
糖尿病における 脂肪肝とミリスチン酸の関連性を解明
脂肪肝の病態解明、治療薬の開発に期待
研究成果のポイント
- 糖尿病患者は脂肪肝の合併の有無によって血液中の脂質プロフィールが大きく異なり、脂肪肝を合併すると特に中性脂肪中のミリスチン酸が高値を示すことを発見。また、この現象は糖尿病の治療により改善することを確認。
- 血液中の脂質の網羅的解析による、体に負担をかけない脂肪肝の評価が注目されているが、脂肪肝を合併した糖尿病患者の血液中の脂質プロフィールが十分に分かっていないことや技術的な課題のため、評価の精度や解析内容に問題があった。
- 新たな測定法を用いて糖尿病患者の血液中に含まれる約350種類の脂質を網羅的に、構成成分の違いまで詳細に測定することで、脂肪肝の合併の有無による血液中の脂質プロフィールの違いを明らかに。
- 血液の中性脂肪中のミリスチン酸量をバイオマーカーとして用いることで治療法の開発や脂肪肝の病態解明の一助となることに期待。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の細江重郎さん(研究当時:博士課程)、片上直人講師、下村伊一郎教授(内分泌・代謝内科)、九州大学生体防御医学研究所附属高深度オミクスサイエンスセンターの馬場健史教授(メタボロミクス分野)らの共同研究グループは、糖尿病に脂肪肝を合併すると血液中の脂質プロフィールが変化し、特に中性脂肪(TG)を構成する脂肪酸としてミリスチン酸(FA 14:0)が増加すること、また、この現象は糖尿病の治療により改善することを世界で初めて明らかにしました(図1)。
糖尿病が引き起こす合併症で特に多いのが脂肪肝です。脂肪肝の評価には、肝生検という体に負担のかかる検査や画像検査が用いられますが、新たな検査手法として注目される血液中の脂質の網羅的解析については、糖尿病患者が脂肪肝を合併したときの血液中の脂質プロフィールが十分に分かっていないことや様々な技術的な課題があり、脂質の構成成分を十分に解析できませんでした。
新しい測定法を用い、糖尿病患者の血液中に含まれる約350種類の脂質を網羅的に、構成成分の違いまで詳細に測定することで、脂肪肝の合併の有無によって、どのような血液中の脂質プロフィールの違いが認められるかが明らかになりました。
本成果は、血液中の中性脂肪を構成するミリスチン酸の量は脂肪肝における病態を反映するバイオマーカーや治療標的になる可能性があることを示すと同時に、脂肪肝の病態解明の一助となることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Diabetes」に、8月15日(金)に公開されました。
図1. 本研究の概要
研究の背景
糖尿病はさまざまな合併症を引き起こしますが、その中でも特に多いのが脂肪肝です。脂肪肝は病状の進行度に応じ肝臓にさまざまな脂質が蓄積することが知られていますが、その評価には肝臓に直接針を刺す肝生検という体に負担のかかる検査が必要でした。その代替手段としては通常画像検査が用いられますが、近年では、血液中の脂質プロフィールを網羅的に解析する手法も注目を集めています。しかし、この血液中の脂質プロフィールを用いた脂肪肝の評価は糖尿病患者さんにおいては大きく精度が低下することが知られており、その一因として糖尿病患者さんが脂肪肝を合併したときの血液中の脂質プロフィールが十分に分かっていないことが挙げられます。また、これまでの血液中の脂質プロフィールを解析する方法には様々な技術的な課題があり、一部の脂質の解析に留まるものや、脂質の構成成分に関しては解析できないものがほとんどでした。
研究の内容
本研究では九州大学の馬場教授らが開発した、各脂質の構成脂肪酸の組み合わせまで明らかにできる新しい測定法(超臨界流体クロマトグラフィー)を用いました。その測定法を用いて、大阪大学医学部附属病院に通院されている糖尿病患者さんの血液中に含まれる約350種類の脂質を網羅的に、構成成分の違いまで詳細に測定しました。そして、脂肪肝の合併の有無によって、どのような血液中の脂質プロフィールの違いが認められるかを評価しました。その結果、脂肪肝を認める糖尿病患者さんの血液中の脂質プロフィールは脂肪肝の無い患者さんと大きく異なっており、特に中性脂肪、とりわけ構成成分としてミリスチン酸(FA 14:0)を含む中性脂肪が多くなっていることが分かりました(図2)。
図2. 糖尿病患者さんにおける脂肪肝の有無での血液中の脂質プロフィールの違い
上の図は糖尿病患者さんの血液中に含まれる約350種類の脂質を、脂肪肝の有無で何倍異なるかを図示したものです。右に行けば脂肪肝のある患者さんで多くなり、左に行けば脂肪肝のある患者さんで少ないことを示します。脂肪肝の有無により特に大きな違いを認めた(=2倍以上差を認めた)脂質を抽出した(=濃い青の点)結果、多くが中性脂肪(TG)であり、その全てにおいて構成成分としてミリスチン酸(FA 14:0)を含むことが分かりました。
そこで中性脂肪を構成する成分に着目し、これらが糖尿病の入院治療を行なった前後でどのように変化するか、また脂肪肝の合併の有無で影響が異なるかを調べました。脂肪肝のない患者さんでは治療により中性脂肪の構成脂肪酸の多くが減少傾向を示すものの、統計学的に有意なものはありませんでした。一方、脂肪肝のある患者さんでは中性脂肪の構成脂肪酸の多くが減少し、その中でもミリスチン酸が最も大きく減少することが判明しました (図3)。
