\「骨に近い柔らかさ」を持つ次世代インプラント材料へ大きな一歩/ 結晶構造変化の前兆を利用した生体用合金の新設計原理

\「骨に近い柔らかさ」を持つ次世代インプラント材料へ大きな一歩/ 結晶構造変化の前兆を利用した生体用合金の新設計原理

チタン合金を柔らかくする原子運動を解明

2026-2-2工学系
工学研究科教授多根 正和

研究成果のポイント

  • 生体用インプラント材料として有望視されるチタン合金の低ヤング率化の起源が、別の結晶構造への相転移の前触れとして生じる原子移動に起因した応力緩和であることを世界で初めて解明。
  • 分子動力学(MD)シミュレーションと、極低温までの精密ヤング率・応力緩和計測を組み合わせた解析により、この原子運動が室温付近でも活性化することを実証。また、原子運動を制御することで、効果的にヤング率を低減できることも明らかに。
  • 低ヤング率化に向けた新しい生体材料設計指針により、高性能なインプラント材の開発、ひいては高齢化社会のQOL向上に資することが期待。

概要

大阪大学大学院工学研究科の多根正和教授らの研究グループは、インプラント材料として重要な体心立方(bcc)型チタン合金において、その低ヤング率化の起源が、別のより安定な結晶構造への相転移の前触れとして生じる活発な原子運動による応力緩和であることを、世界で初めて解明しました。

本研究では、新たな生体用インプラント材料として有望視されているチタン-ニオブ(Ti-Nb)合金を用い、室温から極低温域(約-250℃)までの幅広い温度範囲で、ヤング率と応力緩和によるエネルギー散逸を精密に測定しました。これにより、Ti-Nb合金は通常の金属材料とは異なり、-120℃付近でヤング率が大きく低下するという特異な現象を引き起こすことを明らかにしました。

さらに、分子動力学(MD)シミュレーションを用いて、このヤング率の低下を引き起こす原子運動を解析することで、原子が元の構造と新しい構造の位置へと「行ったり来たり」する結晶構造変化のためのトライ&エラーが低温域で活発化し、その結果、応力緩和が大きなヤング率低下を引き起こしていることを明らかにしました。

さらに、この原子運動は室温付近でも活発に生じており、これがTi-Nb合金のヤング率を大幅に低下させている主要因であることを世界で初めて明らかにしました。この原子運動は、合金中に不可避に生じるNb濃度が局所的に低いナノスケール領域で生じており、この統計的な組成ゆらぎを操作することで生体用チタン合金のヤング率を制御可能であることを示しました。

本研究により、生体骨と同等の超低ヤング率を持つインプラント材の開発が期待でき、骨の劣化を防ぐことで、再手術のリスクを低減する等、超高齢社会における人々の生活の質(QOL)向上への貢献が期待できます。

本研究成果は、Elsevier社発行の材料科学におけるトップ級ジャーナル「Acta Materialia」誌(IF9.3)に、2026年1月27日(日本時間)に公開されました。

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図. 体心立方(bcc)チタン合金における低ヤング率発現メカニズムの模式図

研究の背景

超高齢社会において、人工関節などの生体用インプラントによる生体機能再建の重要性は高まり続けています。しかし、現在の生体用インプラントに用いられる金属材料は生体骨に比べて高いヤング率を示すため、応力遮蔽(しゃへい)効果と呼ばれる荷重がインプラント材に集中して、周囲の骨が衰えていく現象の解決が大きな課題となっています。

bcc構造を持つβ型チタン合金は、高い生体適合性や耐食性に加えて、比較的低いヤング率を示すことからインプラント材料として有望視されています。しかし、理想的なインプラント材料の開発には、β型チタン合金のさらなる低ヤング率化が求められています。その一方で、低ヤング率化を実現するための材料設計指針は、20年以上の長きにわたり未解明のままでした。このため、低ヤング率を示すチタン合金の探索は、試行錯誤で実施されてきました。

研究の内容

研究グループは、Ti-Nb合金をアーク溶解法で作製し、片持ち共振法を用いて、室極低温域(約-250℃)までの幅広い温度範囲でヤング率および応力緩和によるエネルギー散逸を精密に測定しました。その結果、Ti-Nb合金のヤング率は-120℃付近で極小値を示し、通常の金属材料の挙動とは大きく異なっていることが明らかとなりました。さらに、このヤング率が極小値を示す温度付近で、顕著な応力緩和によるエネルギー散逸が観測され、原子運動による応力緩和によってヤング率の低下が引き起こされていることを示しました。

