
T-カドヘリンによる細胞内シグナル伝達調節機構と臓器保護作用を解明
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院医学系研究科 長尾博文 寄附講座助教(代謝血管学)、下村伊一郎 教授(内分泌・代謝内科学)、西澤均 寄附講座准教授(代謝血管学)らの研究グループは、脂肪細胞特異的分泌蛋白アディポネクチンの結合パートナーであるT-カドヘリンが、細胞内シグナルを調節し、心臓や骨格筋などでの臓器保護効果をもたらすことを発見しました。
研究グループはこれまでに、脂肪細胞特異的分泌因子であるアディポネクチンが、GPIアンカー型蛋白T-カドヘリンに結合し、エクソソーム産生を増加させることや、多様な臓器保護作用を発揮することを報告してきました。一方で、癌細胞や神経細胞においてT-カドヘリンが細胞内シグナル伝達を調節することは知られていましたが、代謝臓器の細胞や組織におけるその役割は、これまで明らかではありませんでした。
今回、T-カドヘリンがIGF-1受容体蛋白量の抑制など膜蛋白の量的変化を伴い、ERKシグナルを抑えることを培養細胞とマウスを用いた実験の双方で明らかにしました。さらにT-カドヘリンが全身の細胞から全く作られないように改変したマウスでは、イソプロテレノール投与や高食塩負荷により心肥大が増強し、ERKの過剰な活性化を伴って心重量が増加しました。また、骨格筋細胞でだけT-カドヘリンが作られないように改変したマウスでは、絶食時に本来生じる生理的な筋萎縮が起こりにくいことも明らかとなりました。
これらの結果から、アディポネクチンの主要な結合パートナーであるT-カドヘリンは、従来知られているエクソソーム産生の促進作用に加え、アディポネクチンに直接的には依存せずに細胞内シグナル伝達を制御し、細胞や臓器の恒常性維持へ寄与することが示唆されました。心臓や骨格筋をはじめとするT-カドヘリン発現臓器における代謝性疾患の発症機構の理解を深め、新たな治療戦略につながることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に、2月18日(水)に公開されました。
図1. T-カドヘリンによる細胞内シグナル伝達調節と臓器保護作用
研究の背景
脂肪細胞から特異的に分泌されるアディポネクチンは、抗動脈硬化作用に加え、インスリン感受性の増強や抗炎症作用などを通じて、血管、骨格筋、心臓、腎臓といった多くの臓器に保護的に働くことが知られています。
研究グループはこれまでに、アディポネクチンがGPIアンカー型蛋白であるT-カドヘリンに結合し、エクソソーム産生を増加させること、さらに多様な臓器保護作用を発揮することを明らかにしてきました。また、アディポネクチンがT-カドヘリンの蛋白発現を長期的に増加させることも報告しています。
一方で、癌細胞においてT-カドヘリン発現の低下が腫瘍の進展や予後不良に関与することや、神経細胞ではT-カドヘリンが神経突起伸長を抑制することなど、T-カドヘリンが細胞内シグナル伝達を調節する分子であることが知られていますが、代謝臓器の細胞におけるその役割は、これまで十分には明らかになっていませんでした。
研究の内容
今回、研究グループは、プロテオーム解析により、T-カドヘリンがIGF-1受容体をはじめとする細胞膜タンパク質の量を調節することで、ERKシグナルを負に制御していることを明らかにしました。この作用は、培養細胞(F2血管内皮細胞およびC2C12骨格筋細胞)だけでなく、生体マウスにおいても確認されました。
T-カドヘリンを欠損したマウスでは、イソプロテレノール投与や高食塩負荷によって誘導される心肥大が著しく増強し、ERKの過剰な活性化を伴って心重量が増加しました。さらに、骨格筋細胞特異的にT-カドヘリンを欠損させたマウスでは、絶食時に本来生じる生理的な筋萎縮が起こりにくいことも明らかになりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
アディポネクチンの主要な結合パートナーであるT-カドヘリンのSNPsは、これまでに心血管疾患、肥満、糖尿病、高血圧症との関連が報告されています。本研究では、T-カドヘリンが細胞内シグナル伝達を調節することで、細胞や臓器の恒常性維持に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
アディポネクチン自体は、このシグナル調節機構に直接的には関わらず、T-カドヘリンの蛋白量を増加させることで、この機構を上流で支えている可能性が考えられます。これらの知見は、心臓や骨格筋をはじめとするT-カドヘリン発現臓器における代謝性疾患の発症機構の理解を深め、新たな治療戦略につながることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年2月18日(水)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“T-cadherin, a Major Adiponectin Binding Partner, Suppresses ERK Signaling in Metabolic Tissues”
著者名:Hirofumi Nagao1, 2*, Yuta Kondo2, Keitaro Kawada2, Yuya Fujishima2, Shunsuke Shiode2, Yuhei Uehara2, Shiro Fukuda2, Yoshinari Obata2, Shunbun Kita2, Hitoshi Nishizawa1, 2, and Iichiro Shimomura2 (*責任著者)
1. 大阪大学大学院医学系研究科 代謝血管学寄附講座
2. 大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2530597123
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- T-カドヘリン
細胞膜にGPIアンカーで結合する特殊なカドヘリン分子(CDH13)。脂肪細胞からのホルモンアディポネクチンの主要な結合相手として働き、心臓・血管・骨格筋などの代謝関連組織で保護的作用を担います。
- ERK
MAPキナーゼ経路の中心分子(MAPK1/3)。細胞増殖、分化、ストレス応答を制御します。過剰に活性化すると、心肥大や組織障害など病的変化を引き起こすことがあります。
- アディポネクチン
脂肪細胞から分泌されるホルモン(アディポサイトカイン)。抗動脈硬化、抗炎症、インスリン感受性改善作用が報告されており、内臓脂肪が蓄積すると血中濃度が低下します。血中を循環し、T-カドヘリンに結合することで各組織に集積し、臓器保護作用を発揮します。
- IGF-1受容体
インスリン様成長因子(IGF-1)を受け取る受容体型チロシンキナーゼ。細胞増殖や生存シグナルを制御し、ERK経路の上流に位置します。
- SNPs
DNA配列の1塩基だけが個人間で異なる遺伝的バリエーションのこと。ヒト集団中に広く存在し、体質や病気のなりやすさ、遺伝子発現量の違いなどに影響します。

