金属3Dプリンティングに特異な 高強度階層組織の変形挙動を解明!

金属3Dプリンティングに特異な 高強度階層組織の変形挙動を解明!

金属部材の力学機能の飛躍的向上につながる新しい制御技術の確立

2025-11-11工学系
工学研究科教授安田 弘行

研究成果のポイント

  • 金属3Dプリンティング(3DP)でしか得ることのできないマイクロメートルスケールの「結晶方位ラメラ組織」とナノメートルスケールの「セル状組織」からなる特異な高強度階層組織に関し、その変形挙動と強化機構を解明
  • 造形体全体のマクロな強度が幅の狭い(体積割合が低い)副層の強度によって決定されることや、熱影響に応じて、形態が異なる2種類のセル状組織によって微細化強化を引き起こすことを発見し、これまで不可能だったセル状組織形態の人為的制御技術を確立
  • この全く新しい力学機能制御法が、航空宇宙分野、エネルギー分野、輸送機器分野、医療機器分野など、幅広い産業分野において、金属部材の力学機能の飛躍的向上に資すると期待

概要

大阪大学大学院工学研究科の趙研准教授、山下葵平さん(博士後期課程)、安田弘行教授、中野貴由教授らの研究グループは、金属3DP特有の超急冷凝固・冷却現象に由来して形成される、マイクロメートルスケールの「結晶方位ラメラ組織(図1(a))」とナノメートルスケールの「セル状組織(図1(b))」からなる高強度階層組織の変形挙動と、強化機構を初めて解明しました。

これまで、同組織の変形挙動や強化機構、セル状組織の詳細な形態や形成機構は全く解明されておらず、最適な組織形態の提案や人為的制御には至っていませんでした。

今回、金属3DPにて作製されたニッケル(Ni)基超合金に形成される階層組織に着目し、結晶方位ラメラ組織中の幅の広い主層(体積割合の高い層)と幅の狭い副層(体積割合の低い層)の変形挙動を「その場中性子回折法」によって個別に解析することで、造形体全体のマクロな強度が主層よりも幅の狭い副層の強度によって決定されることを明らかにしました。さらに、セル状組織が、「特定元素の濃化した偏析領域」と「転位が集積した転位セル」とからなる小角粒界であることを見出すとともに、金属3DPでの造形時のプロセス条件(レーザの出力や走査速度など)によって決定される溶融池からの熱影響に応じて、偏析領域と転位セルの形態が異なる2種類のセル状組織(図1(b))が形成され、それぞれが異なる強化能を有する微細化強化を生じることを初めて発見しました。加えて、ナノメートルスケールでの組織解析によってセル状組織の形態を調査するとともに、計算的手法により溶融池の熱履歴を解析することで、それらの形成機構を解明し、溶融池の冷却速度とその周囲に形成される温度分布の制御に基づく、セル状組織形態の人為的制御技術を確立しました。

このように、セル状組織に由来する新たな強化機構を結晶方位ラメラ組織の特殊な変形挙動に重畳するという新奇力学機能制御法は、従来法では成し得ない高力学機能を実現する画期的な手法であり、高力学機能部材の創出を通じて幅広い分野における機器やシステムの軽量化、低燃費・高効率化、さらには耐久性・安全性の向上に貢献することが期待されます。

本研究成果は、Elsevier発刊の材料科学のトップジャーナルである「Acta Materialia」誌に11月11日(火)午後2時(日本時間)に公開されました。

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図1. 金属3Dプリンティングにより造形したNi基超合金に見られる特異な階層組織。(a)マイクロメートルスケールの結晶方位ラメラ組織。幅の狭い副層がマクロな強度を決定している。(b)ナノメートルスケールのセル状組織。偏析領域と転位セルの形態が異なる2種類のセル状組織が存在する。両セル状組織ともに微細化強化を生じるが、タイプIの方が強化能は高い。

