
\ワクチン接種でがんと闘う細胞を投与できる時代へ/ 「打つだけでCAR-T」へ道筋
mRNAワクチン技術を応用した固形がんの新しい免疫治療を開発
研究成果のポイント
- mRNA-DDSを用いて“体内でCAR-T細胞をつくる”新手法を開発し、固形がんを完全消失・長期免疫記憶を誘導できることを発見
- 従来のCAR-T療法は、標的抗原の不安定さや免疫抑制環境でのCAR活性維持が困難、複雑な操作が必要といった課題のため効果が限定的だった。
- 今回、CAFに高発現するFAPに着目し、mRNA-LNPでFAP特異的CARを体内免疫細胞に一時的に発現させることで、TMEの改変と強力な抗腫瘍免疫誘導が可能に。
- 再発しやすい固形がんへの新たなCAR免疫療法として応用が期待されるほか、mRNA修飾(m⁶A)やMIF–CD74阻害、HOX制御などの最適化により、「投与するだけで、体内でCAR-Tが働く」安全・低コストの次世代がん治療への発展に期待。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の孟思昆特任助教、原知明特任助教(常勤)、石井秀始特任教授(常勤)(疾患データサイエンス学)らの研究グループは、埼玉医科大学、東海大学、東京科学大学、およびデンマークコペンハーゲン大学との共同研究により、mRNA を脂質ナノ粒子(LNP)で投与して、体内の免疫細胞に FAP 標的 CAR を一時的に発現させることで、固形がんを完全消失させ、さらに長期的な抗原特異的免疫記憶を誘導できることを明らかにしました。
本研究では、腫瘍間質の主要構成要素であるがん関連線維芽細胞(CAF)に特異的な FAPを標的とした CAR を mRNA-LNP により発現させると、従来の CAR-T が苦手とする免疫抑制性腫瘍微小環境を再構築し、複数の固形がんモデルで腫瘍の完全消失を達成すること、さらに治療後に長期の再発防止効果(免疫記憶)が得られることを確認しました。
これまで 固形がんに対する CAR-T 療法は、標的抗原の不安定さや強い免疫抑制環境のため効果が限定的と考えられており、体内で CAR 活性を安全に誘導する方法については解明されていませんでした。
今回、本研究グループは、FAP を標的とする CAR を mRNA-LNP により直接体内免疫細胞へ誘導するという新しい方法を用いることにより、固形がんの抑制だけでなく長期的な免疫記憶を成立させるメカニズムを解明しました。これにより、複雑な細胞操作を必要としない、安全で低コストの“体内 CAR-T”型がん免疫療法への応用が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「SCIENTIFIC REPORTS」に、12月10日(水)に公開されました。
図1. Schematic representation of the mRNA-LNP-based FAP-targeted CAR strategy.
研究の背景
これまで、固形がんに対する CAR-T 療法は、腫瘍特異的抗原の不安定さや強い免疫抑制性腫瘍微小環境(TME)の存在により、効果が十分に発揮されにくいことが知られていました。
さらに、腫瘍間質を形成するがん関連線維芽細胞(CAF)に特異的に発現する FAPを標的とする治療は有望とされていたものの、
①従来の細胞操作型CAR-Tでは安全性と制御性に課題がある
②固形がんTME内でのCAR活性維持が困難
③抗腫瘍効果が持続しにくい
といった課題がありました。
また、mRNA を用いた in vivo CAR 発現技術も提案されていましたが、安定発現の最適化、腫瘍間質の効果的な破壊、長期免疫記憶の誘導といった点が十分に解明されておらず、固形がんに対して実際に治療的に有効な“体内 CAR-T”を実現するためには、依然として多くの課題がありました。これらの課題を克服すべく、本研究が行われました。
研究の内容
本研究グループでは、mRNA を脂質ナノ粒子(LNP)に封入して投与することで、体内の免疫細胞に一時的に FAP 標的 CAR を発現させる方法により、固形がんの抑制には腫瘍間質(CAF)を標的とした一過性のCAR誘導が極めて有効であることを解明しました。
これは、腫瘍細胞そのものではなく、がん微小環境を構成するCAFを破壊することで、腫瘍全体の免疫抑制性が解除され、強力な抗腫瘍免疫が誘導されることを示したものであり、従来の CAR-T 療法では困難であった 固形がんの完全消失や再発抑制を達成し得る、新たな作用メカニズムを提示しました。
さらに、mRNA の化学修飾(m⁶A)によりCAR発現効率と治療効果が大幅に向上すること、また、MIF–CD74 経路や HOX 転写因子群が mRNA-LNP CAR の効果増強に関わる新たな治療標的であることを示すことで、より高効率かつ持続的な“体内 CAR-T”実現に向けた最適化戦略を提示しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、複雑な細胞操作を伴う従来型CAR-Tに代わる、投与するだけで、体内でCAR活性を誘導できる新しい固形がん免疫療法の実現が期待されます。
さらに、FAPを標的とした腫瘍間質の制御技術により、これまで治療抵抗性であった固形がんに対しても高い治療効果が得られる可能性が示され、再発抑制や長期免疫記憶の獲得による持続的ながん管理の道筋が開かれました。
また、mRNA修飾(m⁶A)やサイトカインの制御経路であるMIF–CD74経路・HOX転写因子群など新規標的の活用により、より安全で強力な“体内CAR-T”技術の最適化が進むことで、適応できるがん種の拡大、治療コストの低減、短期間での治療開始など、医療現場における実装性が大幅に向上すると考えられます。
さらに本技術は、mRNAワクチン技術との親和性が高く、社会的インフラとしての普及が見込めることから、がん治療の標準的アプローチの変革につながることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2025年12月10日(水)に米国科学誌「SCIENTIFIC REPORTS」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Targeting fibroblast activation protein in solid tumors via LNP-mediated CAR-mRNA delivery promotes durable tumor eradication in murine models”
