
脂肪肝を悪化させる炎症が“広がる仕組み”を解明
マクロファージから血管内皮細胞を介して炎症が波及
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院医学系研究科消化器内科学大学院生の福本賢二さん(研究当時:博士後期課程、現在:大阪大学医学部附属病院医員)、疋田隼人講師らの研究グループは、脂肪肝が悪化する原因の一つとして、門脈周辺(肝臓に入ってくる太い血管の近く)で起こる細胞同士の“炎症シグナルの伝達”が重要な役割を果たすことを明らかにしました。
近年、食生活の欧米化などにより、日本でも4人に1人が脂肪肝といわれ、肝臓病の最も大きな原因となっています。脂肪肝が悪化して炎症が強くなると「脂肪性肝炎」となり、肝硬変や肝癌に進行する危険性が高まります。しかし、この炎症がどのように始まり広がっていくのかはこれまで十分には分かっていませんでした。
今回、研究グループは、脂肪性肝炎を起こしたマウスの肝臓を「シングルセル解析」という最新技術を用いて詳細に調べることで、肝臓に存在する免疫細胞(マクロファージ)が放出する炎症物質「IL-1β」が、肝類洞内皮細胞(LSEC)に作用し、炎症を強める物質(ケモカイン)を多く産生させていることを発見しました(図1)。
さらに、脂肪性肝炎患者の肝臓に対して、細胞の位置情報を保ったシングルセル解析(空間トランスクリプトーム解析)を行うことで、ヒトでも同様の現象が起こっている可能性が示され、マクロファージからLSECへと炎症が伝わり、脂肪性肝炎の悪化につながっていることが分かりました。
本研究成果は、米国科学誌「Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology」に、12月2日(火)に公開されました。
図1. 細胞間相互作用による脂肪性肝炎憎悪メカニズム
研究の背景
脂肪肝は、日本では4人に1人が持つと言われるとても身近な病気です。初期の脂肪肝は運動や食生活の見直しで改善できますが、一度炎症や線維化が進むと元に戻すことが難しく、将来的に肝がんの原因にもなります。しかし、脂肪肝がどのような仕組みで脂肪性肝炎へ悪化していくのかは、これまで十分に分かっていませんでした。この仕組みが分かれば、肝硬変や肝がんを防ぐための新しい治療につながる可能性があります。
研究の内容
研究グループでは、脂肪性肝炎を引き起こすマウスモデルを作成し、肝臓に対するシングルセル解析を行うことで、脂肪性肝炎においてIL-1βは主にマクロファージから分泌され、その受容体であるIL-1R1は肝類洞内皮細胞(LSEC)で高発現していることを発見しました(図2)。また、この肝臓内のマクロファージでは、オートファジー障害が示唆されました。
図2. 脂肪性肝炎マウスを用いた肝組織のシングルセルRNA解析
細胞実験では、脂肪酸がマクロファージのオートファジー障害を起こすことでIL-1βの分泌を増加させ、そのIL-1βはLSECのCCL2やCXCL10などの炎症性ケモカインの発現を亢進させることがわかりました(図3)。
図3. マクロファージ由来のIL-1βはLSECのケモカイン発現を亢進させる
また、脂肪性肝炎マウスモデルに対して内皮細胞のIL-1R1ノックアウト(特定の遺伝子の機能を意図的に破壊したり、失わせたりする技術)やIL-1受容体阻害薬(アナキンラ)を投与することで肝組織の炎症や線維化の改善がみられました(図4)。
図4. IL-1受容体をターゲットとした脂肪性肝炎治療の可能性
さらに脂肪性肝炎患者の肝臓を用いた空間トランスクリプトーム解析により、ヒトにおいてもマクロファージ-LSEC間のIL-1R1を介した相互作用が重要であり、特に肝臓の門脈周囲で活発に反応している可能性が示されました(図5)。
図5. 脂肪性肝炎患者肝組織を用いた空間的細胞間相互作用の解析
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、脂肪性肝炎の増悪を防ぐためにIL-1βあるいはIL-1受容体を標的とした治療が有効である可能性が期待されます。初期の脂肪肝は生活習慣の改善で良くなる一方、炎症や線維化が進んだ脂肪性肝炎は治療が難しく、将来的な肝硬変・肝がんの大きな原因となっています。そのため、病気が悪化する“最初の一歩”を止める治療が強く求められています。本研究で明らかになった IL-1β の働きは、脂肪性肝炎だけでなく、ウイルス性肝炎やアルコール性肝炎など、さまざまな肝炎で共通して炎症を強める重要な仕組みであり、幅広い肝疾患への応用も期待できます。また、脂肪性肝炎では、肝臓の門脈周囲が炎症の出発点として特に強く反応していることも分かりました。これは、早期診断の指標づくりや、より効果的な治療ターゲットの選定につながる重要な発見です。