研究の背景

高温耐熱合金の一つであるNi基超合金は、優れた高温強度と耐酸化性を有することから、航空機ジェットエンジンやタービン発電機などの高温環境で広く使用されています。近年、世界中の様々な分野でカーボンニュートラルやグリーンイノベーションの実現に向けた取り組みが強化されている中、これらの機器、システムの高効率化や高耐久化が急務とされ、同合金のさらなる高強度化が強く求められています。このような社会状況の中、本研究グループでは、金属3DPの1つであるレーザ粉末床溶融結合(L-PBF)法を用いてNi基超合金造形体を作製することで、マイクロメートルスケール(100万分の1メートル、μm)の「結晶方位ラメラ組織」とナノメートルスケール(10億分の1メートル、nm)の「セル状組織」からなる特異な階層組織が得られ、従来材よりも約50%高い強度が得られることを報告しています(Acta Materialia 212 (2021) 116876)。この金属3DPでしか得ることのできない階層組織を活用した新奇組織制御法を確立することで、Ni基超合金の高強度化に新たな展開がもたらされると期待されます。しかしながら、同組織の変形挙動や強化機構、さらにはセル状組織の詳細な形態や形成機構は全く解明されておらず、最適な組織形態の提案やその人為的制御には至っておりません。

そこで、本研究グループでは、ナノメートルスケールでの組織解析や中性子回折法による変形のその場解析等の実験的手法と熱流体力学計算や結晶塑性有限要素計算等の計算的手法を組み合わせることで、特異階層組織における主層と副層の変形挙動やセル状組織による強化のメカニズム、セル状組織の形成機構を明らかにするとともに、セル状組織形態の人為的制御技術の確立を目指しました。

研究の内容

研究グループは、L-PBF法にて、Ni基超合金(Inconel (インコネル)718合金)造形体を作製しました。同造形体は、結晶の向きが異なる2つの領域(主層:造形方向に<110>方位が向いている幅約55μmの層(図1(a)緑の矢印)、副層:造形方向に<100>方位が向いている幅約25μmの層(図1(a)赤の矢印))が一方向に重なった結晶方位ラメラ組織を有しています。さらに、各層の中には、約400~600nmの間隔で筒状に伸びるセル状組織が形成されています(図1(b)白)。

結晶方位ラメラ組織の変形挙動を理解するため、その場中性子回折法(J-PARCセンターBL19「TAKUMI」)を用いて主層と副層の変形時の格子ひずみ変化を個別に解析することを試みました(図2)。その結果、副層が塑性変形を開始する応力は、主層のそれよりも高いことがわかりました。この違いは、主層と副層の結晶方位の違いによる弾性率の差異に起因します。この副層の塑性変形開始応力は、造形体全体のマクロな強度と一致しています。このことから、結晶方位ラメラ組織は、幅の狭い副層の強度が全体の強度を決定するという特殊な変形挙動を示すことが明らかとなりました。これは、副層強度を向上することで、造形体をより高強度化できることを示唆しています。

そこで、副層中のセル状組織を解析した結果、セル状組織は、ニオブ(Nb)などの特定元素が濃化した偏析領域と転位セルを含む小角粒界であることを見出しました。このセル状組織は、L-PBF法の冷却速度が107 K/s(1秒間に約1000万度)にも達する超急冷凝固・冷却現象に起因して形成されます。さらに、セル状組織の偏析領域と転位セルについて、より詳細に調査すると、偏析領域におけるNb濃度と転位セルの位置が異なる2種類のセル状組織(タイプI:高Nb濃度の偏析領域の端に転位セル、タイプII:低Nb濃度の偏析領域の中に転位セル)が存在することも明らかとなりました((図1(b))。タイプIIのセル状組織は、熱源であるレーザの出力や走査速度などのプロセス条件によって決定される溶融池周囲の温度分布に起因する熱影響によって偏析領域でのNb等の濃化が緩和され、タイプ Iから変化したものです。これらの理解に基づき、造形時のレーザエネルギー密度を制御することで、溶融池の冷却速度と溶融池からの熱影響を制御し、人為的にセル間隔を制御しつつ、タイプIとタイプIIのセル状組織をつくり分ける技術を確立しました(図3(a))。副層の強度に及ぼすセル状組織形態の影響を調査した結果、セル間隔が狭いほど高強度化する微細化強化を生じること、タイプIのセル状組織の方が高い強化能を有することがわかりました(図3(b))。従来、小角粒界は強化に寄与しないとされてきたことから、セル状組織によるこの新たな強化機構は、学術的に非常に興味深い発見です。

