
安定で機能的な人工制御性T細胞「S/F-iTreg」の製造法開発
自己免疫疾患、炎症性疾患の治療をめざして
研究成果のポイント
- 制御性T細胞(Treg)による炎症性疾患治療をめざし、炎症の原因となるT細胞から人工的に機能的で安定なTreg(S/F-iTreg)を誘導する方法を開発
- これまで、人工的なTreg(iTreg)は安定性や機能性に課題があったが、培養法を改良した新たな製造方法により、自然に存在するTreg(Natural Treg; nTreg)と同じ機能・性質を持たせることに成功
- S/F-iTregの投与によって大腸炎やGVHDモデルマウスの症状が改善。また、クローン病やSLEといったヒト自己免疫疾患患者のT細胞からもS/F-iTregの誘導が可能であることを確認
- S/F-iTregを細胞製剤として用いることで、自己免疫疾患や炎症性疾患の原因となる反応を特異的に抑える新たな抗原特異的治療や長期寛容誘導の実現に期待
概要
大阪大学免疫学フロンティア研究センターの三上統久特任准教授(常勤)、坂口志文特任教授らのグループは、特殊な培養法を用いることで、炎症を引き起こすT細胞から、機能的で安定な制御性T細胞(Treg)を人工的に誘導する方法を開発しました(図1)。
Tregは免疫抑制能を持つ特殊なT細胞であり、自己免疫疾患や炎症性疾患の治療に寄与することが期待されています。治療実現にあたっては、生体に自然に存在するTreg(nTreg)の限界を補うために人工的に誘導されたTreg(iTreg)の活用が注目されており、抗原特異的免疫抑制の実現に期待が集まる一方で、細胞の安定性や機能性などに課題がありました。
今回、研究グループは、培養法の改良により、病気の原因となるT細胞を原料として人工的にTregを誘導する新たな製造方法を開発しました。この新規手法によって、従来の人工的なTregよりも自然に存在するTregに近しい性質・能力を持ったTregを作ることに成功しており、機能的で安定なTreg(S/F-iTreg)として細胞治療に用いることができるようになりました。
このS/F-iTregは体内に投与してもTregとして安定な状態を維持し、特定の抗原のみに反応して免疫反応を抑えます。S/F-iTregを大腸炎やGVHDといった炎症を起こすマウスモデルに投与すると、その炎症反応が長期間抑制されることが分かりました。また、ヒトの細胞を用いた実験でも、クローン病やSLEといった自己免疫疾患の患者から採取した病気の原因となるT細胞をS/F-iTregに誘導できることもわかりました。
本研究成果より、S/F-iTregを細胞製剤として用いることで、自己免疫疾患や炎症性疾患の原因となる反応を特異的に抑える新たな抗原特異的治療や長期寛容誘導の実現が期待されます。
本研究成果は、米科学誌「Science Translational Medicine」に 10月23日(木)3:00(日本時間)に公開されました。
図1. 新規Treg製剤の誘導法
炎症性T細胞から人工的に機能的で安定なTreg(S/F-iTreg)を誘導して、治療に用いる。
研究の背景
Treg移入療法は既に臨床研究、臨床試験が進んでいますが、現実的な課題も多く存在します。現在広く用いられている手法は、生体に自然に存在するTreg(nTreg)を回収し、試験管内で刺激を加えて増殖させ、再投与する方法ですが、材料となるnTreg細胞の少なさや、培養時の安定性、移入後の生存性や抗原特異性、治療効果などに課題が残っています。
一方で人工的に誘導したTreg(iTreg)を利用した細胞治療は、抗原特異的なTreg細胞を多量に作成可能という利点を持っています。炎症性T細胞をiTregへと変換し、それを細胞製剤として利用し、免疫系を制御するという治療コンセプトは抗原特異的免疫抑制を実現するための有力な候補です。この手法では疾患の原因となる活性化T細胞を、反応性はそのままにiTregへと変換するので、抗原特異的な抑制が期待できます。一方で、人工的な誘導であるためTregとしての性質において問題も多く、今までは安定性や機能性が不十分でした。
研究の内容
研究グループは、培養方法に複数の工夫・改善を組合わせ、人工的に誘導するiTregにnTregと同様の性質を持たせることに成功しました。このiTregは安定でかつ高い機能性を持っており、Stable/Functional iTreg(S/F-iTreg)と名付けられました。
S/F-iTregの性質を詳細に比較するため、nTregや通常のiTregとあわせてRNAシーケンス解析を行ったところ、S/F-iTregは通常のT細胞や通常のiTregとは異なり、生体のnTregに近い遺伝子の発現パターンを示していました(図2)。実際に試験管内での抑制機能を実験により測定した場合も、nTregとS/F-iTregは同程度の抑制活性を持っていました。