図3. 糖尿病治療前後における血液中の中性脂肪の構成成分の変化
糖尿病治療により血液中の多くの中性脂肪の構成成分は低下しましたが、その傾向は脂肪肝のある患者さんで顕著でした。特に赤い四角で囲っている構成成分は統計学的有意差を持って脂肪肝のある患者さんで低下しており、その中で最も大きく減少した成分はミリスチン酸でした。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果は糖尿病に脂肪肝を合併した際の血中脂質プロフィールの変化の詳細を初めて明らかにしたものであり、血液中の中性脂肪を構成するミリスチン酸は脂肪肝における病態を反映するバイオマーカーや治療標的になる可能性が示されました。本研究が糖尿病に合併する脂肪肝の病態解明の一助となることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2025年8月15日(金)に米国科学誌「Diabetes」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】“Association between myristic acid in plasma triglycerides and metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease in patients with type 2 diabetes: A comprehensive analysis of plasma lipids using supercritical fluid chromatography-tandem mass spectrometry”
【著者名】Shigero Hosoe, Naoto Katakami, Naohiro Taya, Kazuo Omori, Mitsuyoshi Takahara, Yutaka Konya, Sachiko Obara Ayako Hidaka, Motonao Nakao, Masatomo Takahashi, Yoshihiro Izumi, Takeshi Bamba, and Iichiro Shimomura
【著者所属】
1) 大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学
2) 大阪大学大学院医学系研究科 糖尿病病態医療学寄附講座
3) 大阪大学大学院医学系研究科 病院臨床検査学
4) 九州大学 生体防御医学研究所附属高深度オミクスサイエンスセンター メタボロミクス分野
DOI:https://doi.org/10.2337/db25-0099
なお、本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)のAMED-CREST(助成番号:JP19gm0710005、JP21gm0910013、JP21gm1010010)、鈴木万平糖尿病財団、日本糖尿病財団の支援を受けて行われました。また、文部科学省共同研究事業「高深度オミクス医学研究拠点構想」、および九州大学生体防御医学研究所(MIB)のCURE: JPMXP1323015486の支援も受けました。最後に、本研究にご協力いただきました皆様に深謝いたします。
参考URL
片上直人講師 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/4d9587a7e6c55aa1.html
用語説明
- 脂肪肝
肝臓に脂肪が過剰に蓄積した状態。糖尿病を中心とした代謝機能異常を生じた場合は脂肪肝を合併することが多くなり、このような脂肪肝を近年では特にMASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)と呼びます。すなわち、今回我々が研究を行なった脂肪肝を持つ糖尿病患者さんは全てMASLD患者さんということになります。肥満やメタボリックシンドロームの患者さんの増加に伴い、この疾患を持つ患者さんの数も年々増加しています。
- 中性脂肪(TG)
体内に存在する脂質の一種で、食事から摂取される他、肝臓でも合成され、主にエネルギー源として利用されます。別名「トリグリセリド(TG)」とも言い、グリセオールという物質に3つの脂肪酸が結合することで構成されます。一般的な採血でも中性脂肪の値は分かりますが、その詳細な構成、具体的にはどのような脂肪酸が結合しているかは分かりません。今回我々はこのTGの構成脂肪酸としてミリスチン酸(FA 14:0)が脂肪肝の病態に関わっている可能性を見出しました。
- ミリスチン酸(FA 14:0)
炭素数と二重結合の数が14:0で構成された飽和脂肪酸です。自然界においてはパーム油やヤシ油などの植物や乳製品などの動物性脂肪に存在しており、私たちの生活において化粧品や石鹸などに使用されています。ヒトの体内においてはタンパク質の膜局在化やシグナル伝達機能の制御に関わると言われていますが、詳細な役割は分かっていません。肝臓においても詳細な役割は不明ですが、近年脂肪肝を持つ患者さんの肝臓の組織中で増加していることなどが報告されています。