本研究にて構築された「セル状組織に由来する新たな強化機構を結晶方位ラメラ組織の特殊な変形挙動に重畳する」という金属3DPを活用した新奇力学機能制御法は、従来法では成し得ない高力学機能を実現する画期的な手法です。

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図2. その場中性子回折法による変形中の各層での格子ひずみ変化の解析。ステージIでは両層が弾性変形(格子ひずみの直線的増加)。ステージIIにて主層は先に塑性変形を開始(格子ひずみの直線的増加の鈍化)するが、副層は弾性変形を継続。ステージIIIにて副層が塑性変形を開始する応力は造形体全体のマクロな強度と等しい。

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図3. セル状組織形態の人為的制御による高強度化。(a)溶融池冷却速度に着目したセル間隔の制御。冷却速度が速いほどセル間隔は狭くなる。(b)セル間隔と各層の硬さの関係。セル間隔が狭いほど高強度。タイプIのセル状組織の方がタイプIIよりも傾き(k)が大きく、強化能が高い。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究にて着目した階層組織は、金属3DPを用いることでステンレス鋼やチタン合金等の主要構造材料、高エントロピー合金等の次世代構造材料にも導入可能です。そのため、本研究にて確立した新奇力学機能制御法は、Ni基超合金が広く使用されている航空宇宙分野、エネルギー分野だけにとどまらず、我が国の重要産業の一つである自動車をはじめとする輸送機器分野や世界的に需要が増加の一途とたどる医療機器分野など、幅広い産業分野において、金属部材の力学機能の飛躍的向上に資するものです。これまで、金属3DPは、金属部材の複雑な内部/外部形状を制御する技術として発展してきました。本研究成果は、金属3DPが金属部材の組織制御、さらには力学機能制御にも有効であることを示したものであり、産業界における金属3DPの活用範囲拡大に繫がることが期待されます。さらに、本成果に基づく高力学機能部材の創出は、機器やシステムの軽量化、低燃費・高効率化、さらには耐久性・安全性の向上を通じ、持続可能な社会の実現に大いに貢献することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、Elsevier発刊の「Acta Materialia」誌に11月11日(火)午後2時(日本時間)に公開されます。

タイトル:Effect of nanoscale cellular structure on the mechanical properties of Inconel 718 with unique hierarchical structure fabricated by laser powder bed fusion
著者名:Ken Cho, Kippei Yamashita, Shinnosuke Kakutani, Takuma Saito, Taisuke Sasaki, Katsuhiko Sawaizumi, Masayuki Okugawa, Yuichiro Koizumi, Tsuyoshi Mayama, Taichi Kikukawa, Ozkan Gokcekaya, Takuya Ishimoto, Hajime Kimizuka, Wu Gong, Takuro Kawasaki, Stefanus Harjo, Takayoshi Nakano, Hiroyuki Y. Yasuda*(責任著者)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.actamat.2025.121696

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明」(研究総括:伊藤耕三)における「カスタム力学機能制御学の構築~階層化異方性骨組織に学ぶ~」(研究代表者:中野貴由)(課題番号:JPMJCR2194)の一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 12 つくる責任つかう責任
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

金属3Dプリンティング(3DP)

3D-CADデータをもとに金属粉末をレーザや電子ビームで溶融・凝固させ、それを積層することで複雑な形状の金属部品を造形する技術。部材の外部形状だけではなく、内部形状も自在に造形できることから、従来の加工法では困難な複雑形状の実現が可能。航空宇宙分野、医療機器分野、輸送機器分野などでの活用が進んでいる。本研究で用いたレーザ粉末床溶融結合(L-PBF)法は、その代表的な手法の一つであり、金属粉末を薄く敷き詰めた層にレーザを走査し、選択的に溶融・凝固させる。

