
触覚受容における情報フィルタリングを解明
ネズミのヒゲに振動キャンセル機構が備わっていた?
研究成果のポイント
- ネズミのヒゲ感覚(触覚)を受容する神経メカニズムにおいて、ネズミ自身の運動に起因する振動には反応せず、ヒゲに対象物が触れた時だけに活動する神経タイプが存在することを解明
- 触覚の受容メカニズムは、実験手技の限界のため、他の感覚に比べて解明が遅れていたが、この度、難易度の高い実験手技を確立し、一つ一つの神経の活動特性と形態学的データを精密に解析することによって、次第にその真相が明らかに
- 「触れる」という根源的な認知機能の基盤メカニズムに切り込み、アクティブセンシング(能動的触覚)の理解に踏み込んだことは、ヒトがヒト自身をよりよく知るということにおいて大きな意味を持ち、将来的には先進的なセンシング技術へつながることに期待
概要
大阪大学大学院歯学研究科の古田貴寛 教授・榎原智美 招へい教員(明治国際医療大学教授)らの研究グループは、明治国際医療大学の村本大河さん(修士課程2年生)、Weizmann科学研究所のEhud Ahissar教授らとの共同研究によって、ネズミの触覚受容において、ネズミ自身の運動が起因する振動には反応せず、外部からの触覚刺激にのみ反応する受容器(末梢神経)の一群があることを世界で初めて明らかにしました。
触覚の受容メカニズムは、実験手技の限界のため、他の感覚に比べて解明が遅れていました。研究グループは、一つ一つの神経の活動特性と形態学的データを精密に解析できる研究手法を確立しています。この手法は非常に難易度が高いが、神経細胞毎の性質のばらつきが大きい神経回路を明らかにできるため、この方法で末梢神経システムのメカニズムの研究を進めてきました。
本研究ではネズミのヒゲ触覚システムを研究対象として、一本一本の末梢神経の活動を記録/解析するとともにその形態学的特徴を詳細に調べる実験技術を駆使し、ヒゲ運動が「空振り」した時と「対象物にヒット」した時の比較によって、特徴的な性質を持つ受容器(末梢神経)の一群が存在することを見出しました。また、受容器周辺の構造を電子顕微鏡レベルまで調べた結果として動物自身の動きによる振動をキャンセルする仕組みを浮き彫りにしました(図1)。
この度、生物の持つ進化的な触覚受容メカニズムの一端を明らかにできたことは、先進的な触覚センサーの開発やリハビリテーションなどの発展に向けた基盤的知見につながることが期待されます。
本研究成果は、2025年12月24日に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
図1. 触覚刺激を神経活動に変換する仕組みにおける役割分担
研究の背景
これまで、触覚システムにおける末梢神経の研究はin vitro実験が困難であるという事情により進んでおらず、触覚刺激入力が神経活動に変換されるメカニズムは最近まで不明な点が多く残されていました。さらに、多くの触覚受容は手や指先などのセンサー自体が動いて対象物に触れることが一般的であり、これは能動的触覚(アクティブタッチ)と呼ばれ、運動の情報と感覚の情報が複雑に関係し合う神経メカニズムであると考えられています。この機能を実現するためには、まず、動物自身の運動に起因する振動などの情報と外部からの触覚刺激入力とを区別して神経活動に変換する必要があると考えられていました。
研究グループでは、ネズミのヒゲシステムを対象として、触覚情報処理や運動制御、そして感覚と運動の統合について研究を進めてきました。
ネズミのヒゲ感覚系は非常に発達した触覚システムで、ヒゲの根元にあるカプセル状の部屋(毛包)の中で精巧な神経組織が毛根部を取り巻いており、ヒゲを伝わってきた触覚刺激入力がそこで神経活動に変換され中枢神経系に送られます。ネズミは周囲を探索する際にはヒゲを能動的に前後方向に動かして対象物に触れるという行動様式を持つため、能動的触覚の研究モデルとして非常に適しているのです。
研究の内容
本研究ではネズミヒゲ触覚システムを研究対象とし、一本の末梢神経軸索から電気的活動記録を行うこととその神経軸索に標識物質を注入し、形態を明らかにすることを組み合わせる実験を採用しました。そして、ヒゲ運動に伴う「空振りする時」と「対象物に接触する時」とに分けて反応特性を調べました。また、三次元電子顕微鏡技術も使用してカプセル内受容器(末梢神経)とそれを取り巻く構造を詳細に調べました。
