糖–脂質の“つなぎ目”が免疫を左右する

糖–脂質の“つなぎ目”が免疫を左右する

内在性糖脂質の連結部をわずかに変えた“擬糖脂質”開発によって、免疫応答の違いを発見

2026-1-20工学系
微生物病研究所教授山﨑 晶

研究成果のポイント

  • 天然に存在する糖鎖複合糖質の構造を模倣する炭素連結型アナログは、糖加⽔分解酵素に分解されない有⽤な⽣物機能分⼦として期待されています。しかし、内在性糖脂質に多く見られるβ-グリコシド結合を模倣したβ-C-グリコシド結合を立体選択的に構築する手法は限られていました。
  • 今回、極めて高い立体選択性でβ-C-グリコシド結合を構築する新たな合成手法を開発しました。また、合成したC-グリコシド型糖脂質が天然のO-グリコシド型と比較して、自然免疫受容体Mincleの高い活性化能を示すことを見出しました。
  • 炭素連結型β糖脂質アナログ群は、糖脂質と免疫機能の関係理解を進めるとともに、創薬シーズへの展開や新たな免疫治療薬開発への応用が期待されます。

概要

天然に存在する糖鎖・複合糖質は酸素原子(O-グリコシド結合)で連結されています。これを炭素原子(C-グリコシド結合)に変えた炭素連結型アナログは、天然型糖鎖・複合糖質の構造を模倣しつつ、糖加水分解酵素により分解されない生物機能分子として期待されています。C-グリコシド結合の構築法はいくつか報告されていますが、生物活性に大きく影響するグリコシド結合の立体化学(α/β)を制御し、生物活性分子創製に利用できる合成法は極めて限定的でした。

九州大学大学院薬学研究院の平井剛教授、寄立麻琴講師らの研究グループと、大阪大学微生物病研究所の山﨑晶教授、石川絵里助教らの研究グループは、β-C-グルコシド結合のみを構築できる新手法を、光酸化還元反応とニッケル触媒による還元的カップリング反応を利用して開発し、様々な炭素連結型アナログの中間体(フルオロビニル-C-グリコシド中間体)の合成を実現しました。これを起点として、CH₂型、(R)-CHF型、(S)-CHF型の3種類の炭素連結様式をもつ擬β-グルコシルセラミド(β-GlcCer)および擬β-グルコシルコレステロール(β-GlcChol)の分岐合成に成功しました。さらに、炭素連結型擬β-GlcCerが、内在性の天然型β-GlcCer(O-グリコシド型)と比較して高い免疫活性を示すこと、さらに連結様式によって樹状細胞の成熟度が変化することを明らかにしました。これらの成果は、内在性糖脂質の機能解析研究や、免疫治療薬開発への応用が期待されます。

本研究成果は、アメリカ化学会が出版する国際誌 Journal of the American Chemical Society のオンライン版にて、2026年1月10日(土)付で掲載されました。

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図. 本研究の概要図

研究の背景

第3の生命鎖と呼ばれる糖鎖・複合糖質は、分子認識や免疫反応などの生命現象において重要な役割を担っています。その構造を基盤とした多様なアナログ分子の創出は、創薬や生物学分野の発展に大きく貢献すると期待されています。なかでも、天然型糖鎖・複合糖質におけるO-グリコシド結合の酸素原子を炭素原子に置き換えC-グリコシド結合とした“炭素連結型アナログ”は、糖鎖構造を模倣しつつ糖加水分解酵素によって分解されないため、機能性材料や創薬シーズとして有用であると考えられています。

近年、光酸化還元反応の発展により、高反応性のアノメリックラジカルを精密に制御することが可能となり、ラジカル中間体を活用した温和なC-グリコシド結合構築法(C-グリコシル化反応)が開発されてきました。しかし、アノメリックラジカルの性質上、α/β選択性を制御するのは難しい課題でした。我々は以前に、立体電子効果を巧みに利用したα選択性合成法を発表していますが、この立体電子効果のためβ選択的なC-グリコシル化の実現は依然として困難でした。とくに、最も一般的な糖であるグルコースのC-グリコシル化(C-グルコシル化)反応では、ラジカル中間体の配座が柔軟であることから、立体制御に成功した例はごく限られています。

