脳全体の活動リズムを3次元で可視化

脳全体の活動リズムを3次元で可視化

マウス脳のさまざまな領域の朝・昼・夜の活動パターンを明らかに

2025-11-14生命科学・医学系
医学系研究科山下 勝成

研究成果のポイント

  • 組織透明化技術「CUBIC」を用いてマウス脳全体の神経活動を解析し、脳の約8割の領域で一日周期の活動リズムが存在することを明らかにしました。
  • 従来は一部の脳領域に限られていた解析を、再現性の高い条件で全脳レベルに広げ、高精度な時系列解析によって脳全体のリズムを網羅的に可視化しました。
  • この成果は、脳の働きを時間軸から理解するための新たな基盤となり、今後、睡眠・記憶・薬効など時間依存的な研究や医療応用の発展に貢献することが期待されます。

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マウス全脳の3次元活動リズムマップ

概要

東京大学大学院医学系研究科の上田 泰己 教授(久留米大学 特別招聘教授 兼任)、山下 勝成 特別研究学生(大阪大学大学院医学系研究科 博士課程)、木下 福章 特任研究員、久留米大学 分子生命科学研究所 山田 陸裕 准教授らの研究グループは、マウス脳のさまざまな領域の神経活動が1日の中でリズムを示すことを明らかにしました。

本研究では、組織透明化技術「CUBIC」を用いて、時系列的に採取したマウス脳全体の神経活動を観察することで、脳の約8割の領域で一日周期の活動リズムが見られることを世界で初めて明らかにしました。従来の研究が限られた脳領域にとどまっていたのに対し、本研究では、高精度な時系列解析により脳全体を網羅的に評価し、その結果を全脳データベースとしてWeb上に公開しました。この成果は、脳の活動を時間軸から理解するための新たな基盤となり、今後、睡眠・記憶・薬効などの時間依存的な脳機能研究の発展や医療応用への貢献が期待されます。

本研究成果は、2025年11月13日(米国東部時間)に米国学術誌「Science」のオンライン版で公開されました。

研究の内容

私たちの脳は、睡眠や覚醒、記憶、感情など、さまざまな機能を日々の時間の流れに合わせて調整しています。これまでの研究で、脳の視交叉上核と呼ばれる小さな領域が体内時計を司る中枢であることが知られており、こうした一部の脳領域では、一日の周期に沿った神経活動のリズムが報告されてきました。神経活動の観察には、電気的な記録や遺伝子発現の測定などが用いられてきましたが、観察できる範囲が空間的に限られており、脳全体として一日の中でどのように活動が変化するのかを捉えることはできていませんでした。また、脳の自発的な神経活動は、わずかな環境の違いや外部からの刺激に左右されやすく、再現性の高い条件下で一日の変化を正確に測定することは容易ではありませんでした。

本研究グループは、臓器を透明にして内部構造を3次元的に観察できる組織透明化技術CUBICと、神経の活動を可視化するc-Fos免疫染色を用いて、恒暗条件下で2日間にわたり時系列的に採取したマウス脳144サンプルを解析しました(図1)。環境の影響を最小限に抑える厳密な条件設定と、画像解析やリズム解析の高精度な手法を組み合わせることで、これまで困難だった自発的な神経活動の時系列評価を実現しました。

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図1. 実験手法の概要
マウス脳を恒暗条件下で2日間にわたり時系列的に採取し、組織透明化と3次元免疫染色によって脳全体の神経活動の変化を解析した。

解析の結果、視交叉上核だけでなく、脳を構成する642領域のうち約8割(508領域)で、およそ24時間周期の活動リズムが見られることが分かりました(図2)。夜行性であるマウスの、体内時計上の夜(活動期)の後半にピークを示す領域が多い一方で、視覚や睡眠に関わる領域では、体内時計上の昼(非活動期)にピークが見られました。特に記憶に関わる海馬では、CA1領域と歯状回が入れ替わるように異なるタイミングで活動しており、一連の機能を担う部位の中でも、役割に応じたリズムの分担があることが示唆されました。さらに、ボクセル単位のリズム解析により、一つの領域の内部にも、異なる活動リズムが存在することが明らかになりました(図3)。

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図2. 一日のリズムを示した脳領域の神経活動の変化
視交叉上核は過去の報告と同様に、体内時計上の昼に活動のピークを示した。記憶に関わる海馬では、CA1と歯状回の活動ピークが逆の時間帯に現れた。また、覚醒や視覚などさまざまな生理的機能に関わる複数の領域で、活動ピークが特定の時間帯に集中していた。脳全体では、628領域のうち508領域(約79%)で一日のリズムが見られた。

