\変異に左右されにくい新しい抗ウイルス戦略/ 宿主因子GBF1を標的とする核酸医薬が インフルエンザウイルスと新型コロナウイルスの増殖を抑制

\変異に左右されにくい新しい抗ウイルス戦略/ 宿主因子GBF1を標的とする核酸医薬が インフルエンザウイルスと新型コロナウイルスの増殖を抑制

2026-3-5生命科学・医学系
微生物病研究所教授渡辺 登喜子

研究成果のポイント

  • インフルエンザウイルスと新型コロナウイルスに共通して増殖に必要な宿主因子GBF1を同定
  • GBF1を標的としたアンチセンス核酸(ASO)を設計・合成し、ナノモル濃度というごくわずかな量で、インフルエンザウイルスおよび新型コロナウイルスの増殖抑制効果を実証
  • ウイルスではなく宿主を標的とした核酸医薬による広域抗ウイルス薬の開発に期待

概要

大阪大学微生物病研究所のVictoria Simanihurukさん(大学院医学系研究科博士課程4年)、渡辺登喜子教授らの研究グループは、医薬基盤・健康・栄養研究所との共同研究により、インフルエンザウイルスおよび新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の両方に共通して必要な宿主因子「GBF1」を同定し、その発現を抑制するアンチセンス核酸(ASO)を設計しました。開発したASOは、複数のインフルエンザウイルス株およびSARS-CoV-2に対してナノモルレベルで増殖抑制効果を示しました。本研究成果は、ウイルスそのものではなく宿主側因子を標的とすることで、複数の呼吸器RNAウイルスに作用する核酸医薬の可能性を示したものです。これにより、宿主標的型の広域スペクトルを有する抗ウイルス薬の開発が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「iScience」に2026年1月29日にオンライン掲載されました。

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図. ウイルス増殖に関わる宿主因子の同定

研究の背景

現在使用されている多くの抗ウイルス薬は、ウイルス由来のタンパク質を標的としています。そのため特定のウイルスにしか効果を示さないことが多く、複数のウイルスに対して有効な薬剤の開発は困難でした。また、インフルエンザウイルスやSARS-CoV-2のようなRNAウイルスはゲノム変異が起こりやすいため、薬剤耐性株の出現といった問題があります。そこで近年、ウイルスが増殖に利用する宿主因子を標的とする「宿主標的型」治療戦略が注目されています。宿主因子を標的とすれば、複数のウイルスに共通して作用する治療法の開発につながる可能性がありますが、具体的な標的分子の同定と、実際に安全かつ有効な阻害手段の開発が課題となっていました。

研究の内容

本研究では、これまでにインフルエンザウイルス複製に関与すると報告されていた91個の宿主因子について再検証を行い、その中からSARS-CoV-2の増殖にも必要な因子を探索しました。その結果、ゴルジ体関連タンパク質であるGBF1が、インフルエンザウイルス、SARS-CoV-2、さらにヒトコロナウイルス229Eの増殖に関与することを明らかにしました。

細胞内のGBF1の分布を解析したところ、GBF1は通常ゴルジ体に存在しますが、SARS-CoV-2が感染した細胞ではウイルスのゲノムが複製されている場所に集まることが明らかとなりました。また、siRNAによりGBF1の発現を抑制すると、ウイルスのサブゲノムRNA合成および感染性ウイルス産生が有意に低下しました。