著者名:Sikun Meng,1 Tomoaki Hara,1 Tetsuya Sato,2 Shotaro Tatekawa,3 Yasuko Arao,1 Yoshiko Saito,1 Toshiro Hirai,4 Daisuke Motooka,5 Sarah Rennie,6 Taroh Satoh,7 Kazuhiko Ogawa,3 Yutaka Miura,8,9 Masaki Mori,10 Yuichiro Doki,7 Hidetoshi Eguchi7 and Hideshi Ishii1,*
1. Department of Medical Data Science, Center of Medical Innovation and Translational Research, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Suita, Yamadaoka
2-2, Osaka 565-0871, Japan.
2. Biomedical Research Center, Faculty of Medicine, Saitama Medical University, 1397-1 Yamane, Hidaka, Saitama 350-1241, Japan
3. Department of Radiation Oncology, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Suita, Yamadaoka 2-2, Osaka 565-0871, Japan.
4. Vaccine Creation Group, BIKEN Innovative Vaccine Research Alliance Laboratories, Research Institute for Microbial Diseases, The University of Osaka, Suita, Yamadaoka 2-1, Osaka 565-0871, Japan.
5. Research Institute for Microbial Diseases, The University of Osaka, Suita, Yamadaoka 3-1, Osaka 565-0871, Japan.
6. Section for Computational and RNA Biology, Department of Biology, University of Copenhagen, Copenhagen, DK2200 Copenhagen N, Denmark.
7. Department of Gastroenterological Surgery, Graduate School of Medicine, The University of Osaka, Suita, Yamadaoka 2-2, Osaka 565-0871, Japan.
8. Laboratory for Chemistry and Life Science, Institute of Integrated Research, Institute of Science Tokyo, 4259 Nagatsutacho, Midori-ku, Yokohama, Kanagawa, 226-8501, Japan.
9. Department of Life Science and Technology, School of Life Science and Technology, Institute of Science Tokyo, 4259 Nagatsutacho, Midori-ku, Yokohama, Kanagawa, 226-8501, Japan.
10. Tokai University Graduate School of Medicine, Isehara, 143 Shimokasuya, Kanagawa 259-1193, Japan.
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-025-31128-5
本研究は、科研費およびAMED支援研究の一環として行われ、国内外の共同研究の形で行われた。
参考URL
石井秀始特任教授(常勤) 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/fcdd81a7260c9252.html
SDGsの目標
用語説明
- FAP
Fibroblast Activation Protein。腫瘍間質を構成するがん関連線維芽細胞(CAF)に特異的に高発現する膜タンパク質。正常組織ではほとんど発現しないが、固形がんの進展や免疫抑制環境の形成に深く関与することが知られている。FAP を標的とすることで、腫瘍細胞そのものではなく腫瘍微小環境(TME)を制御できるため、従来の標的抗原が不安定な固形がんに対して有望な治療標的として注目されている。
- CAR
Chimeric Antigen Receptor。T細胞などの免疫細胞に人工的に導入することで、特定の標的抗原を認識して攻撃させるための受容体。従来は患者由来T細胞を体外で遺伝子操作して戻す「CAR-T療法」として利用されてきたが、固形がんでは標的抗原の不均一性や免疫抑制環境により効果が限定的であった。本研究では、mRNA-LNP により体内で一過性にCARを発現させる新しいアプローチを用いている。
- がん関連線維芽細胞(CAF)
Cancer-Associated Fibroblast。固形がんの腫瘍間質に多数存在し、腫瘍の増殖・浸潤・免疫抑制を支える細胞集団。AF は FAP を高発現する特徴を持ち、腫瘍微小環境(TME)の形成に重要な役割を果たす。

