
ポストコロナの一般用医薬品の使用状況とその影響要因を解明
研究成果のポイント
- 風邪や咳の時に市販薬を自分で使う「セルフメディケーション」について、性格特性(外向性、協調性など)やデジタルヘルスリテラシーも影響を与えることが明らかに。
- これまで一般用医薬品の使用状況調査では、心理的要因に対する分析は限定的であったため、個人属性及び心理特性、デジタルリテラシーなど複数の評価尺度を含んだアンケートを実施し、その結果を複数の視点から分析。
- 個人属性・デジタルヘルスリテラシー水準・性格特性などが一般用医薬品の使用やその後の受診行動に影響を与える可能性が分かり、一般用医薬品の安全かつ適正な使用が促進することに期待。
概要
大阪大学大学院薬学研究科の田雨時助教、幡生あすか助教、池田賢二教授、福澤薫教授らの研究グループは、風邪・咳に対する一般用医薬品(OTC医薬品)によるセルフメディケーションの状況と回答者の背景要因を調査するために、日本全国の成人1,086人を対象にオンライン調査を実施し、多変量ロジスティック回帰分析を行いました。
これまでに報告されている一般用医薬品の使用調査は、使用実態を中心とした分析が多く、人的要因(例:性格特性)への言及は限られていました。
今回の調査結果の分析により、医療機関への受診に影響を与える要因として、年齢・居住地域・学歴・婚姻状況・保険種別・基礎疾患有無・定期的な通院習慣等の個人の背景に加えて、性格特性(外向性)のような心理的要因も影響を及ぼすことが明らかになりました。また、用量用法の遵守意識に関しては協調性や家族構成としての子供の有無が、使用期限の把握に関しては健康情報リテラシーの高さが密接に関連することが明らかになり、一般用医薬品の使用行動と関連する要因を特定しました。
本研究により得られた知見は、一般用医薬品の安全かつ適切な使用を促す可能性に期待できます。
本研究成果は、2025年5月24日(土)に英国科学誌「BMC Public Health」(オンライン)に掲載されました。
図1. a) 回答者の居住地、b)-d) 都道府県別の回答割合
研究の背景
セルフメディケーションとは、軽度な不調に対して医療機関を受診するのではなく、自分で健康管理を行ったり、一般用医薬品などを使用したりして自分自身で行うケアのことです。日本では、医療費を抑制することを目的とした取り組みのひとつとしてセルフメディケーションを推奨しています。また、新型コロナウイルス感染症の流行により、日本人の健康意識が向上し、呼吸器系症状に対する公衆衛生行動に大きな変容がありました。しかし、風邪や咳を含む軽症疾患におけるセルフメディケーションに影響を与える要因に関する調査は限られています。
研究の内容
研究グループは、全国成人1,086人を対象にオンライン調査を実施し、症状発生時の「初期段階」から「持続段階」という経過に応じたセルフメディケーションのパターンを比較分析しました。さらに、症状の発症場所が国内の場合と海外の場合という発症場所の異なる2つの状況を設定し、一般用医薬品使用における地域差も調査しました。これらの結果は、コロナ禍後の一般用医薬品の使用状況を示す「比較的大規模な基礎データ」となります。調査の結果、風邪・咳症状の発生段階における一般用医薬品の使用割合は約43.6%、症状が1週間以上持続した場合の医療機関受診率は61.7%でした。また、回答者の80%以上が一般用医薬品の用量用法を厳密に遵守していることが分かりました。さらに個人の心理特性、健康意識等にも要因に焦点を当てました。本研究で実施したアンケートには、風邪や咳などの症状に対する一般用医薬品の使用状況に加えて、個人属性(年齢・居住地域・学歴など)及び、心理特性(パーソナリティ特性であるTIPI-J、日本語版一般自己効力)、デジタルリテラシー(eヘルスリテラシー尺度、メディア利用尺度)など複数の評価尺度を含んでおり、それらを「医療機関の受診に影響する要因」、「用量用法の遵守意識」、「使用期限の把握」、「医薬品選択時の医療従事者への相談」、「オンライン情報の利用」の5つの視点で分析しました。
その結果、以下のような具体的な要因がセルフメディケーションや一般用医薬品の適切な使用に対して有意な影響を与えることが示されました。
