蛍石型強誘電体の分極反転における原子の動きをリアルタイムに直接観察

蛍石型強誘電体の分極反転における原子の動きをリアルタイムに直接観察

次世代強誘電体デバイスに向けた材料開発の新たな設計指針

2026-4-1工学系
工学研究科教授菅 大介

概要

近年の高度情報化社会では、情報を保存するメモリデバイスの低消費電力化や高速化・小型化が大きな課題となっています。こうした課題を解決する次世代メモリのひとつとして、物質内部の電気の偏り(分極)を利用する強誘電体メモリの開発が進められています。中でも、従来材料と比べて飛躍的に薄い膜厚でも分極を安定して保持できる蛍石型強誘電体が注目されています。

しかし、この蛍石型強誘電体では、情報の保存や読み書きの根幹を担う分極反転(スイッチング)がどのような過程を経て進行しているのか、また構成する元素によってどのように分極の振る舞いをコントロールできるのかという点について未解明の点が数多くありました。さらに、従来型の強誘電体と異なり蛍石型強誘電体は軽い元素である酸素イオンの動きが分極を引き起こすものの、軽元素は検出信号が得づらく、特にその動的な振る舞いを捉えることは困難でした。

一般財団法人ファインセラミックスセンターは、オーストラリアのモナッシュ大学、京都大学、大阪大学大学院工学研究科と共同で、超高感度に物質内部の原子の並びを可視化できる最適明視野走査透過電子顕微鏡(OBF STEM)法を活用し、図1のように蛍石型強誘電体であるZrO₂(酸化ジルコニウム)においてわずか0.1秒程度で生じる分極反転中の一連の原子の動きを捉えることに成功しました。その結果、分極反転は中間的な原子構造を経由することが分かり、さらにZrO₂にHf(ハフニウム)を添加したHf₀.₅Zr₀.₅O₂における計測との比較から、Hf添加が原子の動き方を大きく変えることを明らかにしました。この結果に第一原理計算を組み合わせた結果、添加元素によって分極反転の起きやすさをコントロールできることが示されました。

本研究は、原子の並びを超高感度に可視化する最先端の電子顕微鏡法を次世代メモリデバイス材料に応用し、分極反転のダイナミクスを直接明らかにした点で大きなブレークスルーです。そして、どの元素をどの程度添加することが分極特性の制御に有効であるかを理解するための第一歩となり、次世代強誘電体材料の設計指針に大きな道筋を示すものとなります。

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図1. 蛍石型強誘電体にて直接観察された分極反転中の原子の動き

研究の背景

IoTやAIの重要性が増している今日の高度情報化社会では、情報を保存するメモリデバイスの低消費電力化や高速化・小型化が重要な課題となっています。メモリを構成する重要な材料のひとつとして、物質内部に自発的に生じる電気の偏り(分極)を有する強誘電体があります。強誘電体は外部から電場を印可することで分極の方向を反転(スイッチ)することができ、この方向をもとに情報の読み書きや保存することが可能です。しかし、従来の強誘電体材料は膜厚の減少に伴い特性が低下することが知られており、メモリデバイスのさらなる小型化への課題となっていました。

近年、それまで半導体プロセスにおいて絶縁膜などに使われていたHfO₂(酸化ハフニウム)をはじめとする蛍石型酸化物が強誘電性を持つことが報告されました。この材料は膜厚を数ナノメートル(nm、ナノは10億分の1)からさらには原子数層まで薄くしても強誘電性を維持できることから、次世代メモリ材料として大きく注目を集めています。

しかしながら、蛍石型強誘電体は陽イオンではなく陰イオンである酸素イオンの動きによって分極反転を生じるなど、従来型の強誘電体とは異なるメカニズムによって強誘電特性を発現します。そのため、この分極反転のメカニズムには不明な点が多く、この振る舞いをどのようにコントロールすればよいかという点について詳細は分かっていませんでした。

一般財団法人ファインセラミックスセンターの大江耕介客員研究員、設樂一希上級研究員、小林俊介主任研究員は、京都大学化学研究所の菅大介准教授(研究当時、現・大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻教授)、Yufan Shen博士課程学生(研究当時)、槇麟太郎修士課程学生、島川祐一教授のグループならびにオーストラリア・モナッシュ大学のJoanne Etheridge教授と共同で、この酸素イオンの動きによって生じる分極反転を動画として原子レベルで可視化し、さらに蛍石型強誘電体を構成する陽イオン種によって反転のしやすさをコントロールできることを明らかにしました。

研究の内容

物質中の原子の並びを直接可視化する強力な手法として走査透過電子顕微鏡(STEM)がありますが、軽元素である酸素は信号が得にくいという課題があります。本研究では超高感度なSTEMイメージング手法として開発された最先端の手法である最適明視野(OBF)STEM法を用いることで、図2のように従来手法の環状暗視野走査透過電子顕微鏡(ADF STEM)法ではほぼ同一に見える蛍石型強誘電体中の原子構造を分極ありと分極なしの場合とで区別して可視化しました。さらに、OBF STEM像で酸素がシフトしている方向に基づいて、分極がある場合の方向を特定しました。

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図2. 蛍石型強誘電体の分極の有無に応じた原子構造とADF STEM像ならびにOBF STEM像

