
宇宙最強の磁石 “中性子星” がのみこむ多量のガスと 回転スピードの未知なる関係を発見
10年以上にわたるX線モニタリングの成果
研究成果のポイント
- 地球から約1000万光年離れたNGC7793銀河に存在する“異常なほど多量のガスをのみこむ”中性子星について、13年にわたる観測データをもとに天体の性質を調査。
- のみこまれるガスの放つ「X線の明るさ」と中性子星の「回転スピード」の未知なる関係性を発見。
- 中性子星が異常な量のガスをのみこむメカニズムと中性子星自体が受ける影響の理解が進展。
概要
愛媛大学大学院理工学研究科の善本 真梨那特定研究員(研究当時:大阪大学)、JAXA宇宙科学研究所の米山友景特任助教、東京理科大学理学部第一部物理学科の小林 翔悟講師、大阪大学大学院理学研究科の小高 裕和准教授、川室 太希助教、松本 浩典教授の研究グループは、地球から約1000万光年離れたNGC 7793銀河に存在するNGC 7793 P13という中性子星について、2011年から2024年の観測データをもとに、天体からやってくるX線の長期変動を調べました。
この天体は、異常なほど多量のガスが、中性子星へとのみこまれる“超臨界降着”が起きていると考えられています。しかし、どのようにして多量のガスが一気にのみこまれるのか、そのメカニズムについては明らかになっていません。本研究では、この天体を13年間追跡することによって、のみこまれるガスの放つ「X線の明るさ」と中性子星の「回転スピード」の未知なる関連性を発見しました。この性質を深く研究することで、超臨界降着のメカニズムの理解について、大きな進展をもたらすことができると期待されます。
本研究成果は、10月30日(木)付で「The Astrophysical Journal Letters」に掲載されました。
研究の背景
中性子星やブラックホールの近傍では、強い重力によって周囲のガスが引き寄せられ天体へと落ちていきます。この現象を「降着」と呼び、その過程で光が放射されます。天体に落ちる単位時間あたりのガスの量(降着量)と、放射された光の明るさには比例関係があり、ある“限界”を超えると多量のガスが落ちる(=明るく光る)ことはできないと、考えられていました。しかし、観測技術の発展により、その“限界”を超えた明るさで輝く天体が、多数見つかるようになりました。これらの極端な明るさを実現する一つの方法としては、異常なほど多量のガスが、一気に天体へと降着する「超臨界降着」が起きていることが挙げられます。しかし、どのようにして“限界”を超えた超臨界降着が実現されるのか、そのメカニズムについてはよくわかっていません。
この謎に迫るために我々が着目したのは、地球から約1000万光年離れたNGC 7793銀河(図1)に存在する、NGC 7793 P13(以降 P13)という中性子星です。中性子星は、ブラックホールに匹敵する極めて強い重力を持つ天体で、さらに並外れた強力な磁場も持ち、その典型的な磁場の強さは、地上で最も強い永久磁石(ネオジム磁石)の約1億倍(=1兆ガウス)にもなることから“宇宙最強の磁石”と呼ばれています。先行研究によると、P13という天体は、0.4秒という非常に短い周期で高速回転(自転)していて、しかもその自転速度は年々加速していることがわかっています。加えて、P13は極端に明るいことから超臨界降着が起きていると考えられ、過去約10年でその明るさが100倍以上も変化していました。このような“超臨界降着する中性子星”は、「強重力・強磁場・高速回転・高光度」の極限状態にある究極の天体で、これまでに約10天体ほどしか見つかっていません。
一般的に、中性子星へと降着するガスは、天体の強力な磁場によって進路を制限され、やがて中性子星の磁極付近に集中的に落ちていきます。このとき磁極付近に溜まったガスのつくる“柱”のような構造を降着柱と呼び、これがX線で明るく光ると考えられています。明るい降着柱を地球から見る角度は、中性子星の自転に伴い変化します。そして、この効果により、灯台のような周期的な明滅(パルス)が観測されます。
降着するガスの放つ「明るさ」と中性子星の「自転スピードの変化の割合」は、単位時間あたりに降着するガスの量に依存すると考えられています。多くのガスが回転しながら中性子星へと落ちると、回転の勢いをもらうことで中性子星がさらに高速で自転します。そして、ガスの落ちる勢いが強いほど、自転の速まり方(加速率)が大きくなります。実際に我々の天の川銀河のなかには、この「明るさ」と「自転スピードの加速率」が相関する中性子星がいくつか見つかっています。一方で、“超臨界降着”するという特殊な中性子星については、この関係性は不明瞭です。特にP13は、過去に100倍以上の「明るさ」の変化があったにも関わらず「自転スピードの加速率」は一定のままで、相関の見られない天体として知られていました。