1. 性格特性が医療機関の受診に与える影響
外向性が高い人(社交的で人と関わるのが好きなタイプ)は、症状が長引いた際に医療機関を受診する傾向が強い事がわかりました。これは、自己判断だけに頼らず、医療従事者の意見を求める姿勢があるためで、病気の重症化を防いだり、早期治療に繋がったりする可能性があります。
2. eヘルスリテラシー尺度が一般用医薬品の使用に与える影響
eヘルスリテラシー尺度のスコアが高い人(インターネットで健康情報を上手に探せる人)は、一般用医薬品の使用期限を確認したり、医薬品の選択を迷った時にインターネットで情報収集を行ったりする傾向がありました。正確で信頼できる情報へアクセスする能力は、安全で効果的なセルフメディケーションを行ううえでとても重要だと考えられます。
3. 子育て中の人は一般用医薬品の用法・用量を厳密に守らない傾向がある
子どもを育てている人は、一般用医薬品の用法・用量を厳密に守らない傾向がありました。家庭内での誤用リスクが高まる可能性があり、こうした層に向けた教育や啓発活動が重要であると考えられます。
4. 海外渡航時には医療機関の受診を選ぶ人が増える
海外渡航時には、日本国内にいる時よりも医療機関の受診を選択する傾向が約2倍に増加しました。海外では国内よりも言葉の壁や医薬品の入手に不安を感じる事がこの理由のひとつかもしれません。海外旅行者向けの一般用医薬品の情報を整備する事や、多言語に対応する事が今後の課題であり、セルフメディケーションを円滑に行うためのグローバルな対応が求められます。
本研究から、セルフメディケーションには「性格」や「情報リテラシー」といった個人の特性が関わっている事がわかりました。今後は、こうした違いをふまえた教育や啓発活動、そして信頼できる医療情報を入手できる環境の整備を進める事で、より安全で効果的なセルフメディケーションの普及が期待されます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究では、コロナ禍後の一般用医薬品の使用状況とそれらに影響を与えうる背景要因を探索しました。その結果、個人属性・デジタルヘルスリテラシー水準・性格特性などが一般用医薬品の使用やその後の受診行動に影響を与える可能性が示唆されました。これらの知見は、一般用医薬品の安全かつ適切な使用の促進を促す事に役立つ可能性があります。
特記事項
本研究成果は、2025年5月24日(土)に英国科学誌「BMC Public Health」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Status and influencing factors of OTC medicine use for self-medication in cold and cough: a cross-sectional survey in Japan”
著者名:Yu-Shi Tian#,*, Xinhua Mao, Yi Zhou, Kaori Fukuzawa, Kenji Ikeda & Asuka Hatabu
DOI:https://doi.org/10.1186/s12889-025-23113-4
#筆頭著者 *責任著者
なお、本研究は神戸大学の周怡助教(大阪大学大学院医学研究科招へい教員、研究実施時は北京大学北京国際数学研究センターに在籍)、神戸学院大学心理学部の毛新華教授との共同研究として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 一般用医薬品(OTC医薬品)
調剤薬局や薬店・ドラッグストアなどで、処方箋なしに買うことができる医薬品。
- TIPI-J
日本語版Ten Item Personality Inventory、10項目からなる簡短な性格測定ツール。開放性・勤勉性・外向性・神経症傾向・協調性の5つの因子をそれぞれ2項目で測定を行う。
- 一般自己効力
個人が複数の異なる状況やタスクにおいても「能力」として問題を解決できると感じている信念を測定するツール。
- eヘルスリテラシー尺度
インターネット上の健康情報を有効に活用するためには、適切に健康情報を検索し、評価し、活用していく能力を測定するツール。
