ナチュラルキラーT(NKT)細胞分化を制御する 新たな仕組みを発見

ナチュラルキラーT(NKT)細胞分化を制御する 新たな仕組みを発見

がん免疫療法や感染症への応用に期待

2025-9-19生命科学・医学系
微生物病研究所教授山﨑 晶

研究成果のポイント

  • 自然免疫型T細胞の一つであり、これまでその分化メカニズムが長らく謎であったNKT細胞の分化を司る新たな転写制御機構を発見した。
  • リン酸化酵素プロテインキナーゼD(PKD)をT細胞のみで欠損したマウスでは、NKT細胞が消失することを見出した。
  • PKDは転写因子Ikarosをリン酸化し、さらにIkarosが自然免疫型T細胞分化に必須の転写因子PLZFの発現を誘導してNKT細胞分化に働くことを明らかにした。
  • NKT細胞はがん細胞や感染細胞の排除に重要な役割を持つことから、PKDの働きを制御することで、がん免疫や感染症、NKT細胞が病態形成に関わる自己免疫疾患などの治療への応用が期待される。

概要

大阪大学微生物病研究所の石川絵里助教、山﨑晶教授(免疫学フロンティア研究センター、感染症総合教育拠点、ワクチン開発拠点先端モダリティ・DDS研究センター兼務)らの研究グループは、ナチュラルキラーT(NKT)細胞分化の新たな転写制御機構を明らかにしました。

NKT細胞は自然免疫と獲得免疫の中間的な役割を担う自然免疫型T細胞の一つで、がん細胞や感染細胞の排除、自己免疫疾患の病態形成など様々な疾患への関与が知られています。胸腺で分化するこの細胞の分化機構については、同じく胸腺で分化する通常のT細胞に比べ未だ不明な点が多く、その全貌は明らかになっていません。

今回、研究グループは、セリン/スレオニンリン酸化酵素プロテインキナーゼD(PKD)のT細胞特異的欠損マウスにおいてNKT細胞が消失することを見出しました。このマウスでは自然免疫型T細胞の分化に必須の転写因子であるpromyelocytic leukemia zinc finger (PLZF)の発現が低下しており、PKDはPLZFの発現誘導を介してNKT細胞分化に寄与していることが明らかとなりました(図1)。また、NKT 細胞におけるPKDの基質として転写因子Ikarosを同定し、IkarosがPLZFの転写を活性化することも明らかにしました。 

このことから、PKDの活性を制御することで、NKT細胞の分化、供給を制御できる可能性があり、がん免疫療法や自己免疫疾患治療への応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Journal of Experimental Medicine」に、9月18日(木)23時(日本時間)に公開されました。

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図1. PKDはPLZFの発現誘導を介してNKT細胞分化に寄与する

研究の背景

自然免疫T細胞の一つであるNKT細胞は通常のT細胞と同様に胸腺で分化しますが、通常のT細胞はMHC上に提示される自己ペプチドを多様性に富むT細胞受容体(TCR)により認識して分化する一方、NKT細胞はCD1d分子上に提示される脂質を多様性の低いインバリアントTCR(iTCR)により認識して分化します。iTCRを介したシグナルにより発現が誘導されるPLZFは、自然免疫型T細胞の分化に必須の転写因子であることが知られていますが、iTCRからPLZF発現に至る分子機構の詳細はこれまで明らかになっていませんでした。

研究の内容

研究グループでは以前、プロテインキナーゼD(PKD)がTCRシグナルにより活性化されること、また、異なる遺伝子によりコードされる3つのアイソフォームのうちT細胞ではPKD2とPKD3が発現していることを発見しました。そこで、T細胞特異的にPKD2/3を欠損するマウスを樹立し解析を行ったところ、通常のT細胞は正常である一方、NKT細胞のみがほぼ消失することを見出しました(図2)。PKD2/3欠損マウスにわずかに存在するNKT細胞を調べると、野生型マウスNKT細胞に比べPLZFの発現上昇が減弱しており、欠損マウスにPLZFをトランスジーンで導入するとNKT細胞数が回復したことから(図3)、PKDはPLZFの発現誘導を介してNKT細胞分化に働くことが明らかとなりました。

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図2. T細胞特異的PKD2/3欠損マウスではNKT細胞が消失する

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図3. PKD2/3欠損NKT細胞ではPLZFの発現上昇が減弱しており(上図)、PLZFを導入するとNKT細胞数が回復した(下図)

