
細胞内の「隠れた」イオンチャネルが細胞の骨格を操る
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院医学系研究科の河合喬文招へい教授(統合生理学/愛媛大学大学院医学系研究科 教授)、岡村康司教授(研究当時、統合生理学/現ヒューマン・メタバース疾患研究拠点 特任研究員(常勤))らの研究グループは、脳の免疫細胞である「ミクログリア」において、プロトンチャネル「Hv1/VSOP」が細胞表面だけでなく、細胞内部の輸送小胞である「エンドソーム」上でも機能し、細胞の骨組み(アクチン骨格)を精密に制御していることを初めて明らかにしました(図1)。
本研究では、最新の顕微鏡技術と高度な電気生理学的解析(エンドソーム・パッチクランプ法)を組み合わせ、Hv1がアクチンの伸長を抑えるブレーキ役として機能し、細胞内の物流と構造にも寄与しうることを突き止めました。この発見は、イオンチャネルが細胞の骨組みを操る新たな様式を提示するものです。
ミクログリアの機能異常はアルツハイマー病などの神経変性疾患にも関与しているため、今回の成果はこれらに対する新たな治療戦略の構築にも貢献することが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.」に、4月13日(月)に公開されました。
図1. 今回明らかになった機構
研究の背景
私たちの脳を守る免疫細胞「ミクログリア」は、細胞内の骨組みである「アクチン骨格」をダイナミックに作り変えることで、不要物の除去や脳内環境の維持を行っています。これまでミクログリアでは、プロトンを運ぶチャネルタンパク質「Hv1/VSOP」が、細胞の表面(細胞膜)でpHを調整していると考えられてきました。本研究グループは、Hv1が細胞表面だけでなく、細胞内部で物流を担う輸送小胞「エンドソーム」で機能していることを発見しました。
研究の内容
本研究では、以下を明らかにしました。
1. 細胞の内側に「隠れ家」を発見
最新の顕微鏡技術と、細胞内の微小な膜構造(エンドソーム)から直接イオンの流れを計測する高度な手法「エンドソーム・パッチクランプ法」を駆使し(図2)、Hv1がエンドソームで実際に機能していることを突き止めました。
2. アクチンの「伸びすぎ」を抑えるブレーキ役
Hv1を無くしたマイクログリアを観察すると、驚いたことにアクチン骨格が異常に長く伸び、細胞の構造が乱れてしまいました。さらに詳しく調べると、Hv1がアクチンの末端に蓋をするタンパク質「CAPZ」と相互作用し、骨格の伸長を適切にコントロールしていることが分かりました。
3. エンドソームと骨格の「二人三脚」
生きた細胞のリアルタイム観察により、Hv1を持つエンドソームがアクチン骨格の先端をがっちりと捕らえている様子を観察することに成功しました。これにより、エンドソームのイオンチャネルが物理的に「細胞の骨組み」をデザインしているという、新しいメカニズムが示唆されました。
図2. エンドソーム・パッチクランプ法
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、エンドソームのイオンチャネルが細胞内の骨格と輸送を制御するという新たな知見を提示しました。ミクログリアの機能異常はアルツハイマー病などの神経変性疾患とも関連しているため、今回の発見はこれらの病態解明や、新たな治療戦略の構築に繋がることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年4月13日(月)に米国科学誌「Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.」に掲載されました。
タイトル:“Voltage-gated proton channel Hv1/VSOP regulates reciprocal interactions between F-actin and endosomes in microglia”
著者名:Takafumi Kawai*, Daisuke Yoshioka, Pattama Wiriyasermkul, Risa Mori-Kreiner, Rizki Tsari Andriani, Megumi Kobayashi, Manabu Abe, Kenji Sakimura, Kazuki Nagayasu, Shushi Nagamori, Yasushi Okamura* (*責任著者)
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2521977123
なお本研究は、東京慈恵医大・永森収志教授のグループ、新潟大学・崎村建司教授のグループ、大阪大学・永安一樹准教授の協力を得て行われました。
参考URL
岡村康司 教授(研究当時) 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/7f408bd77a9891a8.html
用語説明
- ミクログリア
脳内に存在する免疫細胞。近年は神経変性疾患などの病態にも寄与することが知られている。
- パッチクランプ
微細なガラス電極を細胞膜に密着させ、膜を流れる極微弱なイオンの動きを電気信号として記録する手法。特定のイオンチャネルの活動をリアルタイムかつ高感度に測定できる。
- イオンチャネル
細胞膜でのイオン透過を行う。代表的なものとしてナトリウムイオンやカリウムイオンを特異的に透過するものがある。Hv1はプロトンを選択的に透過する。