さらに本研究では、高度に電子線の強度をコントロールしながら照射を行うことで、ZrO₂において分極反転をその場で引き起こすことができることを見出しました。そこで、この分極反転中の原子の動きを捉えるため、OBF STEM像を連続取得し原子スケールでの動画撮影を実施しました。通常のSTEM像は一枚当たり数秒かけて取得しますが、本研究では分極反転中の原子の動きを精密に追跡するために、1秒あたり10枚以上のSTEM像の取得を目指しました。この技術課題の解決のため、1秒当たり16フレーム取得が可能な高速スキャンとOBF STEM法を組み合わせました。通常、高速撮像では1フレームあたりの信号が減少するため像質の悪化を招きますが、OBF STEM像はその高い感度を活かして高速撮像においても明瞭に酸素のような軽元素の動きを追跡できます。その結果、図3のように、わずか1秒程度の間に分極の無かった構造に分極が導入され、中間状態を経て180°分極反転を起こし、最終的に再び分極の無い構造に戻っている様子が動画として観察されました。同様の観察を、ZrO₂のZrを半分Hfに置換したHf₀.₅Zr₀.₅O₂にも行ったところ、分極の無い構造から分極のある構造への変化は生じたものの可逆的ではなく、また電子線照射中のスイッチング頻度も極めてまれであることが明らかになりました。

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図3. 高速スキャンOBF STEM法によって捉えた分極反転における原子の動きのその場観察

この現象を理解するために、第一原理計算を用いて蛍石型強誘電体の陽イオン種が酸素イオンの動きやすさに与える影響について検証しました(図4)。対象としてZrO₂とHfO₂を比較したところ、HfO₂はZrO₂よりも分極反転に必要なエネルギーが高くなりました。これは、陽イオン種としてHfを含むことで結晶中の酸素イオンが動きづらくなることを意味しています。この結果は、ZrO₂のZrをHfに置換したHf₀.₅Zr₀.₅O₂におけるOBF STEM観察結果とも整合しており、陽イオン種が分極のしやすさや可逆性を大きく左右していることが示されました。

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図4. 第一原理計算によって検証されたZrO₂およびHfO₂における分極反転の起こりやすさ

成果の意義および今後の展望

本成果は、次世代メモリ材料として期待されている蛍石型強誘電体の材料特性の根幹を担う分極反転中のイオンの動きとその構成元素への依存性を明らかにしたことで、材料開発の設計指針に新しい道を拓くものです。これにより、より低消費電力かつ小型化されたメモリデバイスの開発が加速することが期待されます。今後は、外部電圧印加下の観察も含め、電子顕微鏡観察技術の高度化とさらなる強誘電特性メカニズムの解明を進めていきます。

特記事項

【論文情報】 
本成果は2026年3月30日にSpringer Nature刊行の科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。
タイトル:Direct observation of cation-dependent polarisation switching dynamics in fluorite ferroelectrics
著者:Kousuke Ooe, Yufan Shen, Kazuki Shitara, Rintaro Maki, Shusuke Kobayashi, Yuichi Shimakawa, Daisuke Kan, Joanne Etheridge
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-026-70593-y

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(JP22KJ3209JP、JP23K13553、JP21H01810、JP23KJ1239、JP23H05457、JP24H01190、JP23H00241)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR24H3)、JST先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2312、JPMJAP2314)、文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122683430)、スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム(JPMXP1020230325、JPMXP1020230327)、サムコ科学技術振興財団、池谷科学技術振興財団、村田学術振興・教育財団、Australian Research Council(ARC) Australian Laureate Fellowship(FL220100202)の支援を受けて実施されました。また、本研究ではモナッシュ大学電子顕微鏡センター(MCEM)においてARCによって支援された科学計測機器を用いました(LE17010118、LE0454166)。本研究の一部は、スーパーコンピュータ「富岳」の計算資源の提供を受け、実施しました(課題番号:hp230205、hp240212、hp240223)

用語説明

蛍石型強誘電体

HfO₂やZrO₂をベースとした強誘電体。2011年に初めて報告され、以来極めて薄い膜厚でも強誘電特性を発現することから世界的に研究が進められている。従来の強誘電体が陽イオンの変位によって分極を生じるのに対して、蛍石型強誘電体では酸素イオンの変位によって分極が生じる。

最適明視野走査透過電子顕微鏡(OBF STEM)法

STEMでは、0.1ナノメートル以下に収束した電子線を試料上で走査し、透過・散乱した電子を用いて結像し、原子の並びを直接可視化する。OBF STEM法は、さらに分割型検出器という次世代の電子検出器と画像処理プロセスを高度に組み合わせることで、従来手法から2桁程度高い感度で原子の並びを可視化できる。

第一原理計算

量子力学に基づき、物質の性質を理論的に計算する手法。ここでは、分極の有無に応じた原子構造の安定性やスイッチング過程のエネルギー障壁の計算に用いられた。

環状暗視野走査透過電子顕微鏡(ADF STEM)法

暗視野領域に配置された単一の環状型検出器の信号によって結像されるSTEM法。重元素を明瞭に可視化できるため幅広い材料解析で用いられるが、酸素のような軽元素は信号が得にくく可視化が難しい。