さらに、計算設計アルゴリズムを用いてGBF1 mRNAを標的とするアンチセンス核酸を設計し、その中から抗ウイルス活性の高い有望な候補(GBF1-ASO#1502)を同定しました。このASOは、インフルエンザA型(H1N1およびH3N2亜型)、インフルエンザB型、ならびにSARS-CoV-2に対してナノモル濃度で増殖抑制効果を示し、細胞毒性は低いことが確認されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、宿主因子GBF1が複数の呼吸器RNAウイルスに共通して必要であることを示し、その発現を核酸医薬で制御することにより広域抗ウイルス効果を得られることを実証したものです。ウイルス特異的薬剤とは異なるアプローチとして、宿主標的型治療戦略の可能性を示す基礎的知見となります。また将来的には、新興感染症の発生初期や複数ウイルスが同時に流行する状況において、ウイルス種に依存しない治療オプションの開発につながることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2026年1月29日に米国科学誌「iScience」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Broad-spectrum antiviral activity of antisense oligonucleotides targeting GBF1 against SARS-CoV-2 and influenza viruses”
著者名:Victoria Simanihuruk, Yurie Kida, Kosuke Takada, Harumi Yamaguma, Natsumi Kameoka, Itsuki Anzai, Shintaro Shichinohe, Satoshi Obika, Yuuya Kasahara, and Tokiko Watanabe
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.114851

なお、本研究は、日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「広域スペクトルを有する抗ウイルス薬開発を目指した創薬標的探索と次世代創薬モダリティの基盤構築」(22gm1610010)、日本医療研究開発機構 先進的研究開発戦略センター(AMED SCARDA)ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群大阪府シナジーキャンパス(大阪大学ワクチン開発拠点)」(JP223fa627002)等の支援を受けて実施されました。
また、本研究は、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 創薬デザイン研究センター 人工核酸スクリーニングプロジェクト・笠原勇矢プロジェクトリーダーおよび大阪大学大学院薬学研究科・小比賀聡教授の協力を得て行われました。

参考URL

大阪大学微生物病研究所 渡辺登喜子教授
https://www.biken.osaka-u.ac.jp/researchers/detail/75

大阪大学微生物病研究所 分子ウイルス分野
https://watanabe-lab.biken.osaka-u.ac.jp/

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

宿主因子

ウイルスが増殖する際に利用する宿主(感染された細胞)側のタンパク質や分子のこと。ウイルスは自身の遺伝情報だけでは増殖できず、宿主因子を利用して複製や組み立てを行う。

GBF1

Golgi brefeldin A resistant guanine nucleotide exchange factor 1。シスゴルジ体(cis-Golgi)に局在するグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)の一種で、細胞内の膜輸送を制御する重要なタンパク質。小型GTP結合タンパク質であるARFを活性化することで、ゴルジ体と小胞体間の物質輸送や膜構造の維持に関与する。近年、複数のRNAウイルスがその増殖過程でGBF1を利用していることが報告されている。

アンチセンス核酸(ASO)

標的となるmRNAに相補的に結合する短い人工核酸分子。mRNAに結合することで、その遺伝子の発現(タンパク質の産生)を抑制する。近年、難治性疾患や感染症への応用が進んでいる核酸医薬の一種。

呼吸器RNAウイルス

主に呼吸器に感染し、RNAを遺伝情報として持つウイルスの総称。インフルエンザウイルスやSARS-CoV-2などが含まれる。RNAウイルスは変異が起こりやすい特徴を持つ。

広域スペクトル

複数の異なるウイルス種や株に対して効果を示す性質のこと。「広域抗ウイルス作用」とも呼ばれる。特定のウイルスのみに作用する薬剤と対比される概念。

ヒトコロナウイルス229E

一般的な風邪の原因となるヒトコロナウイルスの一種。ヒトに感染するコロナウイルスは現在7種類が知られており、そのうち4種類(229E、OC43、NL63、HKU1)は主に軽症の風邪症状を引き起こす。残る3種類は重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARSコロナウイルス、MERSコロナウイルス、SARS-CoV-2である。多くの人が幼少期までに229Eなどの季節性コロナウイルスに感染を経験する。

siRNA

標的mRNAを特異的に分解することで遺伝子発現を抑制する短い二本鎖RNA分子。RNA干渉(RNAi)と呼ばれる生体内の仕組みを利用している。

計算設計アルゴリズム

コンピュータ上で核酸配列の結合効率や安定性などを予測し、効果の高い候補分子を効率的に設計する手法。実験的スクリーニングを補完する創薬技術の一つ。