図1. NGC 7793銀河とNGC 7793 P13(X線、可視光、Hα線のデータを重ね合わせた画像;Credit:X-ray(NASA/CXC/Univ of Strasbourg/M.Pakull et al); Optical(ESO/VLT/Univ of Strasbourg/M.Pakull et al);H-alpha(NOAO/AURA/NSF/CTIO 1.5m)
観測とその成果
我々は、複数のX線天文観測装置(XMM-Newton、Chandra、NuSTAR、NICER)の観測データを用いて、かつてない長期間(2011年から2024年まで)にわたってP13の「X線の明るさ」と「自転スピード」の変動を調べました。その結果、P13は2021年まで暗い時期にあったものの、2022年以降再び明るくなり始め、2024年までにその「明るさ」が100倍以上に大きくなっていたことがわかりました(図2上)。これは過去に最も明るかった時期と同程度の明るさです。さらに、2022年以降の増光時の「自転スピードの加速率」は、2020年以前に比べて2倍に変化していました(図2下)。この結果は、P13でこれまでわからなかった「明るさ」と「自転スピードの加速率」の関係性を示すもので、我々は超臨界降着の知られざる性質を明らかにしました。
図2. 中性子星(NGC 7793 P13)の明るさと自転周期の時間変化
※自転スピードと自転周期には反比例の関係があり、周期が短くなる=自転が速くなる。自転スピードの加速率は傾きで表される。
この「自転スピードの加速率」の変化は、2020年の暗い時期の前後で、P13の降着の仕方が変わったことを強く示唆しています。そこで我々はP13のパルスに着目し、詳しい解析を行ないました。その結果、約10年の明るさの変動に合わせて、中性子星の降着柱の高さが刻々と変化していたことがわかりました(図3)。この明るさに伴う降着状態の変化は、超臨界降着のメカニズムに迫る重要な観測結果といえます。
図3. 明るさの変化に伴う降着柱の形の変化
今回の研究成果では、超臨界降着に関わる「X線の明るさ」と「自転スピードの加速率」の新しい関係性と、ガスの降着によって光る「降着柱の形の時間変化」を明らかにしました。これらの新しい結果により、超臨界降着のメカニズムの理解につながると期待されます。
今後の展望
P13は、約10年間で暗い時期と明るい時期を経験し、2024年には過去最も明るかった時期と同程度の明るさになりました。今後この明るさが、維持されるのか、それともさらに明るくなるのか、もしくは暗くなるのか、全く予想がつきません。そのため、これからもモニタリングを続け、より長期的な傾向を明らかにしていきます。また、今回観測された、降着するガスの「明るさ」と中性子星「自転スピードの加速率」の相関が、どのような理論に基づいて降着柱の構造と直接的に関係しているのかわかっていません。コンピュータシミュレーションによって、この新しい理論モデルを構築したいと考えています。
特記事項
【論文情報】
掲載誌: The Astrophysical Journal Letters(IOP Publishing, 英国物理学会出版)
題名: Monitoring of the Spectral and Timing Properties of the Ultraluminous X-ray Pulsar NGC 7793 P13
著者: Marina Yoshimoto, Tomokage Yoneyama, Shogo B. Kobayashi, Hirokazu Odaka, Taiki Kawamuro, Hironori Matsumoto
DOI:10.3847/2041-8213/ae018f
【研究助成】
科学技術振興機構 次世代研究者挑戦的研究プログラム/大阪大学 学際融合を推進し社会実装を担う次世代挑戦的研究者育成プロジェクト
課題番号:JPMJSP2138
日本学術振興会科学研究費補助金(科研費)
課題番号:20H00178、22H00128、22K18277、23H00128、23K13153、24K00673、25KJ0250
用語説明
- NGC 7793銀河
南天の「ちょうこくしつ座」の方向にある渦巻き銀河。
- 中性子星
典型的なもので、半径約10 kmの大きさに太陽の約1個分の質量をもつ高密度天体。
- 限界
天体の重力と放射による圧力のつり合いによって決まる降着の限界。この指標をエディントン限界という。
