
“未来人”視点をもつと、水道インフラ施策への意識が変わる
長期的観点での水道インフラ維持管理計画と住民合意形成に向けて
研究成果のポイント
- “未来人”になりきった仮想的な将来世代の視点を取り入れると、市民の水道インフラ施策への意識に変化が生じることが明らかに
- 仮想将来世代の視点で考察することで、「水道料金の値上げ賛否」、「広域連携推進に対する賛否」の各項目については、現在から将来を考察する場合と比べ有意に変化が生じ、各施策について「賛成」寄りの意見にシフトすることを確認
- 住民自身による未来社会の想定パターンも、仮想将来世代の視点導入の効果に影響を持つ可能性
- 水道インフラの維持管理計画について、長期的観点からより柔軟な施策の提案や合意形成を促進することに期待
概要
大阪大学大学院工学研究科の池長大賀さん(当時博士前期課程)、原圭史郎教授、同志社大学文化情報学部渕上ゆかり准教授(大阪大学大学院工学研究科招へい准教授)、常葉大学社会環境学部の黒田真史准教授らの研究グループは、大阪府吹田市民2,000世帯を対象としたアンケート調査を実施し、将来世代の視点で現在の意思決定を考察する「仮想将来世代」の仕組みを導入することで、水道インフラ更新や維持管理の施策導入の賛否に関する市民の意識に変化が起きることを明らかにしました。このことは、仮想的な将来世代の視点を意識的に取り入れることで、水道インフラの維持管理計画について、長期的観点からの施策の提案や合意形成を促進する可能性を示唆しています。
具体的には、仮想将来世代の視点で考察する場合は、現在から未来を考察する場合に比べて、「水道料金に対する感想」、「水道料金の値上げ賛否」、「広域連携推進に対する賛否」について有意に変化が見られ、水道料金感想においては「安い」と感じる傾向、また、値上げに対する賛否と広域連携推進に対する賛否においては「賛成」寄りの意見となる傾向が見られました。また、未来社会の想定のパターンが、仮想将来世代の視点導入の効果や、認知変化にも影響を与えうることも明らかにしました。
本研究成果は、Elsevier社の「Futures」に、2025年10月4日に公開されました。
図1. 「仮想的将来世代」の視点・思考に関する概念図
研究の背景
水道は社会基盤の根幹的なインフラであり、その持続的な維持管理は重要課題です。日本における水道インフラの多くは、高度経済成長期に集中的に整備されており、数十年が経過した現在、国内の水道インフラの多くが同時に更新の時期を迎えており、更新の優先順位や、更新・維持管理コストの問題など多くの課題を抱えているのが現状です。
このような状況を受けて、日本の多くの自治体では、水道の経営状況を改善し、持続可能な水道の維持管理を行うべく水道料金の値上げや、水道事業の広域連携による経営の効率化と経営基盤強化の議論が進められています。一方でこれらの方向性や施策は、水道利用者の金銭的負担や現状のシステムからの変更につながるため、水道利用者の理解や合意形成が欠かせません。また、これらの水道インフラ維持管理問題は、世代間の関係性や利害対立にも関わる長期的課題です。すなわち、現世代の利益だけでなく将来世代の利益も踏まえて長期的観点から評価・検討すべき問題です。このような背景から、世代間の関係性を明示的に考慮した、新たな意思決定と合意形成のための方法論が求められています。
昨今、このような世代をまたぐ長期的課題に対処するための新たなアプローチとして、フューチャー・デザインの研究が進んでいます。特に、将来世代の視点で意思決定を考察する「仮想将来世代」と呼ばれる仕組みは、人が本来持つとされる近視眼的な判断を制御し、長期的観点からの思考や意思決定を促すうえで有効であることが、経済実験、フィールド実験、実践を通じて示されてきました。本研究では、フューチャー・デザインの考え方を応用し、仮想将来世代の視点で施策を考察・評価することが、水道インフラの更新・維持管理施策に対する水道利用者としての市民の意識に与える影響を調査しました。
研究の内容
吹田市水道部と連携し、無作為に抽出された18~79歳の吹田市民2,000世帯に対してアンケート調査を実施しました。回答期間は2022年7月~8月の2か月間であり、回答者には、郵送により配布した質問紙への記入回答、または質問紙に掲載したQRコードを用いたWEB回答のいずれかで回答してもらい、有効回答数は696人(回収率34.8%)でした。
アンケートは個人属性に関する設問と、水道事業や今後の施策に関する設問によって構成されています。「2050年の社会イメージ(問1)」を問う設問では、社会像を構成する要素(指標)を8項目提示し、各項目に対して未来の状態を表す選択肢を回答者に五件法で回答してもらいました。本研究では問1に加えて、「現在の水道料金支払額(問2)」、「水道料金に対する感想(問3)」、「水道料金の値上げに対する賛否(問4)」、「水道料金の値上げ許容額(問5)」、「広域連携推進に対する賛否(問6)」、「水道管更新の判断基準(問7)」の7問の回答結果を分析対象としました。