この現象を詳細に解明するため、MDシミュレーションによる原子運動の起源の解析を実施しました。その結果、-120℃付近では、より安定な別の結晶構造(六方晶構造のオメガ相およびマルテンサイト相)へと変化するための前触れとして、図(b)に示すように原子が別の結晶構造の位置への移動と元の結晶構造へと再び戻ってくるという「行ったり来たりの運動」を繰り返しており、これによる応力緩和によって低ヤング率化が引き起こされていることがわかりました。この結晶構造変化のためのトライ&エラーの原子運動が生じない場合は、ヤング率の低下は生じませんでした(図(b))。

また、この新しい結晶構造へと変化するためのトライ&エラーの原子運動が起こるためのエネルギー障壁は非常に低く(0.2 eV程度)、室温付近でも活発な原子運動が生じていることも突き止めました。

加えて、この原子運動は統計的な組成ゆらぎにより、bcc構造を安定化させるNbの濃度が局所的に低いナノ領域で優先的に発生していることを明らかにしました。これにより、ナノスケール領域で生じる別の安定な結晶構造へと変化するための前触れによる原子運動が応力緩和を引き起こし、これがヤング率低下の主要因となっていることを結論付けました。

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図(再掲). 体心立方(bcc)チタン合金における低ヤング率発現メカニズムの模式図。
(a)bcc構造の位置から原子が移動しない場合は、チタン合金は高いヤング率を示し変形しにくい。
(b)原子がbcc構造の位置と別の結晶構造であるオメガ相の位置との間を行ったり来たりする場合は、ヤング率が低下し、変形しやすい。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、チタン合金において、別の結晶構造へと変化するための前触れとして起こる原子運動を利用して低ヤング率を示すインプラント材料を開発可能であることを示しており、これは従来の材料開発指針を根本から転換させる画期的な成果です。本成果に基づいた研究開発の実施により、生体骨と同等の超低ヤング率を持つインプラント材の開発が期待できます。これにより、金属製インプラントの弊害である応力遮蔽を抑制し、骨の劣化を防ぐことで、再手術のリスクを低減し、超高齢社会における人々の生活の質(QOL)向上に直接的に貢献します。

特記事項

本研究成果は、2026年1月27日(火)(日本時間)にElsevier発刊の「Acta Materialia」誌に出版されました。

タイトル:Low Young's modulus achieved by anelastic relaxation arising from reversible atomic shuffling in bcc Ti—Nb alloys
著者名:Masakazu Tane*(責任著者), Keigo Morita, Eisuke Miyoshi, and Takumi Hiramatsu

本研究は、科学研究費助成事業(基盤研究B)における「「ナノスケールの力学緩和制御」を利用した生体用Ti合金の新規低弾性率化手法の構築」(研究代表者:多根正和)(課題番号: 24K01201)の一環として行われました。

参考URL

多根正和教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/b6a6d95d10dd855a.html

多根正和教授研究室HP
http://www.mat.eng.osaka-u.ac.jp/mse6/

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 12 つくる責任つかう責任

用語説明

ヤング率

ヤング率は、材料に対して引張や圧縮における弾性変形のしやすさを表す物理量で、弾性率の一種。また、単軸の引張応力もしくは圧縮応力と単軸ひずみとの関係を表す比例定数。弾性率はせん断応力等の他の応力負荷に対する比例定数を含むより一般的な表現。

相転移

温度や圧力などの外部条件の変化によって、材料の結晶構造が別の結晶構造へと変化する現象。

応力緩和

物体を一定の形に変形させたまま保持したとき、内部に生じている応力が時間の経過とともに徐々に弱まっていく現象。

分子動力学(MD)シミュレーション

原子の動きを物理法則に基づいて計算し、材料の特性を予測する手法。実験で計測が困難な原子の運動を計算機上で再現することができる。

統計的な組成ゆらぎ

合金において、全体の成分比率は一定であっても、原子レベルのミクロな視点で見ると場所ごとに成分の濃度がわずかに異なる現象のこと。原子がランダムに混ざり合う際にも統計学的に必ず生じる自然な濃度の偏り。

応力遮蔽

ヤング率が高いインプラント部に応力が優先的に負荷され、周囲の骨への応力伝達が阻害される現象。応力が正常に伝わらなくなった骨では骨量の減少と骨質の劣化が進行する。

アーク溶解法

アーク放電を利用して発生させた高温で、金属材料を溶かして混ぜ合わせ、合金を作る手法。

片持ち共振法

細長い板状の試料の一端を固定し、もう一端を振動させて、材料が最も大きく揺れる「共振現象」を利用してヤング率および応力緩和によるエネルギー散逸を調べる測定手法。

オメガ相

bcc構造を有するチタン合金の原子の位置がわずかに動くことで形成される六方晶構造の結晶相。

マルテンサイト相

拡散を伴わない「変位型変態(無拡散変態)」によって形成される結晶相。