ラジカル反応の高い反応性を維持したままβ選択的C-グルコシル化を達成できれば、内在性の糖鎖や糖脂質に多く見られるβ結合型擬糖鎖・複合糖質アナログの合成が可能になります。そこで本共同研究グループは、糖受容体(アグリコン)の構造に依存せず、常に高いβ選択性を与える新しい糖供与体の開発を着想しました(図1)。ラジカル中間体形成時に糖の立体配座を歪ませ、舟形(B2,5)配座へと誘導することでα面を大きく遮蔽し、β選択的なC-グリコシル化が進行すると考えました。さらに、ブロモフルオロオレフィン(BFO)とのカップリング反応により得られるフルオロビニル-C-グリコシドを、化学的・立体選択的に水素添加することで、連結部を編集した擬糖鎖を網羅的に合成することが可能になります。

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図1. アノメリックラジカルの配座制御によるβ選択的C-グルコシル化反応の設計:以前は立体電子効果(アノマー効果)に利用したα選択的手法を開発していた。グルコース型基質では、2位ヒドロキシ基がα面に配向するため、立体的にα体の生成が不利となるはずであるが、柔軟な配座変化があるため低い選択性ながら依然としてα体を与えることが多い。本研究では、糖の配座を積極的に歪ませて舟形中間体を安定化することでα面を完全に遮蔽し、高いβ選択性が発現すると考えた。

研究の内容

本研究ではまず、β選択的C-グリコシル化を実現するため、糖供与体の保護基を体系的に検討しました。その結果、2位にトリイソプロピルシリル(TIPS)基を有するグルコース型供与体が、完全な立体選択性でβ-C-グルコシドを与えることを見出しました(図2)。一方、TIPS基を t-ブチルジメチルシリル(TBS)基に置き換えると選択性が大きく低下したことから、2位TIPS基が本反応の高い立体選択性に重要な役割を果たしていることが示唆されました。
本手法は糖受容体の構造に依存せず適用可能であり、糖や脂質構造をもつブロモフルオロオレフィンやブロモオレフィン、さらには芳香族臭素化物など、多様な基質をβ選択的にアノマー位へ連結することができました。また、糖供与体としてはグルコースに加え、6位炭素を持たない 2-O-TIPS-キシロースも利用可能であり、いずれの場合も完全なβ選択性でC-グリコシドを与えることが確認されました。

本反応がきわめて高い立体選択性を示す要因を明らかにするため、対照実験および量子化学計算による反応機構解析を実施しました。その結果、2位をTIPS基で保護することで歪んだ舟形のアノメリックラジカルが優先的に生じ、α面が大きく遮蔽されることが示唆されました。この配座制御により、β選択的なC-グリコシル化が高い再現性で進行することが明らかになりました。

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図2. 糖供与体の最適化と基質適用範囲の検討:グルコース型糖供与体を用いて保護基を体系的に検討した結果、2位をトリイソプロピルシリル(TIPS)基で保護した供与体が、C-グリコシドを完全なβ選択性で与えることを見出した。本手法は多様な糖受容体(アグリコン)とのカップリングに適用可能であり、広い基質範囲で高いβ選択性を示した。さらに、キシロース型供与体においても同様にβ-C-グリコシドを与えました。

合成したフルオロビニル-C-グリコシドを出発物質として、CH₂-、(R)-CHF-、(S)-CHF-の3種類の連結部を有する擬β-グルコシルセラミド(β-GlcCer)および擬β-グルコシルコレステロール(β-GlcChol)を合成しました(図3)。フルオロオレフィン部位を化学選択的かつ立体選択的に水素添加することで、3種の連結部構造を分岐合成しました。続いて、スフィンゴシンおよびコレステロール骨格に含まれる二重結合を形成後、保護基を除去することで、炭素連結型擬β-GlcCerおよび擬β-GlcCholの初の合成を達成しました。

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図3. 連結部編集型β-グルコシルセラミド(β-GlcCer)およびβ-グルコシルスフィンゴシン(β-GlcChol)の合成:合成したフルオロビニル-C-グリコシドを出発物質とし、水素添加および保護基の除去を経て、CH₂-、(R)-CHF-、(S)-CHF-連結型の擬β-GlcCerおよび擬β-GlcCholを合成した。

連結部位の編集が糖脂質の生物活性に与える影響を評価するため、合成した炭素連結型擬β-グルコシルセラミド(β-GlcCer)の生物活性を検討しました(図4)。内在性糖脂質であるβ-GlcCerは、皮膚、脳、小腸などに存在し、皮膚バリア機能や免疫応答への関与が知られています。

