血液脳関門を一過的に開いて脳に安全に薬を送達する技術の開発

血液脳関門を一過的に開いて脳に安全に薬を送達する技術の開発

脳疾患治療薬の開発を加速させる新技術

2025-10-23生命科学・医学系
薬学研究科准教授岡田 欣晃

研究成果のポイント

  • 脳内への薬の送達を妨げる血液脳関門を30分以内の短時間だけ開き、脳内に安全に薬物を送達する技術を開発。
  • 従来技術は血液脳関門を長時間開くため、安全性が課題となっていた。今回開発した技術により、安全に薬を脳内に届けて、脳疾患を治療できることが明らかに。
  • 本技術の活用により、これまで脳に届かなかった薬を送達できるようになるため、新しい脳疾患治療薬の開発への貢献に期待。

概要

大阪大学大学院薬学研究科の井上采人さん(博士後期課程)、白倉圭佑助教、白野敦也さん(学部生)、岡田欣晃准教授らの研究グループは、同研究科の近藤昌夫教授、愛媛大学先端研究院プロテオサイエンスセンター(PROS)の竹田浩之准教授らとの共同研究により、薬を脳に安全に送達する新技術を開発しました。

血液中の異物を脳内に通過させないようにする脳血管の仕組み(血液脳関門)が、脳疾患の治療薬を脳内に届けることを妨げ、治療を難しくしています。この血液脳関門の機能の一部は、脳血管の内側を覆う血管内皮細胞同士が、Claudin-5(クローディン5)と呼ばれるタンパク質で接着されることにより生み出されています。今回の研究では、このClaudin-5に結合する低分子化合物(Claudin-5-binding small molecule (CL5B))を発見し、CL5Bを用いて血液脳関門を短時間(30分以内)だけ開き、薬を脳に届けられることを示しました。

これまでにもClaudin-5を標的とする血液脳関門を開く分子が開発されてきましたが、それらの作用時間は、数時間~数日と長く、副作用を誘導するものもあり、安全性が懸念されていました。

今回、研究グループが発見したCL5Bは、体内から素早く消失するClaudin-5結合分子であることから、マウスの血液脳関門を短時間だけ開き、安全に薬を脳内に届け(薬物送達技術)、脳疾患を治療することができます。この薬の脳内送達技術を活用することにより、これまで脳に届けられなかった治療薬候補を、脳疾患の治療薬として活用できる可能性が期待されます。

本研究成果は、国際誌「Journal of Controlled Release」に、2025年10月11日(土)に公開されました。

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図. CL5Bは脳血管のClaudin-5に結合し、血液脳関門を短時間だけ開き、薬を脳内に届ける

研究の背景

世界的な高齢化により、脳疾患の患者数が増加し、新しい治療薬の開発が急務となっていますが、その開発は難航しています。血液脳関門は、脳に有害な物質を侵入させないようにする仕組みですが、薬の脳内への移行も妨げるため、脳疾患の治療を難しくしてきました。脳血管の内側には、血管内皮細胞が敷き詰められていますが、この血管内皮細胞間を接着させることで、血液脳関門機能を担っているタンパク質がClaudin-5です。本研究で研究者らは、血液脳関門の形成に重要な働きをするClaudin-5に結合する低分子化合物が血液脳関門を緩める機能をもつ可能性があると考えました。このClaudin-5に結合する分子を探索し、その分子を用いて血管内皮細胞間の接着を一時的にゆるめ、薬を脳に届ける新しい技術の開発を目指しました。

研究の内容

これまでに開発されたClaudin-5の接着を弱める分子は、その作用が強すぎたり長すぎたりしたため、しばしば副作用が報告されていました。研究グループは、短時間だけ血液脳関門を開く安全な結合分子を効率的に探すための独自の探索技術を開発しました。この探索技術を用いて9,600個の低分子化合物から、Claudin-5に結合する分子を探しだし、CL5B (Claudin-5-binding small molecule)と名付けました。CL5BはClaudin-5に結合し、その結合を弱めることで、血管内皮細胞間にすき間を作り、薬の通過を促進しました。さらに、CL5Bは、マウスの血液脳関門を約30分間だけ一過的に開き、薬の脳への送達量を増やし、脳疾患(てんかんモデルマウス)の治療効果を高めることを明らかにしました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回開発された、CL5Bを用いた安全かつ汎用性の高い脳内薬物送達技術により、これまで脳に届けられなかった薬を、安全に脳に送達できるようになります。これにより、世界中で行われている新しい脳疾患治療薬の研究開発を後押しし、これまで治療できなかった脳疾患の治療の実現に貢献すると期待されます。また本技術を活用すれば既存の脳疾患治療薬の使用量を減らせることから、副作用を抑制して、より安全に脳疾患を治療できることも期待されます。

