難病ALSの原因に迫る!

難病ALSの原因に迫る!

脊髄の運動神経の「過剰な興奮」と「他細胞との連携不全」を発見

2025-11-18生命科学・医学系
連合小児発達学研究科特任教授(常勤)長野 清一

研究成果のポイント

  • 世界で初めて、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の脳と脊髄を細胞ひとつひとつのレベルで同時解析することで、脊髄の運動神経で「神経が過剰に興奮する」状態を示す遺伝子発現変化を発見
  • さらに、神経を支えるオリゴデンドロサイトという細胞が減っていることも分かったことから、これまで推測されていた「神経と他の細胞間の協力関係の崩れがALSの発症に影響している」という分子メカニズムを実際に解明
  • 運動神経の過剰な興奮を抑える薬や、ミクログリアの働きを整える治療法の開発等、ALSの新しい治療法の開発に期待

概要

大阪大学大学院医学系研究科の竹内恵里子招へい教員、安水良明さん(研究当時:博士課程、現: イエール大学 Associate Research Scientist)、望月秀樹招へい教授(国立病院機構大阪刀根山医療センター 病院長)、大阪大学大学院連合小児発達学研究科の村山繁雄特任教授(常勤)、長野清一特任教授(常勤)らの研究グループは、脳と脊髄の運動神経が麻痺を起こす難病であるALSの患者さんの病変部位を用いた最先端の遺伝子解析技術により、脊髄の運動神経で「GRM5」という遺伝子が強く働いており、神経を興奮させる「グルタミン酸」という物質の働きが過剰になっている可能性を世界で初めて明らかにしました。

また、神経の情報伝達や栄養補給を支える「オリゴデンドロサイト」という細胞の一部が減っており、神経どうしの連携が崩れていることも分かりました。さらに、ALSになりやすい遺伝的な特徴の多くが、「ミクログリア」という脳内の免疫細胞に集中していることも分かり、これらの結果から、ALSは運動神経そのものが異常を起こすとともに、神経と周囲の細胞が互いに影響し合う「細胞間ネットワーク」の病気であることが明らかになりました。

これまで、ALSの発症にグルタミン酸による過剰な神経興奮や細胞間ネットワークの異常が関係することは推測されていましたが、その詳しい分子メカニズムについては解明されていませんでした。

今回、研究グループは、「単一細胞核マルチオーム解析」という方法を用いてひとつひとつの細胞がどんな遺伝子を働かせているか、どんな状態であるかを脳と脊髄で同時にみることによりこれらの分子メカニズムを解明しました。これにより、新たなALSの治療法の開発が進むことが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Brain」に、11月11日(火)(日本時間)に公開されました。

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図1. ALS患者さん脊髄の各細胞における状態変化

研究の背景

脳、脊髄の運動神経の麻痺により全身の筋力低下を起こすALSは治療が難しく、現在も病気の進行を止める確実な方法はありません。これまでの研究で、ALS患者さんの多くでは「TDP-43」というたんぱく質が神経の中で異常なかたまりを作ることが分かっていましたが、「なぜ運動神経が壊れやすいのか」「神経以外の細胞はどのように関わっているのか」はよく分かっていませんでした。

従来の遺伝子解析では、組織全体の平均的な情報しか得られず、細胞ごとの違いを正確に調べることはできませんでした。そこで今回、研究チームは「単一細胞核レベル」で脳と脊髄のすべての細胞を解析し、ALSでどの細胞がどのように変化しているのかを詳しく調べました。

研究の内容

1. すべての細胞を網羅した「脳と脊髄の地図」を作成
研究グループでは、ALS患者さんと運動神経の病気のない方の脳・脊髄から約13万個の細胞を解析し、神経やグリア細胞(神経を支える細胞)など多様な細胞の種類を分類しました。これは世界的にも貴重なデータです。

2. 運動神経での異常な興奮を発見
ALS患者さんの脊髄の運動神経では、「GRM5」という遺伝子が異常に活発になっていました。
この遺伝子は「グルタミン酸受容体」を作る設計図で、神経を興奮させる信号を強めます。
つまり、運動神経が過剰に興奮し続ける状態=興奮毒性が起きており、それが神経を壊す一因になっていると考えられます。

3. 神経を守る細胞の減少
脊髄では、神経の働きを助けるオリゴデンドロサイトの一部が減っていました。
この細胞は神経を包む「ミエリン鞘」を作り、神経の細胞の中での情報伝達や栄養補給など重要な役割を担っています。ミエリン鞘が減少することで神経が弱りやすくなるとみられます。

4. 遺伝要因は「免疫細胞」に集中
ALSになりやすい遺伝的な変化を調べると、脳内の免疫細胞「ミクログリア」に多くみられました。
これは、ALSの進行に免疫反応が関係していることを裏付ける新しい証拠です。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、運動神経の過剰な興奮を抑える薬(GRM5を標的とした薬)や、ミクログリアの働きを整える治療法の開発が期待されます。また、病気の見方が変わり、神経だけでなく「神経を支える細胞」も治療の重要な標的になる可能性があります。

本研究で得られた解析データは世界中の研究者に公開され、ALSや関連する神経疾患の研究を大きく前進させます。

特記事項

本研究成果は、2025年11月11日(火)(日本時間)に英国科学誌「Brain」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Single-Nucleus Multiome Shows Motor Neuron Glutamate Overactivation in Amyotrophic Lateral Sclerosis”
著者名:Eriko Takeuchi, Yoshiaki Yasumizu*, Junko Morita, Masakazu Ishikawa, Kotaro Ogawa, Daisuke Motooka, Daisuke Okuzaki, Miho Nagata, Yasuki Ishihara, Yohei Miyashita, Yoshihiro Asano, Kohji Mori, Eiichi Morii, Goichi Beck, Yuko Saito, Shigeo Murayama, Hideki Mochizuki and Seiichi Nagano*
*責任著者
DOI:https://doi.org/10.1093/brain/awaf426

なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)、日本医療研究開発機構(AMED)および大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)の助成を受けて行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 17 パートナーシップで目標を達成しよう

用語説明

ALS

筋萎縮性側索硬化症、脳と脊髄の運動神経が次第に失われ、筋肉が動かなくなる病気。

GRM5

グルタミン酸受容体の一種、神経の興奮を伝えるたんぱく質をつくる遺伝子。

グルタミン酸

脳内で神経を興奮させる伝達物質。過剰になると神経が壊れる。

オリゴデンドロサイト

神経を保護・支える細胞。ミエリン鞘を作る。

ミクログリア

脳や脊髄の免疫を担う細胞で、炎症や修復に関わる。

単一細胞核マルチオーム解析

細胞ひとつひとつで遺伝子の働き方を詳しく調べる最先端の研究手法。