障がい者施設における非結核性抗酸菌の感染ルートを解明

障がい者施設における非結核性抗酸菌の感染ルートを解明

ゲノム解析により医療機器・ワゴンなど乾燥表面を介する媒介物感染を実証

2026-3-30生命科学・医学系
微生物病研究所准教授中村 昇太

研究成果のポイント

  • 西日本のある障がい者施設で発生した非結核性抗酸菌(NTM; Nontuberculous Mycobacteria)の院内感染事例において、環境調査と全ゲノム解析を行い、感染ルートを解明した。
  • 水回りからは菌は検出されず、ワゴンや洗面台、医療機器モニターなどの乾燥した環境表面からNTMが分離され、それらのゲノムが患者由来株と高度に一致した。
  • 本研究により、医療機器や患者周囲の設備など、乾燥した環境表面が感染伝播に関与する可能性が示され、これらを含めた清掃・消毒対策の重要性が明らかになった。
  • NTMは一般的にヒトからヒトへの感染は起こさないと考えられており、本事例は人工呼吸器管理下などの限られた条件において生じた特殊な感染事例である。本知見は、ハイリスク患者を対象とする医療・福祉環境における感染対策の検討に資する成果である。
  • なお本事例はきわめて特殊な条件下での感染事例であり、一般的な環境において同様の感染が広く生じるものではない。

概要

非結核性抗酸菌(NTM)の一種である Mycobacterium abscessus subspecies massiliense(MAM)は、治療が非常に困難な呼吸器感染症を引き起こします。NTM症は通常、ヒトからヒトへの感染は起こらないと考えられており、MAMも水回りなどの湿潤環境に生息する環境菌として知られています。一方で、限られた条件下では患者間での伝播が疑われる事例も報告されてきましたが、その感染経路の詳細は明らかになっていませんでした。

今回、大阪大学 微生物病研究所 中村昇太准教授らのグループは、国立病院機構近畿中央呼吸器センターの𠮷田志緒美研究員(現:結核予防会結核研究所主任研究員)と共同で、障がい者施設において人工呼吸器を装着し、咳反射が極めて困難な長期臥床患者7名の間で発生したMAMの院内感染事例について、約3年間にわたるゲノム疫学調査を行いました。

施設内の徹底した環境調査(計294検体)と全ゲノム解析(Whole-genome sequencing)の結果、水回りからはMAMが一切検出されなかった一方で、患者の周囲にあるベッド柵、吸引器のダイヤル、さらにはスタッフが使用した処置直後の手袋や、病室を行き来する「医療用ワゴン」などの乾燥した表面からMAMが多数分離されました(図1)。

これらのゲノム配列を比較したところ、特定の患者(下記図2のM2)からワゴンなどの共有設備へと菌が付着し、そこから他の患者へと間接的に伝播していく「媒介物(Fomite)感染」の感染ルートが明らかになりました(図2)。

本研究成果により、NTMが乾燥環境でも長期間生存し、医療器具などを介して感染を広げるリスクがあることが実証されました。これにより、ハイリスク患者を抱える医療・福祉施設における清掃・消毒プロトコル(特に乾燥表面に対する対策)の強化が進むと期待されます。

本研究成果は、感染症学の国際科学誌「Clinical Microbiology and Infection」に、令和8年3月10日(火)に公開されました。

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図1. 施設内における環境スクリーニングの結果
ベッド柵、吸引器ダイヤル、医療器モニター、医療用ワゴン等の乾燥した環境表面からMAMが分離された

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図2. 全ゲノム解析に基づくMAM株の系統解析と推定感染経路
(M1〜M7は長期臥床患者、SCC1〜13はMAM株系統を示す)
患者と環境から分離された計52株のゲノム解析を行い、特定の患者(M2)の菌と、共有物品(ワゴンや洗面台の乾燥表面)から見つかった菌がほぼ同じ遺伝情報を持つことがわかった。これらが中心となって他の患者の菌ともつながっており、汚染された共有物品を介して菌が広がった可能性が高いことが示された。

研究の背景・内容

マイコバクテリウム属細菌のうち、結核菌とらい菌を除いたものを非結核性抗酸菌(NTM)と呼びます。近年、日本を含む世界中でNTMによる肺疾患(NTM-PD)の増加が報告されています。中でも Mycobacterium abscessus は多剤耐性を示すことが多く、治療が極めて困難です。これまで、嚢胞性線維症などの患者間で M. abscessus の院内感染が疑われる事例は報告されていましたが、遺伝子的に似た菌が見つかるだけで、環境中のどこを経由して感染したのか(感染ルート)を明確に証明した研究はありませんでした。