特記事項

本研究成果は、2025年10月11日(土)に国際誌「Journal of Controlled Release」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Claudin 5-binding small molecule transiently opens the blood–brain barrier and safely enhances brain drug delivery”
著者名: Saito Inoue†, Keisuke Shirakura†, Atsuya Shirono†, Jumpei Taguchi, Yoshiki Ikeda, Satomi Tomita, Risa Funatsu, Kosuke Muraoka, Yosuke Hashimoto, Keisuke Tachibana, Nobumasa Hino, Takefumi Doi, Yui Ikemi, Kazuto Nunomura, Bangzhong Lin, Shinsaku Nakagawa, Kazutake Tsujikawa, Shota Tanaka, Masanori Obana, Yasushi Fujio, Takamitsu Hosoya, Hiroyuki Takeda*, Masuo Kondoh*, Yoshiaki Okada*
(†筆頭著者, *責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jconrel.2025.114314

なお本研究は、科学技術振興機構、日本医療研究開発機構、文部科学省、科研費、先進医薬研究振興財団、武田科学振興財団、シオノギ感染症研究振興財団、日本財団・大阪大学感染症対策プロジェクトの支援を受けて行われました。

参考URL

岡田欣晃准教授 Researchmap
https://researchmap.jp/magic_roundabout

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

血液脳関門

全身の血管のうち、脳血管のみが持つ「フィルター」のような仕組みです。血液脳関門は血管の中の異物が、脳に入らないようにして脳を守っています。その一方で、薬が血液から脳内に移行するのも妨げるため、脳疾患治療薬を開発する際の妨げになっています。

血管内皮細胞

血管の内側を覆っている細胞です。脳の血管内皮細胞同士が、Claudin-5を介してしっかり接着され細胞間のすき間がなくなることで、血液脳関門の機能が生み出されています。

Claudin-5(クローディン5)

血液脳関門の形成や機能に極めて重要な役割を果たしている膜タンパク質の一つです。本研究で開発されたCL5Bは、このClaudin-5に直接結合することで、血液脳関門を一時的に緩めて薬物が通過できるようにします。

低分子化合物

比較的サイズの小さな有機化合物は低分子化合物と呼ばれます。医薬品の多くは低分子化合物で、抗体やペプチドといった生物由来の大きな分子(バイオ医薬品)とは区別されます。本研究で開発されたCL5Bは、化学的に合成された低分子化合物であり、小さいサイズや化学的特性のため、体内で速やかに代謝、排出されます。この特徴のおかげで、CL5Bは血液脳関門のバリア機能をごく短時間(30分以内)だけ緩め、その後すぐに元に戻すことができます。これにより有害物質が脳に侵入したり、脳が腫れるなどの副作用の可能性が低くなります。

薬物送達技術

薬物を体内の必要な部位(本研究の場合は脳)に、必要な量だけ、効率的かつ安全に送り届ける技術を指します。

独自の探索技術

本研究で研究者らはClaudin-5に結合し、短時間だけ血液脳関門を開く働きを持つ低分子化合物を効率的に探索するために、独自の探索技術を開発しました。この探索技術には、愛媛大学の無細胞タンパク質合成技術(※)を用いて作製したClaudin-5タンパク質と、研究者らが独自に作製したClaudin-5に特異的に結合する抗体が用いられています。この探索技術を用いて複数回の大規模実験を行った結果、CL5Bが見出されました。

(※無細胞タンパク質合成技術は、試験管内で様々なタンパク質を合成することを特徴とする、タンパク質生産技術の一つです。Claudin-5タンパク質の生産は一般に困難ですが、愛媛大学 先端研究院 プロテオサイエンスセンター(PROS)で独自開発した無細胞膜タンパク質合成技術を用いれば大量生産が可能です。本研究では、無細胞合成したClaudin-5タンパク質がCL5Bの探索に用いられました。)

てんかんモデルマウス

てんかんの発作症状を再現するために、特定の薬剤を投与して作製された実験用マウスです。本研究では、てんかんモデルマウスを用いて、CL5Bが脳に届く薬剤の量を増やし、脳疾患治療薬の治療効果を高めることを証明し、本技術の治療応用の可能性を示しました。