本共同研究グループは、炭素連結型擬β-GlcCerが免疫受容体のリガンドとして機能するかを調べるため、レポーター細胞を用いてC型レクチン受容体Mincleの活性化能を評価しました。天然型β-GlcCerはMincleを弱く活性化する内因性リガンドとして知られており、実際、本系でも僅かな活性化を示しました。一方、すべての炭素連結型擬β-GlcCerは、天然型β-GlcCerよりも高いMincle活性化を示しました。なかでも、CH₂連結型擬β-GlcCerが最も高い活性を示すことが明らかとなり、連結部位の違いが免疫活性に大きな影響を与えることが示されました。さらに、Mincleを発現することが知られているマウス骨髄由来の樹状細胞に対するβ-GlcCerおよび擬β-GlcCerの効果を調べると、CH₂連結型擬β-GlcCerが高いサイトカイン産生能を示し、天然型β-GlcCerと比べその効果は顕著でした。一方で、樹状細胞での共刺激分子の発現レベルは連結様式でやや異なることも明らかになりました。このことから、“糖―脂質連結部”が糖脂質の生物機能に影響を与えることを初めて実験的に示しました。

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図4. C-グリコシドアナログの生物活性評価:天然型β-GlcCerおよび3種の炭素連結型β-GlcCerアナログについて、Mincle活性化能を評価した。天然型β-GlcCerは弱くMincleを活性化したのに対し、すべての炭素連結型アナログは高い活性化能を示し、とくにCH₂連結型アナログで強い効果を確認しました。

今後の展開

本研究により、従来合成が困難であったβ結合型擬複合糖質の合成が可能になりました。β-GlcCerにおける連結部編集は、糖脂質に加水分解耐性を付与するだけでなく、免疫活性化能を増強するという効果をもたらしました。本戦略は他の糖脂質にも幅広く応用可能であり、次世代免疫治療薬の開発につながることが期待されます。

なお、本研究で合成した他の擬糖鎖・擬複合糖質の生物活性評価についても、現在検討を進めています。

特記事項

【論文情報】
掲載誌:Journal of American Chemical Society
タイトル:Linkage-Editing of β‑Glucosylceramide and β‑Glucosylcholesterol: Development of β‑Selective C‑Glucosylation and Potent Mincle Ligands
著者名:Suzuka Chiba, Wakana Kusuhara, Eri Ishikawa, Makoto Yoritate,* Taishi Miura, Kazushi Maeda, 5 Haruto Takamura, Hiroaki Matoba, Sho Yamasaki, and Go Hirai*
D O I:10.1021/jacs.5c17740

本研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)による BINDS および先進的研究開発戦略センター(SCARDA)事業の支援を受けて実施されました。また、文部科学省 学術変革領域研究(A)「グリーン触媒化学(Green Catalysis Science)」(23H04913)および「潜在化学空間(Latent Chemical Space)」(24H01778)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JSPS KAKENHI:24K08414、24K01638、23H05481、22K14683)、日本学術振興会 特別研究員奨励費(25KJ1909)、武田科学振興財団、水谷糖質科学振興財団、LeaP科学財団、福岡県がん研究基金、Asian Chemical Biology Initiative の支援を受けて行われました。なお、本研究における計算科学的検討は、自然科学研究機構 計算科学研究センターのスーパーコンピューター(課題番号:25-IMS-C277)および九州大学玄界にて実施しました。

用語説明

糖鎖

複数の糖がグリコシド結合によって鎖状につながった化合物。細胞表面や体内でタンパク質などと相互作用し、免疫反応を含むさまざまな生命現象の制御に関与する。

複合糖質

タンパク質や脂質に糖が結合した分子群の総称。糖タンパク質や糖脂質などが含まれる。

アナログ

元の分子と構造や性質が類似しているが、一部の構成要素が異なる分子。

糖加水分解酵素

糖のグリコシド結合に作用し、水を用いて結合を切断(加水分解)する酵素の総称。

C-グリコシド

糖のアノマー位に炭素(C)が結合した分子の総称。本研究では、天然のO-グリコシド結合における酸素原子を炭素に置換したアナログ分子を指す。

Mincle

免疫細胞に発現するC型レクチン受容体の一種。主に糖脂質を認識し、免疫応答の活性化に関与する。

アノメリックラジカル

糖のアノマー位に生じるラジカル種のこと。

立体電子効果

結合を構成する原子の電子的性質によって、分子の立体配座や反応性が影響を受ける現象。

アグリコン

配糖体を構成する成分のうち、糖以外の部分。配糖体を加水分解することで得られる。