
体内で精子が卵と出会うための仕組みを解明
男性不妊症に対する分子診断法の開発や避妊薬開発に期待
研究成果のポイント
- 精子が子宮と卵管の接合部(UTJ)に結合・通過し、卵を覆う糖タンパク質の層(卵透明帯)に結合する伝達経路において、精子タンパク質GALNTL5がその最終段階を担うことを発見した。
- GALNTL5がUTJや卵透明帯に存在する糖鎖中のGalNAcと相互作用することで、精子はUTJに結合・通過および卵透明帯に結合することが示された。
- 男性不妊の原因遺伝子として検査・診断の対象となる可能性や、避妊薬開発への応用が期待できる。
概要
精子が体内で卵と出会うためには、精子が子宮から卵管へと移行する必要があります(図1)。精子の卵管への移行には、精巣など雄生殖組織で発現する30ほどの遺伝子が関与するものの、その分子メカニズムはよく分かっていませんでした。また、子宮から卵管へと移行できない精子を体外で卵丘細胞を除去した卵と共培養すると、精子は卵透明帯にほとんど結合できません。この結果から、精子の卵管への移行と卵透明帯への結合には共通の分子メカニズムが存在する可能性が示唆されていました。
熊本大学 生命資源研究・支援センターの野田大地 准教授、瓜生怜華 大学院生は、大阪大学微生物病研究所の伊川正人 教授およびベイラー医科大学のMartin M. Matzuk(マーティン M. マツック) 教授らとの国際共同研究により、マウス精子タンパク質GALNTL5が子宮と卵管の接合部(UTJ)や卵透明帯表面に存在する糖鎖中のN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)と相互作用することで、精子は子宮から卵管へと移行し、その後卵透明帯に結合できることを見出しました(図2)。本研究成果は、男性不妊の原因遺伝子としてとして検査・診断の対象となる可能性や、避妊薬開発への応用が期待できます。
本研究成果は、英国科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ(Nature Communications)」に、9月17日(水)午後6時(日本時間)以降に公開されました。
図1. 体内で精子が卵と出会うまで。
体内に射出された精子は、子宮と卵管の接合部(UTJ)を通過して、卵管膨大部でようやく卵と出会って受精します。
図2. 本研究成果の概要。
精子表面に存在するGALNTL5と、UTJや卵透明帯に存在する糖鎖中のN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)との相互作用を通して、精子はUTJに結合・通過(A)および透明帯に結合(B)できます。
研究の背景
体内に射出された精子は、子宮から卵管へと移行して、卵管膨大部で卵と出会って受精します(図1)。精巣など雄生殖組織で発現する30ほどの遺伝子をそれぞれ欠損(knockout; KO)させたマウスの精子は、形態や運動性は正常にも関わらず、UTJを通過できないため、KO雄マウスはほぼ不妊になることが報告されています。
しかし、これらの因子がどのように精子のUTJ通過に関与するのか、その分子メカニズムはよく分かっていませんでした。また、UTJを通過できないKO精子を卵と共培養すると、精子は卵透明帯にほとんど結合できません。この結果は、精子のUTJ通過と卵透明帯結合には共通する分子メカニズムが存在する可能性を示唆しています。
研究の内容
本研究グループはゲノム編集技術CRISPR/Cas9を使って、精巣で強く発現する糖転移酵素様遺伝子Galntl5をKOしたマウスを樹立しました。Galntl5 KO雄マウスは、精子の形態や運動性は正常であるものの、ほぼ不妊でした。そこで、Galntl5 KO雄マウスの精子を赤色で蛍光標識して、交配後の雌性生殖路内における精子の挙動を子宮壁越しに生きたまま観察しました。その結果、Galntl5 KO精子は子宮内に十分量存在するにもかかわらず、卵管内にはほとんど存在しませんでした(図3A)。またUTJに注目したところ、コントロール精子(正常な精子)と比較してGalntl5 KO精子はUTJにほとんど結合しませんでした(図3B)。
図3. Galntl5 KO精子の表現型解析結果。
赤色や緑色で蛍光標識したコントロール精子とGalntl5 KO精子の雌性生殖路内における挙動を観察しました。Galntl5 KO精子は子宮内に存在するにもかかわらず卵管内にはほとんど観察できませんでした(A)。そこでUTJに注目すると、コントロール精子と比べてGalntl5 KO精子はUTJにほとんど結合できませんでした(B)。さらにGalntl5 KO精子は卵透明帯にもほとんど結合できませんでした(C)。図は本論文から引用・改変しました。
以上から、Galntl5 KO精子がUTJに結合できない結果、精子は卵管へと移行できず卵と出会えないため、Galntl5 KO雄マウスはほぼ不妊になることが分かりました。また、卵丘細胞を除去した卵とGalntl5 KO精子を体外で共培養したところ、KO精子は卵透明帯にほとんど結合できませんでした(図3C)。
背景で触れたように、雄生殖組織で発現する約30の遺伝子をそれぞれ単独で欠損させると、KO精子はUTJ通過不全や卵透明帯結合不全を示します。これらの大半のKO精子において、精子膜タンパク質ADAM3が消失します。一方、精子膜タンパク質LYPD4 KO精子では、ADAM3が残っているにも関わらず、UTJ通過不全や卵透明帯結合不全を示しました。このようにして、精子のUTJ通過や卵透明帯結合にはADAM3依存的およびADAM3非依存的な経路が存在することが示唆されていました。そこで、Galntl5 KO精子における既知のUTJ関連因子(精子膜タンパク質のADAM3やLYPD4など)の存在量を調べたところ、コントロール精子と大きな違いはありませんでした(図4A)。一方、Adam3やLypd4をKOした精子においてGALNTL5はほぼ消失しました(図4B)。この結果は、GALNTL5がADAM3依存的およびADAM3非依存的な経路で共通して必要な最下流因子であることを示します。
図4. KO精子におけるUTJ関連因子の検出。
