MRIは脳の水の動きを直接測れるか?

MRIは脳の水の動きを直接測れるか?

MRIと流体工学の融合による新理論の開発

2025-9-11生命科学・医学系
基礎工学研究科准教授大谷 智仁

研究成果のポイント

  • MRIを使って脳内の水の動態を直接推定できる、新しい理論的枠組みを構築
  • 従来の計測法では脳内の水のような遅い流れの正確な定量化は困難だったが、流体工学の観点からMRI信号理論を再構築することで、MRI信号が本来含んでいる流れの情報の抽出を実現
  • 脳脊髄液の流れや脳内の老廃物排出システムの解明に役立つことが期待され、将来的には認知症や神経疾患の新しい診断手法の開発につながる可能性に期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の大谷智仁准教授、和田成生教授、北海道大学の尾藤良孝特任講師、名古屋市立大学の山田茂樹准教授、滋賀医科大学の渡邉嘉之教授による研究グループは、脳脊髄液など、頭蓋内や脳内の水の動きをMRIから定量的に推定するための汎用的な理論の構築に成功しました。

従来のMRIによる流れ計測では、脳脊髄液のような遅い流れの定量化は難しく、水分子の拡散を計測する方法である「拡散強調MRI」を応用し、「見かけの拡散係数」により間接的に評価してきました。これまでにも、見かけの拡散係数から流れの情報を抽出する試みが行われてきましたが、多くは特定の条件での仮定にとどまり、一般的に適用できる理論がなく、計測情報の定量性が大きな課題になっていました。

本研究グループは、流れ場の性質を説明する流体工学と核磁気共鳴方程式に基づき、MRI信号の成り立ちを再考しました。そして、見かけの拡散係数が流速分布のばらつきと対応することを示すとともに、MRIの信号が本来持つ流れの情報の解明に成功しました。この成果は、脳内の水の動き、すなわち、脳脊髄液の流れや老廃物除去システムの解明への応用や新たな診断・治療法開発への貢献が期待されます。

本研究成果は、国際磁気共鳴医学会が発行する科学誌「Magnetic Resonance in Medicine」に、9月5日(金)公開されました。

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図1. MRIからの遅い流速分布の抽出(概念図)

研究の背景

脳内やその周囲は、脳脊髄液と呼ばれる無色透明な液体で満たされており、脳脊髄液の流れは、脳内の老廃物の排出に重要な役割を果たすと考えられています。MRIは体内の三次元的な水の流れを非侵襲に計測できる唯一の技術であり、多くの研究で脳脊髄液の流れ計測が試みられてきました。しかし、脳脊髄液の流れは遅く、一般的なMRIの流れ計測では検出精度に限界があるため、水の分子拡散を測る「拡散強調MRI」を応用し、「見かけの拡散係数」に置き換えて評価してきました。これまでにも、見かけの拡散係数から流れの情報を理解する試みが行われてきましたが、多くは特定の条件を仮定しており、一般的に適用できる汎用的な理論がなく、計測データの定量性に大きな課題がありました。

研究の内容

研究グループでは、流れ場の性質を説明する流体工学の観点から、MRI信号の成り立ちを核磁気共鳴の方程式に立ち戻って紐解き、見かけの拡散係数がMRI画像を構成する画素内の流速分布のばらつきと対応することを理論的に示しました。特に遅い流れの計測において、MRIの信号が本来持つ流れの情報の解明に成功しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、今まで困難だった遅い水の流れをMRI信号から直接推定するための理論的な道筋が示されました。脳脊髄液の流れや、脳が老廃物を除去するしくみをより正確に理解できると期待されます。将来的には、認知症や神経疾患の早期発見や新しい診断・治療法の開発につながる可能性があります。

特記事項

本研究成果は、2025年9月5日(金)に国際磁気共鳴医学会が発行する科学誌「Magnetic Resonance in Medicine」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“A theoretical interpretation of diffusion weighted and intravoxel incoherent motion imaging for cerebrospinal fluid flow”
著者名:Tomohiro Otani, Yoshitaka Bito, Shigeki Yamada, Yoshiyuki Watanabe, and Shigeo Wada
DOI:https://doi.org/10.1002/mrm.70062

なお、本研究は、科学研究費(23K11830、 24K02408、 24K02557、 25K15857、 25K03452)、文部科学省スーパーコンピュータ富岳成果創出加速プログラム「「富岳」で実現するヒト脳循環デジタルツイン」(JPMXP1020230118)、中谷財団奨励研究助成の一環として行われました。

参考URL

大谷智仁 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/16cc95f04ce2c91c.html

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

脳脊髄液

脳の内外に充満する無色透明の液体。