
MALDI質量分析法による 組換えアデノ随伴ウイルスのセロタイプ同定法を開発
より正確、迅速な医薬品製造・品質分析に向けて
研究成果のポイント
- 短時間かつ多数同時の測定を得意とするMALDI質量分析法を用い、遺伝子治療に使用される組換えアデノ随伴ウイルスのセロタイプを同定する新手法を開発
- 本手法により正確かつ簡便にセロタイプの同定が可能となり、既存手法が抱えていた信頼性の課題をクリア
- 組換えアデノ随伴ウイルスを用いた遺伝子治療薬の臨床現場での実用化に期待
- 産学共創を通じた高度人材育成を目指す「REACHプロジェクト」に参画している、島津製作所から派遣された大学院生が中心となった研究成果
概要
大阪大学大学院工学研究科の中塚遼治さん(博士後期課程、(株)島津製作所)、劉宴男さん(博士前期課程)、津中康央特任准教授(常勤)、鳥巣哲生准教授、山口祐希助教、内山進教授、株式会社島津製作所および株式会社ユー・メディコらの研究グループは、MALDI質量分析法(以下、「MALDI-MS」)を用いて、組換えアデノ随伴ウイルス(以下、「rAAV」)のセロタイプを同定する手法を新たに開発しました。
rAAVのセロタイプは遺伝子治療薬の効果や安全性などに直結する重要な要素で、これまで酵素免疫測定法(以下、「ELISA法」)によって同定されてきました。しかし、ELISA法は抗体が複数のセロタイプを認識してしまうことや、抗体のバッチ間でのセロタイプ認識効率のばらつきによって、正確なセロタイプ同定が困難といった課題がありました。
今回、研究グループは、同定が難しいとされている変異体セロタイプを含む7種類のセロタイプをもつrAAVを研究室内で製造し、MALDI-MSによるペプチドマスフィンガープリンティング法に新規スコアリングアルゴリズムを組み込むことで、高精度にセロタイプを同定する手法を確立・検証し、識別可能であることを実証しました。
本手法は遺伝子治療用医薬品の臨床現場における実用化が期待され、2026年から始まるGMPに準拠したrAAVの臨床開発に組み込まれる予定です。
本研究成果は、米国科学誌「Analytical Chemistry」に、3月1日(日)(日本時間)に公開されました。
図1. MALDI-MSによるrAAVセロタイプ識別の概要
研究の背景
rAAVは、特定組織への高い指向性、低い免疫原性、長期にわたる遺伝子発現が可能であることから、遺伝子治療用ベクターとして世界的に注目されています。なかでも、rAAVカプシドのセロタイプは、標的となる組織、治療効果、安全性を規定する重要な要素です。さらに近年、カプシド工学により多数の変異型セロタイプが創出されており、前臨床試験からGMP製造・品質管理に至るまで、セロタイプを正確かつ迅速に同定する技術の重要性は一層高まっています。
従来、rAAVセロタイプの同定にはELISA法が広く用いられてきましたが、
① 抗体ロット間のばらつきや長期保存に伴う活性低下
② 複数セロタイプへの交差反応性
③ 動物由来抗体試薬への依存
といった問題から、再現性や定量性、供給安定性の観点で本質的な制約がありました。このような背景から、抗体など特殊な試薬に依存せず、GMP現場においても高い再現性と拡張性をもって実装可能な、新規rAAVセロタイプ同定技術の確立が求められていました。
研究の内容
研究グループは、MALDI–MSに基づくペプチドマスフィンガープリント法に新規スコアリングアルゴリズムを組み込むことで、rAAVセロタイプを迅速かつ高精度に識別する手法を開発しました。まず、rAAVカプシドを構成するタンパク質配列に対してインシリコ消化シミュレーションを行い、複数の消化酵素候補について、セロタイプ間で得られるペプチド質量パターンの差異が最大化される条件を体系的に検討しました。その結果に基づき、セロタイプ識別能が高くなるよう最適な消化酵素を選定しました。
MALDI–MSで実測されたスペクトルは、セロタイプ特異的なペプチドの検出状況に重みづけされたスコアリングアルゴリズムに基づき、最も適合するセロタイプが出力されるワークフローを設計しました。
本手法の識別能や再現性は、5種類の野生型rAAVセロタイプ(AAV2, 5, 6, 8, 9)と、カプシドタンパク質中に2-10残基程度のわずかなアミノ酸置換を導入した変異型セロタイプ(AAV-PHP.eB, .GTX)を用いて検証されました。その結果、単一のMALDI–MS測定から、これらの野生型および変異型セロタイプを識別可能であることを実証しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、品質試験の標準化と再現性の向上、さらには製造コストおよび開発リードタイムの短縮が見込まれます。また、今後重要性が増すと考えられている組織指向性や感染性を改変した変異型セロタイプに対しても、新たな抗体を作製することなく、セロタイプ同定試験を拡張できるため、多様な遺伝子治療用ベクターの探索・最適化・GMP製造への橋渡しを加速する基盤技術として、患者への遺伝子治療薬の安全かつ迅速な提供に大きく貢献しうると考えられます。