精子のUTJ通過や卵透明帯結合にはADAM3依存的およびADAM3非依存的な経路が存在します。そこでADAM3依存的および非依存的経路に必要な精子タンパク質ADAM3とLYPD4を調べましたがコントロール精子とGalntl5 KO精子間で存在量に大きな差は見られませんでした(A)。一方、Adam3 KOやLypd4 KO精子でGALNTL5はほぼ消失しました(B、黄色矢印)。この結果から、GALNTL5はADAM3依存的および非依存的経路で共通して必要な最下流因子であることが分かりました。図は本論文から一部引用・改変しました。
GALNTL5が精子のUTJ結合・通過や卵透明帯結合にどう関与するのかを明らかにするため、本研究グループはGALNTL5に存在する糖転移酵素ドメインに注目しました。糖鎖に結合するレクチンを用いて、GALNTL5消失が精子における糖鎖修飾のパターンを変化させた可能性を調べたところ、コントロールとGalntl5 KOの精子間で大きな違いはありませんでした。一方、生化学的手法により、この糖転移酵素ドメインを使ってマウスやヒトのGALNTL5は単糖の一種であるN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)と結合することが分かりました(図5)。
図5. GALNTL5とN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)との結合。
GalNAc結合ビーズが充填されたカラムにレクチンなどのタンパク質を入れます。カラムの洗浄過程で、ビーズにトラップされたタンパク質以外はほとんど除去されます。その後、阻害糖(GalNAc)を加えると、競合阻害によりビーズにトラップされたタンパク質が抽出できます(A)。GALNTL5合成タンパク質をGalNAc結合ビーズが充填されたカラムに入れると、GALNTL5は抽出液中で検出できました(B)。図は本論文から引用・改変しました。
また、GalNAcと結合するレクチンを用いた免疫染色により、UTJにおける上皮細胞や卵透明帯の表面にGalNAc修飾タンパク質が存在することが分かりました。さらに、UTJや卵透明帯に存在するGalNAcをブロックしたところ、UTJや卵透明帯に結合する精子数が減少しました(図6)。以上から、GALNTL5はUTJや卵透明帯に存在するGalNAcと相互作用することで精子はUTJの結合・通過および卵透明帯に結合できることが分かりました。
図6. UTJや卵透明帯のGalNAcをブロックすると結合する精子が減少する。
UTJや卵透明帯に存在するGalNAcをGalNAc特異的に結合するDBAレクチンを使ってブロックした後に精子と共培養しました。その結果UTJ(上段)や卵透明帯(下段)に結合する精子が減少しました。図の一部は本論文から引用・改変しました。
今後の展開
国内では、約4.4組に1組のカップルが不妊の検査や治療を受けたことがあり、不妊症の原因の約半数は男性側にあるとされています。報告によりばらつきはあるものの、男性不妊の4~5割は原因不明であり、この問題を解決するためにも体内で精子が受精する分子メカニズム解明が期待されています。本研究で注目したGALNTL5はヒトでも備わっており、また本論文においてヒトGALNTL5もGalNAcと結合する能力があることを明らかにしました。このように、本研究で得られたGALNTL5とGalNAcの結合を介した精子のUTJ結合・通過や卵透明帯結合はヒトを含む多くの動物種で保存されると考えています。ヒトGALNTL5ゲノムDNA配列において、すでに複数の変異が見つかっており、その中にはアミノ酸が変わるミスセンス変異も含まれています。これらの変異と男性不妊症との相関性などを今後詳細に解析することで、男性不妊の新たな原因遺伝子として、GALNTL5が診断・検査の対象となる可能性が考えられます。さらに、精子がUTJにおけるGalNAcと結合することで卵管へ移行し受精するという本研究成果を基に、避妊薬などの開発につながることが期待されます。
特記事項
【論文情報】
掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:GALNTL5 binds GalNAc and is required for migration through the uterotubal junction and sperm-zona pellucida binding
著者:Taichi Noda*,**, Reika Uriu*, Daisuke Mashiko, Hina Shinohara, Yongcun Qu, Ayumu Taira, Ryan M. Matzuk, Duri Tahala, Motochika Nakano, Kimi Araki, Zhifeng Yu, Ying Zhang, Martin M. Matzuk**, and Masahito Ikawa**
*共同筆頭著者
**:共同責任著者
DOI:10.1038/s41467-025-63805-4
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-63805-4
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR2148)、同 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR21N1)、日本医療研究開発機構(AMED)/ASPIRE医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業「次世代生殖補助医療に資する国際共同研究」、科学研究費補助金、武田科学振興財団研究助成、中島記念国際交流財団研究助成、千里ライフサイエンス振興財団研究助成、稲盛財団研究助成、持田記念医学薬学振興財団研究助成、OUマスタープラン実現加速事業、およびNational Institute of Health Grantの支援を受けて行いました。
本研究は、熊本大学、大阪大学、Capital University of Physical Education and Sports、Beijing Normal University、およびBaylor College of Medicineとの共同で行いました。
用語説明
- 卵丘細胞
卵子を覆う細胞層。卵子の発達や受精を制御する。
- 卵透明帯
卵を覆っている糖タンパク質の層。受精するためには、精子は透明帯を通過する必要がある。
- 糖転移酵素ドメイン
糖鎖を合成する際に糖ヌクレオチドを標的とするタンパク質に付加する機能を持つ。