次に、PKDからPLZF発現へと繋ぐ分子機構を明らかにするため、タンデム質量タグを用いたリン酸化プロテオミクス解析によりPKDの基質探索を行った結果、候補分子として転写因子Ikarosを同定しました(図4)。キナーゼアッセイによりIkarosはPKDにより直接リン酸化されること、ルシフェラーゼアッセイによりIkarosがPLZFの転写を活性化することが明らかとなりました(図5)。また、PKDによりリン酸化されるセリン残基をアラニンに置換したリン酸化不能型変異体Ikarosノックインマウスを樹立し解析したところ、NKT細胞の減少が認められました(図6)。以上の結果から、NKT細胞分化を司る新たな転写制御機構として、PKD­–Ikaros–PLZF経路の存在が明らかとなりました。

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図4. タンデム質量タグを用いたリン酸化プロテオミクス(左図)により、Ikarosを含むPKD基質候補分子を同定した(右図)

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図5. IkarosはPLZFの転写を活性化した

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図6. リン酸化不能型変異体Ikarosノックインマウス(左図)ではNKT細胞が減少した(右図)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、iTCRシグナルからPLZF発現、NKT細胞分化に繋がる新たな転写制御機構、PKD­–Ikaros–PLZF経路の存在が明らかとなりました。NKT細胞は様々な疾患の発症や増悪に対して防御的に働く一方、有害な効果をもたらすことも知られています。PKDの活性制御を介して、NKT細胞の分化、供給をコントロールできる可能性があり、これらの疾患の治療あるいは予防への応用が期待されます。

核内で働く転写因子IkarosがPKDによりリン酸化されることが明らかとなりましたが、Ikarosが細胞内のどこでリン酸化されているのか、また、リン酸化によりIkarosの局在や転写因子としての活性がどのように変化しPLZF発現誘導に至るのかは未だ不明であり、今後の研究により明らかになることが期待されます。

PKD2/3欠損マウスではNKT細胞以外の自然免疫型T細胞も減少しており、今回明らかとなったNKT細胞分化の転写制御機構が自然免疫型T細胞に共通する機構であるかを今後検証していくことで、自然免疫型T細胞の普遍的な分化制御機構を明らかにできると考えられます。

特記事項

本研究成果は、2025年9月18日(木)23時(日本時間)に米国科学誌「Journal of Experimental Medicine」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Invariant TCR-triggered Protein kinase D activation mediates NKT cell development”
著者名:Eri Ishikawa, Hidetaka Kosako, Daisuke Motooka, Mai Imasaka, Hiroshi Watarai, Masaki Ohmuraya and Sho Yamasaki
DOI:https://doi.org/10.1084/jem.20250541

なお、本研究は、科学研究費助成事業 基盤研究(C)(JP19K07624, JP22K07117)、基盤研究(A)(JP23H00403)、学術変革領域研究(A)(JP22H05183)、日本医療研究開発機構 先進的研究開発戦略センター (AMED SCARDA)ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群大阪府シナジーキャンパス(大阪大学ワクチン開発拠点)」(JP223fa627002)などの支援を受け、徳島大学、兵庫医科大学、金沢大学の共同研究チームによって実施されました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を

用語説明

自然免疫型T細胞

MHC分子に提示されるタンパク質抗原(ペプチド)を認識する通常のT細胞と異なり、個体間で共通する抗原提示分子に提示される脂質や代謝物を認識し、自然免疫と獲得免疫の中間的な役割を担う。NKT細胞の他に、粘膜関連インバリアントT(MAIT)細胞、γδ T細胞などが含まれる。

NKT細胞

自然免疫型T細胞の一つで、CD1d分子に提示される脂質を認識して分化、活性化する。ナチュラルキラー細胞とT細胞の両方の特徴を併せ持ち、がん細胞の排除に働くことから、がん免疫治療の分野で注目されている。また、感染症や免疫関連疾患における働きも報告されている。

プロテインキナーゼ

基質となるタンパク質をリン酸化することで、活性化や局在を調整し、基質分子の機能を制御する酵素。

転写因子

特定のDNA配列を認識して結合することにより、遺伝子の転写開始や調整を行うタンパク質。

アイソフォーム

単一遺伝子あるいは遺伝子ファミリーに由来する、類似した機能を持つタンパク質を指す。

タンデム質量タグ

質量分析を用いた相対定量プロテオミクスにおいて、複数のサンプルを同時に分析し、比較することを可能にする安定同位体標識。