研究グループでは、34ヶ月間にわたり3つのフェーズに分けて詳細な環境スクリーニングを実施しました。ミスト浴槽などの水回りや空調設備の調査ではMAMは検出されませんでしたが、医療従事者の処置後手袋、ベッドサイドキャビネット、人工呼吸器のバルブなどからMAMが分離されました。得られた計52株(患者由来11株、環境由来41株)について全ゲノムシーケンスを行い、一塩基変異(SNV; Single Nucleotide Variant)に基づく系統樹解析とクラスター分類を行いました。

その結果、持続的に排菌していた特定の患者(M2)の株と、病室に持ち込まれていた「ワゴン」から分離された株が遺伝的に最も近縁(SNV差が3〜8個)であり、これらがクラスターのハブ(中心)となって他の患者由来株と繋がっていることが判明しました。この結果から、患者間での直接接触がなくても、汚染された共有物品(媒介物)を介して菌が伝播したと結論付けられました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、NTMが「乾燥した環境表面(媒介物)」においても生存し、間接的な伝播に関与する可能性を実際の医療・福祉現場で示した重要な報告です。

これまでNTM対策は、給水設備や加湿器などの「水回り」に焦点が当てられてきましたが、本知見により、水回りに加えて、日常的に手が触れる医療機器の表面や共有ワゴンなど、乾燥した環境表面に対するアルコール清拭等の消毒の重要性が示されました。

NTMは水系、土壌など環境中に広く存在しており、ほとんどの人は日常的に菌の暴露を受けているにも関わらず発症することはありません。従って発症には何らかのヒト側の要因が関与していると考えられますがそれもよくわかっていません。これまでにヒトからヒトへの直接伝播を証明した報告はありませんので、隔離などの院内感染対策は行われていません。

本研究で対象となった感染者は、気管切開や寝たきり状態などにより有効な咳ができない患者さんでした。しかしそのような集団でも従来NTM症の集団感染はみられておらず、本研究での発症要因についてはさらに検討を要します。当該施設では、医療機器や共有物品の清掃・消毒の強化といった対策が講じられていますが、その有効性につき今後も慎重な経過観察による評価が必要です。

本成果は、特に易感染性患者を対象とする医療・福祉環境における感染対策の検討に資するものであり、今後の予防策のあり方に新たな視点を提供することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、令和8年3月10日に欧州臨床微生物感染症学会(ESCMID)の公式機関誌「Clinical Microbiology and Infection」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Fomite transmission of Mycobacterium abscessus between severely disabled patients”
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cmi.2026.02.029

なお、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の研究助成(課題番号:JP223fa627002, JP23fk0108673j0001, JP22fk0108573s0101)及び大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)の支援を受けて行われました。

参考URL

中村昇太 准教授
https://www.biken.osaka-u.ac.jp/researchers/detail/79

大阪大学微生物病研究所感染症メタゲノム研究分野(中村研)
https://www.biken.osaka-u.ac.jp/laboratories/detail/19

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

非結核性抗酸菌(NTM; Nontuberculous Mycobacteria)

マイコバクテリウム属細菌のうち、結核菌群およびらい菌を除いた細菌の総称。水や土壌などの環境中に広く常在している。人に感染すると肺NTM症などを引き起こし、咳嗽や痰、喀血などの症状が現れる。薬剤耐性を示す菌種が多く、治療が長期化しやすい。

Mycobacterium abscessus subspecies massiliense (MAM)

非結核性抗酸菌の一種である M. abscessus 複合体に属する亜種。増殖が比較的に早く(迅速発育菌)、強固な細胞壁を持つため多くの抗生物質が効きにくい難治性の病原体。

全ゲノム解析(Whole-genome sequencing)

菌が持つすべての遺伝情報(DNA配列)を網羅的に読み取る解析手法。菌株同士の遺伝的な違いを詳細に比較することで、同じ感染源に由来するかどうかを高精度に判定できる。

媒介物(Fomite)

感染症の病原体を付着させ、人から人へ、あるいは環境から人へと間接的に伝播させる原因となる無生物(衣服、手袋、医療器具、ドアノブ、家具など)のこと。

嚢胞性線維症

遺伝的な異常により粘液が粘りやすくなる先天性疾患。特に呼吸器に慢性的な感染や炎症を起こしやすく、欧米では非結核性抗酸菌(NTM)感染のリスクが高い患者群として知られている。

一塩基変異(SNV; Single Nucleotide Variant)

DNA配列の中で、塩基(A・T・G・C)の1文字だけが異なる変化のこと。菌株間の一塩基変異の数を比較することで、どれくらい近縁か、感染のつながりがあるかを評価できる。