのアルファ線によって線源自身もイオン化され、ウラン233の1価イオン(²³³U⁺)もトラップから引き出された。

トリウム229のアイソマーを検出するため、1価イオン状態のトリウム229を電子・イオン検出器へ輸送しました(図1)。1価イオンのトリウム229アイソマーは、検出器表面で中性原子に変わり、内部転換過程によって壊変します。その際に放出される内部転換電子の検出を試みました。その結果、内部転換による壊変に対応した10万分の1秒程度の半減期を持つ信号が検出されました(図3)。一方、比較用に、天然に存在する長半減期のトリウム232(²³²Th)の1価イオンで実験したところ、そのような信号は見られませんでした。従って、トリウム229アイソマーの信号を正しく検出できたことが分かりました。

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図3. トリウム229アイソマーの内部転換電子の検出
トリウム229アイソマーが検出器に到着してからの電子信号の経時変化を測定したところ、内部転換による壊変に対応した10万分の1秒程度の半減期を持つ信号が観測された(赤線)。比較用に、トリウム232(²³²Th)を検出器に引き出したところ、半減期の長い減衰信号は観測されなかった(青線)。

上記の結果から、イオントラップ中のトリウム229アイソマーの個数を、電子・イオン検出器によって数えられることが分かりました。そこで、イオンのトラップ時間を変えながら、アイソマーおよび基底状態のトリウム229の個数の変化をそれぞれ測定しました。基底状態のトリウム229については、イオンの個数がトラップ時間とともに増加し、ピークを迎えた後に減少する挙動を示しました(図4の青線)。これは、トリウムの1価イオンがトラップ中で電荷交換反応により生成され、分子との化学反応によって減少したことを示しています。

一方、アイソマーも基底状態と化学的性質が同じであるため、トラップ中での化学反応による個数変化は同じになるはずです。しかし、曲線の形が基底状態とは大きく変化していました(図4の赤線)。この個数変化はアイソマーの原子核壊変によるものだと考えられ、1価イオン状態のトリウム229アイソマーの半減期を0.46±0.08秒と決定することができました。得られた半減期は、内部転換の半減期(10万分の1秒程度)やγ線放出の半減期(1,400秒程度)とは大きく異なっており、新しい壊変過程の存在が示唆されました。また、電子架橋遷移の半減期の理論計算値とも矛盾がなく、1価イオン状態のトリウム229アイソマーは電子架橋遷移で壊変することが示唆されました。

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図4. イオントラップに捕捉された1価イオン状態のトリウム229の個数の経時変化
トラップ時間0秒のときの1価イオンの数を1に規格化している。アイソマー(赤)と基底状態(青)の個数の変化の仕方が大きく異なっていることが観測された。両者の差異を解析することで、1価イオン状態のトリウム229アイソマーの半減期を決定した。

今後の期待

本研究の結果は、電子架橋遷移の直接的観測に向けた大きな一歩となります。今後は、1価イオン状態のトリウム229アイソマーから放出される光子を測定することで、電子架橋遷移の直接的観測を目指します。さらに、放出された光子の波長を分析することで、電子架橋遷移の壊変機構の解明に取り組みます。

一方、基底状態のトリウム229原子核にレーザーを照射してアイソマーへ励起することで、既存の原子時計を超える精度を持つ「原子核時計」が実現できると期待されています。電子架橋遷移への理解を深めることで、レーザーで生成されたトリウム229アイソマーを素早く基底状態へ戻す手法の開発など、原子核時計の実現に向けた貢献も期待されます。

特記事項

【論文情報】
<タイトル>Lifetime of the singly charged ²²⁹Th nuclear isomer
<著者名>Yudai Shigekawa, Atsushi Yamaguchi, Katsuyuki Tokoi, Nozomi Sato, Hidetoshi Kikunaga, Kenji Shirasaki, Yoshitaka Kasamatsu, Michiharu Wada, Hiromitsu Haba
<雑誌>Nature Physics
<DOI>10.1038/s41567-026-03251-1

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「イオンと分子の反応を利用したトリウム229核異性体の電子架橋遷移の観測(研究代表者:重河優大、JP20K14500)」、同基盤研究(B)「トリウム229核異性体の内部転換抑制手法の開発によるガンマ線放出過程の解明(研究代表者:重河優大、JP23K25904)」、同基盤研究(A)「レーザーによるコヒーレントな原子核操作の実現ー原子核時計の創成と応用に向けて(研究代表者:吉村浩司、JP21H04473)」「原子核時計実現にむけたトリウム229イオンのレーザー冷却(研究代表者:山口敦史、JP23H00094)」、同基盤研究(S)「原子核時計:革新的プローブによる基礎物理の探究(研究代表者:吉村浩司、JP25H00397)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「原子核時計が切り拓く時空計測フロンティア(研究代表者:吉村浩司、JPMJCR24I6)」による助成を受けて行われました。本研究で使用したウラン233は、日本原子力研究開発機構と東北大学金属材料研究所共同研究(17K0204、17F0011、18F0014)による、ウラン233共同利用プロジェクトから提供されたものです。

用語説明

トリウム229

トリウムは原子番号90の元素。質量数229の同位体であるトリウム229の原子核は、基底状態からわずか8.4電子ボルト(eV)上に、準安定な励起状態を持つ。この励起状態にあるトリウム229原子核のことをトリウム229アイソマーと呼ぶ。

電子架橋遷移

励起状態の原子核がより低いエネルギー状態へ移る過程の一種。原子核の励起エネルギーが原子の軌道殻電子の遷移に使われるとともに、光子が放出される。γ線放出過程や内部転換過程とは異なる高次の過程として理論的に予測されてきたが、実験による明確な観測例はない。

原子核時計

トリウム229原子核の基底状態とアイソマーの間の遷移周波数を基準とする時計。原子核遷移の周波数は環境ノイズの影響を受けにくいため、既存の原子時計を上回る正確さを実現できると期待されている。トリウム229のアイソマーは通常の原子核に比べて励起エネルギーが非常に低いため、レーザーによる原子核遷移が可能となり、原子核時計の実現が期待される。

電子ボルト(eV)

エネルギーの大きさを示す単位で、電子1個が真空中で1ボルトの電位差で加速されたときに得るエネルギー。

γ(ガンマ)線放出

励起状態の原子核が、励起エネルギーをγ線(光子)として放出することで、より低いエネルギー状態へ移る過程。

内部転換

励起状態の原子核が、励起エネルギーを原子の軌道殻電子に受け渡すことで、より低いエネルギー状態へ移る過程。エネルギーを受け取った電子は、内部転換電子として原子の外へ放出される。

アイソマー

比較的長い半減期(およそ10億分の1秒以上)を持つ励起状態の原子核。

RF(ラジオ波)カーペット

高圧のガス中に存在するイオンを効率よく収集し、微小な穴からイオンを引き出すための装置。本研究で用いられたRFカーペットは、プリント基板の中心に0.3mm程度の穴が空いており、それを中心に多数の同心円状の電極が配置されている。電極に適切な高周波電圧をかけることで、電極付近に到達したイオンを中心の穴まで高効率かつ高速で輸送することができる。RFはRadio Frequencyの略。

質量電荷比

統一原子質量単位(炭素12原子の質量の12分の1)で表されるイオンの質量をイオンの電荷数で割った値。例えば、トリウム229の場合、1価イオンでは229.0、2価イオンでは114.5となる。質量測定器では、質量電荷比の異なるイオンを分離することができる。