特記事項
本研究成果は、2025年12月2日(火)に米国科学誌「Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Liver Sinusoidal Endothelial Cells Promote Metabolic Dysfunction-associated Steatohepatitis Progression via Interleukin-1R1-mediated Chemokine Production Induced by Macrophage-derived Interleukin-1β”
著者名:Kenji Fukumoto1, Hayato Hikita1, Yoshinobu Saito1, Yuki Makino1, Kazumasa Soma1, Seiya Kato1, Yoichi Sasaki1, Yuta Myojin1, Katsuhiko Sato1, Sadatsugu Sakane1, Kazuhiro Murai1, Yuki Tahata1, Takahiro Kodama1, Tomohide Tatsumi1, Daisuke Motooka2, Yoshiaki Kubota3, Shogo Kobayashi4, Hidetoshi Eguchi4 and Tetsuo Takehara1* (*責任著者)
1 大阪大学大学院医学系研究科 消化器内科学
2 大阪大学微生物病研究所 微生物病研究所/免疫学フロンティア研究センター
3 慶應義塾大学医学部 解剖学
4 大阪大学大学院医学系研究科 消化器外科学
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jcmgh.2025.101698
なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業(JP25fk0210121)および革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)(JP25gm0010012)の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- シングルセル解析
細胞一つ一つの遺伝子発現を個別にかつ網羅的に解析する最新の解析技術。
- マクロファージ
体内の異物や老廃物を食べて片付ける免疫細胞。炎症が起こると活性化し、IL-1β などの炎症を強める物質をつくります。
- 肝類洞内皮細胞(LSEC)
肝臓には「類洞」と呼ばれる、血液がゆっくり流れる細い通り道があります。その壁をつくっているのが、肝類洞内皮細胞(LSEC)です。LSEC には小さな穴(フェネストレーション)がたくさん空いており、血液中の栄養やホルモンなどが肝細胞まで届きやすい仕組みになっています。つまり、血液と肝細胞の間で物質のやり取りを調整し、肝臓の環境を守る “門番(ゲートキーパー)”のような役割を担っています。
- 空間トランスクリプトーム解析
細胞一つ一つが「どこにあるか」という位置情報を残したまま、その細胞がどんな遺伝子を使って働いているかを詳しく調べる最新の解析技術。細胞ごとの役割や、組織のどこでどのような反応が起きているかを明らかにするのに役立ちます。
- オートファジー
細胞が自分自身の中を“掃除”して、古くなったり壊れたりしたものを分解・再利用する仕組み。この機能が低下すると、不要な物質が細胞内に溜まり、炎症が起こりやすくなります。
- 炎症性ケモカイン
炎症が起きたときに細胞が出す“呼び寄せる合図”となる物質。免疫細胞を炎症のある場所へ集める働きを持ち、炎症を悪化させる原因になります。
- アナキンラ
IL-1受容体阻害薬、IL-1β が細胞に作用するのを防ぐ薬。海外では関節リウマチなど幅広い炎症性疾患に使用されていますが、国内での承認はごく稀な自己炎症性疾患(感染によらない炎症)に限られています。
- 門脈周囲
肝臓の中で、胃や腸などで吸収された栄養を肝臓へと運ぶ太い血管(門脈)が枝分かれして広がっている部分のまわり。この場所には、腸から運ばれてくる栄養だけでなく、細菌由来の成分も届くため、血液が最初に肝臓の細胞に触れる領域として、炎症が起こりやすい特徴があります。