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図3. ボクセル単位での全脳3次元リズム解析(視交叉上核)
ボクセル単位で脳全体の活動リズムを解析した。一つの領域の内部にも、異なる時間帯に活動のピークを示す部分が見られた。

加えて、脳全体の活動パターンから「今が一日のどの時刻にあたるか(脳時刻)」を推定できることも示しました(図4)。この結果は、脳の状態を測る新しい指標として、全脳活動パターンを活用できる可能性を示しています。

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図4. 脳全体の活動パターンから一日の時間を推定
各脳領域の神経活動(c-Fos陽性細胞数の全脳に対する割合)をもとにした脳全体の活動パターンは、一日の時間帯ごとに特有の形を示した。この特徴を利用して、単一の脳サンプルから体内時計上の時刻(脳時刻)を高い精度で推定することができた。

得られたデータは、3次元の全脳リズムアトラスとしてWeb上に公開しており、誰でも自由にアクセスできます。このデータベースは、さまざまな脳領域の機能研究の基盤となるほか、脳の働きを時間軸から理解する研究や、時間帯に応じた薬の効果解析などへの応用が期待されます。

特記事項

【論文情報】
雑誌名:Science
題 名:A whole-brain single-cell atlas of circadian neural activity in mice
著者名:Katsunari Yamashita†, Fukuaki L. Kinoshita†, Shota Y. Yoshida, Katsuhiko Matsumoto, Tomoki T. Mitani, Hiroshi Fujishima, Yoichi Minami, Eiichi Morii, Rikuhiro G. Yamada, Seiji Okada, and Hiroki R. Ueda*
(†Contributed equally; *Corresponding author)
DOI: 10.1126/science.aea3381
URL: http://www.science.org/doi/10.1126/science.aea3381

本研究は、「JST 戦略的創造研究推進事業 (ERATO)(課題番号:JPMJER2001)」、「先端的バイオ医薬品創出のための基盤技術開発(AMED)(課題番号:JP20am0401011)」、「JST ムーンショット型研究開発事業 (課題番号:JPMJMS2023)」、「革新的光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(課題番号:JPMXS0120330644)」、「ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)研究助成 (課題番号:RGP0019/2018)」、科研費「基盤研究S(課題番号:JP18H05270)」、科研費「基盤研究C(課題番号:JP20K06885)」、「理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)」、「JST 研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム(BOOST)(課題番号:JPMJBS2402)」、「JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(課題番号:JPMJSP2138)」、「理化学研究所 ジュニア・リサーチ・アソシエイト(JRA)プログラム」、科研費「若手研究(課題番号:JP20K16626、JP20K16498)」、科研費「基盤研究C(課題番号:JP25K10180)」、「JST ACT-X (課題番号:JPMJAX242I)」、「大阪大学医学部同窓会 国際学術交流助成金」、「武田科学振興財団」の支援を受けて実施されました。

関連情報

プレスリリース「成体の脳を透明化し1細胞解像度で観察する新技術を開発」(2014/4/18)
http://www.riken.jp/pr/press/2014/20140418_1/

プレスリリース「臓器内の全細胞を調べる革新技術」(2019/12/13)
https://www.riken.jp/press/2019/20191213_1/

プレスリリース「3次元組織学による全臓器・全身の観察技術を確立」(2020/4/27)
https://www.riken.jp/press/2020/20200427_2/

プレスリリース「マウス臓器の透明化と解析のプロトコルを確立」(2024/12/3)
https://www.riken.jp/press/2024/20241203_1/

用語説明

CUBIC

2014年に理化学研究所で開発された、臓器や全身を透明化して3次元的に観察するための技術。3次元イメージングと画像解析を組み合わせたパイプラインであり、CUBICはClear, Unobstructed Brain/Body Imaging Cocktails and Computational analysisの略。

視交叉上核

脳の視床下部に位置する神経核であり、哺乳類の体内時計を司る中枢。網膜から光情報を受け取り、全身の臓器に存在する体内時計を同期・調整する役割を担う。

c-Fos免疫染色

c-Fosは、細胞核内で機能する転写因子の一つであり、神経活動に応答して一過性に発現する。c-Fosを認識する抗体を用いた免疫染色により、ニューロンやグリア細胞の活動を可視化できる。

ボクセル(voxel)

3次元画像を構成する最小単位で、「立体画素」とも呼ばれる。2次元画像のピクセル(画素)を立体に拡張したもの。