また、病気を起こしたマウスから炎症性のT細胞を精製して、それらを原料にS/F-iTregを誘導する検討を行いました。通常の方法では、この様な炎症性のT細胞からTregを誘導することは非常に困難ですが、S/F-iTreg製造法を用いることで、非常に高効率に機能的なiTregを誘導することに成功しています。特定の抗原に対して反応するT細胞を精製してS/F-iTregを誘導する実験では、誘導されたS/F-iTregが特定の抗原に対する反応を特異的・効率的に抑制することも示されています。これらの結果は、病気の原因となるT細胞が持つ反応性をそのままにTregに誘導することで、その病気の原因となる反応を特異的・効果的に抑えるTregを作製できることを示唆しています。
そこで、S/F-iTregを大腸炎のモデルマウスや、GVHDのモデルマウスに投与して治療効果を検証しました。マウスに大腸炎を誘導した際にS/F-iTregを投与することで、大腸炎に伴う体重の減少を6週間以上抑制できました(図3A)。GVHDのモデルでも同様に、S/F-iTreg投与によってマウスの生存を延長することができました(図3B)。これらのマウス体内では、T細胞からのサイトカイン産生が抑えられるなど、Tregが効果的に炎症反応を抑制していることも確認できています。
最後にヒトのT細胞からS/F-iTregを誘導できるかどうかを確認しました。クローン病やSLEといった自己免疫疾患の患者さんの血液からT細胞を精製し、それを原料としてS/F-iTregを誘導した結果、高い割合でS/F-iTregへと変換することに成功しました。これらのS/F-iTregは試験管内において、同じ患者さんの炎症性T細胞の増殖を抑制する効果があることも確認できました。
図2. S/F-iTregの遺伝子発現パターン
細胞の遺伝子発現量をRNAシーケンス法で測定。ヒートマップが赤いほど高い遺伝子発現を示す。通常のiTregはnTregで高く発現する遺伝子(Foxp3など)の発現量が低い一方で、S/F-iTregはnTregと類似した遺伝子発現パターンを示している。
図3. 炎症モデルに対するS/F-iTregの抑制効果
(A)大腸炎モデルマウスにS/F-iTregを投与し、6週間体重を測定した。
(B)GVHDモデルにS/F-iTregを投与し、60日間の生存を観察した。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、自己免疫疾患や炎症性疾患の発症に関わる炎症性T細胞を原料として、機能的で安定な人口のTregを製造する新規手法を開発したものであり、このS/F-iTregを細胞治療製剤として用いることで、自己免疫疾患や炎症性疾患、移植時の拒絶反応やGVHDなどに対して抗原特異的で効果的な免疫療法を提供できると期待されます。
特記事項
掲載紙: Science Translational Medicine 2025年 10月23日 03:00(日本時間)解禁
タイトル: Generating functionally stable and antigen-specific Treg cells from effector T cells for cell therapy of inflammatory diseases
著者名:Norihisa Mikami1, Ryoji Kawakami2, Atsushi Sugimoto1, Masaya Arai1, Shimon Sakaguchi1,2*
*)責任著者
所属
1. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 実験免疫学
2. 京都大学 医生物学研究所 生体再建学
DOI: 10.1126/scitranslmed.adr6049
本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構革新的先端研究開発支援事業(AMED) 「革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)」(JP18gm0010005)、「移植医療技術開発研究事業」(JP23ek0510043)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 「基盤研究B」 (23H02733)、科学技術振興機構(JST) 「戦略的創造研究推進事業(ACT-X)」(JPMJAX2429)、日本新薬公募研究助成、およびレグセル株式会社の支援により実施されました。
用語説明
- 制御性T細胞(Treg)
免疫抑制能を持つT細胞。自然に存在するnatural Treg(nTreg)と人工的に誘導するinducible Treg(iTreg)に大別される。
- S/F-iTreg
本研究で開発された、安定で(Stable)、機能的な(Functional)性質を持つiTreg細胞。
- 大腸炎
消化管に炎症が起こる難病。潰瘍性大腸炎は大腸粘膜に炎症が起こりえる。
- GVHD
移植片対宿主病。骨髄移植時にドナー由来の細胞が患者さんの体を他人と認識して起こる炎症性の合併症。
- クローン病
消化管に炎症が起こる難病。消化管の広範囲に炎症が起こりえる。
- SLE
全身性エリテマトーデス。代表的な自己免疫疾患・膠原病であり、DNAなど自己の抗原に対する免疫反応が原因で起こる炎症性の疾患。
- RNAシーケンス解析
次世代シーケンサーを用いて細胞に発現する全ての遺伝子のRNA量を網羅的に測定する手法。