アンケート票は、「仮想将来世代」視点の導入効果を検証するための構造としました。まず現在の視点から未来を展望した状況で(すなわち現世代の視点で)で各設問に回答してもらいました。続いて、フューチャー・デザインと仮想将来世代の説明文(インストラクション)を回答者に読んでもらい、“2050年の仮想将来世代の視点”から、再び各設問に回答してもらいました。なお、仮想将来世代の視点を取得するために「そのままの年齢で2050年にタイムスリップした状況」を想定してもらい、2050年に吹田市で生活している人として思考してもらいました。将来世代の視点から考察することによる回答者の意識変化を検証するため、問2以外の6問に対して、現世代視点と仮想将来世代の視点からの回答結果の比較を行いました。統計解析は五件法の選択肢を等間隔の尺度として扱い、統計解析ソフトウェアSPSSを用いた統計処理を行いました。
t検定の結果から、世代間の回答で有意差が見られたのは、「水道料金に対する感想」、「水道料金の値上げ賛否」、「広域連携推進に対する賛否」、の3項目でした。将来世代視点からの回答は、現世代視点からの回答に比べ、水道料金に対する感想としては「安い」と感じる傾向、また、値上げに対する賛否と広域連携推進に対する賛否においては有意に「賛成」寄りの意見となる傾向が見られました。なお、現在支払っている水道料金に対して、今後値上げしてよいと考える許容金額については、仮想将来世代の視点での回答のほうが金額の平均値は高まるものの、統計的な有意差までは見られませんでした。
また、本研究では2050年の未来社会像の想定パターンも、仮想将来世代の導入効果に影響を及ぼすことが明らかになりました。仮想将来世代の視点で考察した際に、市の未来社会を楽観的(ポジティブ)に想定した回答者のグループ、悲観的(ネガティブ)想定した回答者のグループとクラスター分けを実施し、仮想将来世代の導入効果との関係を検証しました。その結果、「水道料金の値上げに対する賛否(問4)」、および、「水道料金値上げ許容率(%)」(「現在の水道料金支払額(問2)」と「値上げ許容額(問5)」とから算出)の2項目については、クラスター間に統計的に有意な差がみられました。例えば、悲観的に社会像を想定したグループは、楽観的に想定したグループと比べると、水道料金の値上げに対する賛否(問4)に対しては有意に「賛成」寄りの傾向が見られました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
水道インフラの更新や維持管理は、現代社会のみならず、将来世代にも影響する長期課題です。本研究の成果からは、未来人(仮想将来世代)の視点を取り入れて考察することによって、水道利用者自らが長期的な視点で水道の問題をとらえ、今後取るべき施策のあり方を検討しうる可能性が示唆されました。持続可能な水道事業のための計画立案や合意形成に対する有効なアプローチが求められる中、本研究はそのための重要な知見を提供するものです。今後は、行政職員による水道ビジョンづくりのフューチャー・デザイン実践の効果など、別の研究から得られている知見(例:Hara et al., Futures, 171, 103618, 2025)と本研究の結果とを突き合わせることで、持続可能な水道インフラ維持管理のための計画および合意形成のための方法論開拓が重要となります。
表1. 水道サービスに対する市民の意識変化(アンケート回答結果に基づく、現世代視点と仮想将来世代視点の回答結果比較)
特記事項
本研究成果は、2025年10月4に「Futures」に掲載されました。
タイトル:“Thinking from the perspective of imaginary future generations changes the public perception of sustainable management of water supply infrastructure – A large-scale questionnaire survey in a municipality of Japan”
著者名:Yukari Fuchigami, Taiga Ikenaga, Masashi Kuroda and Keishiro Hara
DOI:https://doi.org/10.1016/j.futures.2025.103709
本研究は、大阪府吹田市水道部との共同研究協定の下、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)(課題番号:21H03671)の一環として実施されました。
参考URL
原 圭史郎 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/61e296be20ebf677.html
フューチャー・デザインの実践事例集
https://www.cfi.eng.osaka-u.ac.jp/fd-research/practices
用語説明
- 仮想将来世代
将来世代の視点から、現在の意思決定を考察するための仕組みあるいは方法。既往研究からは、仮想将来世代の視点を取り入れることによって、近視眼的な判断ではなく、持続可能性の観点からの意思決定が促進されることが示唆されている。
- フューチャー・デザイン
将来世代に持続可能な社会を引き継いでいくための社会の仕組みのデザインとその実践のこと。そのような有効な仕組みの一つが、本研究で採用した「仮想将来世代」。