特記事項
本研究成果は、2026年3月1日(日)(日本時間)に米国科学誌「Analytical Chemisry」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Identification of Recombinant Adeno-Associated Virus Serotypes by Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry”
著者名: Ryoji Nakatsuka, Kenjiro Matsumoto, Yannan Liu, Kimitoshi Takeda, Yasuo Tsunaka, Tetsuo Torisu, Yuki Yamaguchi, and Susumu Uchiyama
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.analchem.5c05430
なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「遺伝子・細胞治療のための基盤技術の研究開発」プロジェクトの研究助成(課題番号 JP24se0123004h0101 および JP24bk0304007h0001)ならびに日本学術振興会 科学研究費助成事業(若手研究、課題番号 JP25K18817)の支援を受けて実施されました。また、大阪大学・島津分析イノベーション協働研究所の支援を受けて行われました。
また、本成果は、島津製作所協働研究所に設置された市販の質量分析装置を活用し、大阪大学が有する高い基礎研究力と、ユー・メディコ社のバイオ医薬品品質分析における実務ニーズの把握力を基盤として実現されました。社会実装を強く意識した研究体制のもと、島津REACHプロジェクトに参画し、島津製作所から派遣された大学院生が研究の中心を担いました。
参考URL
内山進 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0abc739b66a8f19e.html
山口祐希 助教 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/c12fccc526afbfbb.html
REACHプロジェクトについて
https://www.shimadzu.co.jp/today/20230516-1.html
SDGsの目標
用語説明
- MALDI質量分析法
レーザー光を用いて試料中の分子を気化・イオン化し、その質量を測定する質量分析法です。タンパク質やペプチドなど比較的壊れやすい高分子を、短時間で多数同時に測定できるのが特徴です。
- 組換えアデノ随伴ウイルス
アデノ随伴ウイルス(AAV)というウイルスの遺伝子を人工的に組換え、治療用の遺伝子を運ぶベクター(運び役)として利用するものです。病原性が低く、安全性が高いことから、遺伝子治療で最も広く使われているベクターの一つです。
- セロタイプ
ウイルスなどの微生物を、その表面にあるタンパク質(抗原)の違いにもとづいて分類した型のことです。AAVでは、セロタイプによって感染しやすい組織(組織指向性)や免疫反応のされ方が変わるため、治療効果や安全性に直結する重要な性質です。
- 酵素免疫測定法
抗体と酵素反応を利用して、特定のタンパク質やウイルスなどの有無や量を調べる検査法です。臨床検査や生物学研究で広く用いられていますが、抗体のロット差や交差反応などにより結果がぶれやすいという課題があります。
- ペプチドマスフィンガープリンティング法
タンパク質を酵素で細かく切断してペプチド断片にし、それぞれの質量を質量分析で測定し、その「質量の組み合わせパターン(指紋=フィンガープリント)」からタンパク質の種類を同定する手法です。
- GMP
Good Manufacturing Practice、医薬品や再生医療等製品を「適正な製造管理・品質管理」に基づいて製造するための国際的な基準です。GMPに準拠した製造・品質管理を行うことで、製品の安全性・品質・再現性を確保します。


