
甲状腺がんに対する放射性ヨウ素治療の効果を検証
甲状腺がん治療の長期予後を見据えた解析
研究成果のポイント
- 甲状腺がんに対する放射性ヨウ素治療の予後評価について、画像所見による分類と放射性ヨウ素集積が無増悪生存期間を予測する有意な指標になることを発見。
- 腫瘍サイズや骨転移が治療効果に影響することや、初回RAI治療後2年以内が追加治療を検討する至適期間である可能性が判明。
- 甲状腺がん治療の質をさらに向上させる革新的な成果であり、がん治療全般における個別化医療の進展への寄与に期待。
概要
大阪大学医学部附属病院 中谷理恵子さん(研究当時:医員)、大学院医学系研究科 渡部直史 講師(放射線医学)、下村伊一郎 教授(内分泌・代謝内科学)、福原淳範 寄附講座准教授(肥満脂肪病態学)らの研究グループは、甲状腺がんに対する放射性ヨウ素治療の予後評価について、画像所見による分類と放射性ヨウ素集積領域を評価することで、無増悪生存期間を予測する有意な指標になることが判明しました。
研究グループは、大阪大学医学部附属病院にて2010年から2021年にかけて甲状腺全摘術後に放射性ヨウ素治療を受けた290名の甲状腺がん患者の臨床記録を用いて、放射性ヨウ素全身シンチグラフィと他の画像検査を組み合わせた分類を行い、生存期間を評価しました。
その結果、無増悪生存期間を予測する有意な指標になることを発見したほか、腫瘍サイズや骨転移が治療効果に影響することや、初回RAI治療後2年以内が追加治療を検討する至適期間である可能性が示されました。
本研究は、精密な画像評価と継続的な観察が長期管理に不可欠であることを示しており、特に転移部位が予後に強く影響することを明らかにしました。甲状腺がん治療の質をさらに向上させる革新的な成果であり、がん治療全般における個別化医療の進展に寄与することが期待されます。
本研究成果は、国際専門誌「Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism(JCEM)」に、10月15日に公開されました。
研究の背景
分化型甲状腺がんに対する標準治療として、甲状腺全摘術後に放射性ヨウ素を用いた治療が広く行われています。放射性ヨウ素は進行例において全死亡率の改善に寄与し、特に遠隔転移を伴う症例に対して有効とされています。放射性ヨウ素治療の効果は、病変への集積性に強く依存し、全生存期間や無増悪生存期間に大きな影響を与えることが知られています。
甲状腺がんは一般的には予後良好ながら、遠隔転移の有無が予後に大きく関与します。特に肺や骨への転移は注意が必要で、若年者かつ微小肺転移を有する患者では放射性ヨウ素治療による予後改善が期待される一方、大きな肺結節や骨転移、放射性ヨウ素非集積性病変を有する患者では予後不良となる傾向があります。
研究の内容
本研究では、放射性ヨウ素全身シンチグラフィと他の画像検査を組み合わせた所見に基づき、甲状腺がん患者を以下の3群に分類しました:遠隔転移なし(non-DM)、放射性ヨウ素非集積型遠隔転移(RAI-non-avid DM)、および放射性ヨウ素集積型遠隔転移(RAI-avid DM)。
各群において、無増悪生存期間および全生存率を評価した結果、5年および7年生存率は、non-DM群で98%→95%、RAI-non-avid DM群で86%→78%、RAI-avid DM群で82%→82%と推移しました。
さらに、放射性ヨウ素集積領域の平均カウントは、年齢、転移パターン、組織型、腫瘍サイズといった因子とは独立して、無増悪生存期間の有意な予後予測因子であることが明らかとなりました。加えて、初回RAI治療後2年以内が追加治療を検討する至適期間である可能性が示されました。一方で、腫瘍サイズが大きい症例や骨転移を伴う症例では、放射性ヨウ素治療の効果が低下する傾向が認められました。
本成果は、甲状腺がんに対する個別化医療の実現に向けた重要な知見であり、今後の治療戦略の最適化に貢献することが期待されます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、甲状腺がんに対する放射性ヨウ素治療の効果を、初回の画像診断結果と臨床指標を組み合わせることで予測できる可能性を示したものです。この成果は、治療開始前に患者ごとの治療反応を見極める新たな手法の確立に寄与するものであり、今後の研究の進展により、放射性ヨウ素治療に加えて、分子標的療法や化学療法などの治療選択における評価指標としての応用が期待されます。
これにより、甲状腺がん患者様一人ひとりに最適な治療方針を提供するための医療の質の向上と、社会への還元が見込まれます。
特記事項
本研究成果は、2025年10月15日に国際専門誌「Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism(JCEM)」に掲載されました。
【タイトル】“Initial evaluation of radioiodine therapy using Imaging for long-term prognosis in thyroid cancer: A retrospective study”
【著者名】中谷理恵子* 1,6, 渡部直史 2, 福原淳範* 1,3, 高野徹 1, 神谷貴史 2,4, 佐々木秀隆 2,4, 倉上弘幸 5, 7, 中田幸子 1, 大月道夫 1, 日高洋 1, 下村伊一郎 1 (*責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 放射線医学
3. 大阪大学 大学院医学系研究科 肥満脂肪病態学
4. 大阪大学 医学部附属病院 放射線部
5. 奈良県立医科大学附属病院 臨床研究センター
6. 京都府立医科大学 大学院医学研究科 内分泌・代謝内科学
7. 大阪大学 医学部附属病院 未来医療開発部
【DOI】10.1210/clinem/dgaf568
用語説明
- 甲状腺がん
甲状腺がんは、首の前側に位置する「甲状腺」に発生する悪性腫瘍です。主な症状としては、首のしこりや違和感、声のかすれですが、症状が現れないまま、健康診断や画像検査で偶然発見されるケースも少なくありません。診断には、超音波検査や細胞診が用いられます。治療の基本は、甲状腺の摘出手術と必要に応じて、放射性ヨウ素治療が併用されます。早期に発見し、適切な治療を行うことで、多くの患者さんが良好な経過をたどりますが、予後が不良となるケースも存在するため、個々の患者さんの病状に応じたリスク評価と、継続的な経過観察が重要です。
- 放射性ヨウ素治療
放射性ヨウ素治療とは、甲状腺がんに対して行われる放射性ヨード内服療法です。甲状腺細胞にはヨウ素を取り込む性質があるため、放射性を持つヨウ素を体内に投与することで、がん細胞に選択的に集積させ、内部から放射線で破壊することができます。この治療は、甲状腺がんの手術後に残存する甲状腺組織や、遠隔転移したがん細胞を除去する目的で行われます。
- 放射性ヨウ素集積型遠隔転移
甲状腺細胞はヨウ素を取り込む性質を持つ遠隔転移は、放射性ヨウ素治療の対象となり、治療効果が期待できます。一方で、放射性ヨウ素を集積しない放射性ヨウ素非集積型遠隔転移では、治療効果が低下するため、集積性の有無を確認することが重要です。