結晶方位ラメラ組織

従来のラメラ組織は、異なる結晶構造の領域が層状に配列された組織であるのに対して、同一の結晶構造が結晶方位(結晶の向き)を変えて層状に配置された組織。金属3DPに特有の超急冷凝固に由来して形成される組織であり、チタン合金やステンレス鋼等で形成が報告されている。

セル状組織

超急冷凝固時に生じる特定元素の濃化により形成される偏析領域と凝固後の超急冷却によって導入される転位が集積した転位セルからなる組織。隣接するセル間には相対的に数度の方位差があり、小角粒界の一つともいえる。セル内部は数百nm、界面部は数十nmと極めて微細であり、金属3DPで作製されたNi基超合金をはじめとし、様々な合金系で形成が報告されている。

ニッケル(Ni)基超合金

ニッケルを主成分とし、クロムやニオブなどの他の元素を加えて性能(力学特性や耐食性など)を高めた合金。

その場中性子回折法

変形中の試料に中性子を照射し、リアルタイムで変形に伴う格子ひずみや結晶構造の変化を測定する手法。中性子は、一般的に構造解析に用いられるX線より大きな透過力を有することから、試料内部の情報を得ることができる。本研究では、大強度陽子加速器施設J-PARCセンター 物質・生命科学実験施設のBL19「TAKUMI」にて実験を行った。

偏析領域

特定の合金元素が組織中のある場所に濃化した領域。本研究で着目したセル状組織に見られる偏析領域は、溶融池が凝固する際に、液相に存在する元素(溶質元素)が液相と固相の間で不均一に分布することで生じる。その幅は数十~百nmと非常に微細であり、Nb等が周囲よりも数at.%(原子濃度)濃化している。

転位セル

転位が集積したネットワーク状の組織。転位は、結晶構造における原子の不連続な並び方を示す線状の欠陥であり、結晶中をこれが移動することで塑性変形が生じる。セル状組織に見られる転位セルは、凝固後の超急冷却時に発達する熱ひずみを緩和するために生じる塑性緩和によって大量の転位が導入されることで形成される。この転位は互いに絡み合っているため、塑性変形に寄与しない。

小角粒界

隣接する結晶粒の相対的な方位差が15度以下の粒界。これよりも大きな方位差を有する粒界を大角粒界と呼ぶ。一般的に大角粒界は転位が移動する際の障壁となるため、これが増加する結晶粒の微細化によって合金は強化される(微細化強化)。一方、小角粒界は転位が移動する際の障壁となりにくいことから、微細化強化を生じないと言われていた。本研究により、隣接するセル状組織の界面は、小角粒界であるものの、偏析領域と転位セルが存在することで転位移動の障壁となり、微細化強化を引き起こすことが明らかとなった。

溶融池

金属3DPにおいて、レーザや電子ビームを走査した際に形成される微小な溶融部。この溶融池の凝固を積み重ねることで造形体が形成されるため、溶融池内部での熱流分布や温度履歴(冷却速度、温度勾配等)と溶融池周囲の温度分布(最高温度、冷却速度、分布範囲等)が、金属3DPによる組織制御のカギとなる。

塑性変形

外力を取り除くと元の形に戻る変形を弾性変形、外力を取り除いても元の形に戻らない永久的な変形を塑性変形という。その合金が持つ弾性限界(塑性変形開始応力)を超えて力が加わると、弾性変形に加えて塑性変形が生じる。

弾性率

物体に力を加えた時の弾性変形のしにくさ。同じ力を加えた場合、弾性率が高いほど変形量(ひずみ量)は小さい。同じ結晶構造においても結晶の向き(結晶方位)によって値が異なり、本研究の結晶方位ラメラでは、主層の方が副層よりも造形方向の弾性率は高い。