活動記録された神経軸索の末梢端にある触覚受容器は、形態学的にいくつかのタイプに分類されますが、その中でも棍棒状終末とされるものは非常に興味深い反応特性を示しました。棍棒状終末は、ヒゲ運動時にヒゲが何かに接触した瞬間には活動を見せましたが、ヒゲが「空振り」をした際には反応を見せませんでした。これは、他のタイプの受容器が接触と空振りの両方に混合的な反応を見せることと対照的でありました。
また、棍棒状終末は周囲の構造との関係においても特殊性があり、リングウルストと呼ばれるコラーゲンに富んだ組織の中に埋め込まれていることがわかりました。このコラーゲン組織が、ネズミ自身のヒゲ運動に起因する振動から棍棒状終末を隔離していると想像されました。ネズミのリングウルストが振動を吸収する形状をしていることに対し、ヒゲは持つがヒゲ運動を行わないネコでは、このリングウルストが基底膜にしっかりと固定されており、振動を吸収できる形状ではなかったことは、上記推論をサポートするものでありました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
「触れる」というヒトにとって根源的な認知機能の基盤メカニズムを明らかにしたことは、ヒトがヒト自身をよりよく知るということにおいて大きな意味があります。さらに、本研究は生物のアクティブセンシング(能動的触覚)の理解に踏み込んだ点も、複雑な神経機能の理解を押し進めることに貢献したと言えます。将来的には、先進的なセンシング技術(例えば接触移動型ドローンのセンサーなど)の開発や、能動的触覚との関連、またリハビリテーションなどの発展につながることを期待しています。
特記事項
本研究成果は、2025年12月24日に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Club-like receptors respond to light touch but not to whisking”
著者名:Taiga Muramoto, Takahiro Furuta*, Taro Koike, Knarik Bagdasarian, Sotatsu Tonomura, Aya Takenaka, Yosky Kataoka, Mitsuyo Maeda, Asami Eguchi, Masaaki Kitada, Kenzo Kumamoto, Ehud Ahissar* and Satomi Ebara* (* Corresponding Authors)
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-025-67514-w
なお、本研究は、JSPS科研費(JP21H03529, JP23K21711, JP22K19403, JP23K06311)、AMED(JP23dm0207112)および小林財団(#384)の支援の下、行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- ネズミのヒゲ触覚システム
ネズミの仲間であるラットやマウスは、夜行性であるが、暗所でものを見分けるほど発達した視覚系を持たない。その代わり、非常に発達した触覚器である”ヒゲ”を持っている。ネズミは顔の両側に生えた長いヒゲを用いて周囲の環境に触れることにより、対象物の位置や形そしてその表面のテクスチャを知ることができる。ネズミの神経系ではこのヒゲ触覚システムが非常に発達しているため、神経科学においてこのヒゲシステムが研究対象として頻繁に用いられる。また、ネズミは周囲を探索する際にこのヒゲを前後に動かしてサーチする行動様式を持つので、ヒゲシステムは感覚器であると同時に運動器でもある。
- 毛包
ヒゲの根元のしくみ。ネズミの長いヒゲの根本は、皮膚内に埋め込まれたカプセル状の構造に入っている。このカプセル状の構造を”毛包”と呼び、この中でヒゲの根本を精巧な神経組織が取り巻いており、ヒゲを伝わってきた触覚刺激を神経活動に変換する。毛包内で触覚受容器として働く神経終末は、多様な形態を持つので、神経科学的に複数のタイプに分類されている。




