磁束量子を半整数へ切替えるトポロジカル超伝導体

磁束量子を半整数へ切替えるトポロジカル超伝導体

新たな量子コンピュータデバイスへの道

2025-9-4自然科学系
理学研究科教授新見 康洋

研究成果のポイント

  • 半金属ビスマスと強磁性体金属ニッケルを積層させた超伝導薄膜リングにおいて、リング内に捕捉される磁束量子が、磁場を増やすと整数から半整数(例:1.5、2.5など)に切り替わることを発見。
  • 超伝導量子コンピュータには、超伝導ギャップが等方的に開いている超伝導体が用いられており、超伝導ギャップに異方性があるものや、トポロジカル超伝導体は使用されたことがなかった。
  • 磁束量子が整数から半整数に切り替わる振舞いは、超伝導ギャップに異方性があり、スピン軌道相互作用が働く場合に発現する新現象であることが理論計算との比較から判明し、ビスマスとニッケルの薄膜がトポロジカル超伝導体であることが示唆された。
  • わずかな外部磁場で整数個から半整数個へとリング内に捕捉される磁束量子を変化できる機能により、将来的に超伝導量子コンピュータへの応用に期待。

概要

大阪大学大学院理学研究科物理学専攻の新見康洋教授らの研究グループは、同研究科宇宙地球科学専攻の青山和司助教、同大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻の水島健准教授、東邦大学理学部物理学科の大江純一郎教授、京都大学化学研究所の小野輝男教授、中国復旦大学のXiaofeng Jin教授、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の小林研介教授と共同で、スピン軌道相互作用の強い半金属「ビスマス」と強磁性体金属「ニッケル」を積層させた超伝導薄膜リングにおいて、リング内に捕捉される磁束量子が、通常の整数から半整数(例:1.5、2.5など)へと切り替わる現象を発見しました。このことは、ビスマスとニッケルの薄膜がトポロジカル超伝導体であることを示唆する結果です。

トポロジカル超伝導体は、量子情報科学の分野で注目されている「マヨラナ準粒子」の実現に不可欠な材料であり、マヨラナ準粒子は環境ノイズに強い耐性を持つ量子ビットとして、次世代の量子コンピュータの構築に大きな可能性を秘めています。現在の超伝導量子コンピュータには主に超伝導ギャップが等方的に開いているスピン一重項s波超伝導体が用いられていますが、超伝導ギャップに異方性があるものや、トポロジカル超伝導体に関しては、未だ使用されたことがありません。

研究グループは、作製した超伝導薄膜リングに電流を流し、リングを貫く磁場を掃引することで、磁束量子の捕捉数がある磁場を境に整数個から半整数個へと振舞いを観測しました。この現象は、超伝導ギャップの異方性とスピン軌道相互作用が組み合わさることで現れる新しい物理現象であり、この薄膜がトポロジカル超伝導体であることを示唆しています。

わずかな外部磁場で整数個から半整数個へとリング内に捕捉される磁束量子を変化できる機能は、将来的に超伝導量子コンピュータへの応用が期待できます。

本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、2025年9月4日(木)午前3時(日本時間)に公開されました。

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図1. (左)酸化マグネシウム基板上に成長させた強磁性金属ニッケル(2 nm)と半金属ビスマス(35 nm)の2層薄膜の模式図。(右)薄膜リングデバイスの模式図。 Hは印加した外部磁場。

研究の背景

近年、超伝導体をベースとした量子コンピュータが盛んに研究されています。このような超伝導量子コンピュータには主に、ニオブやアルミニウムのような超伝導ギャップが等方的に開いているスピン一重項s波超伝導体が用いられています。一方、超伝導ギャップに異方性があるものや、トポロジカルな性質をもつトポロジカル超伝導体に関しては、未だ使用されたことはありません。

トポロジカル超伝導体は、マヨラナ準粒子を実現する舞台として近年注目されており、マヨラナ準粒子はそれ自体が環境ノイズに強い耐性を持つ量子ビットなため、マヨラナ準粒子を活用した量子コンピュータの実現が期待されています。超伝導量子コンピュータの進展に伴い、量子ビット数を増やす研究とともに、環境ノイズに強い耐性を持つマヨラナ準粒子を実現するトポロジカル超伝導体を探索する研究が世界中で行われています。

そこで研究グループは、半金属ビスマスと強磁性金属ニッケルを酸化マグネシウム基板上に成長させた2層薄膜に着目しました。この2層薄膜は4 K(-269℃)程度で超伝導に転移すること、さらに超伝導転移後もニッケルの磁性は保たれていることなどが先行研究で示されており、トポロジカル超伝導体の有力な候補であることが指摘されていました。

研究の内容

研究グループは、酸化マグネシウム基板上に成長したビスマスとニッケルの2層薄膜を、半径1 μm程度のリング型に加工し、超伝導が完全に壊れない程度の電流を印加しながら、リング内を貫通する磁場Hを掃引しました。磁場が小さい範囲では、リング内に磁束量子が一本入る磁場H0の周期で抵抗が振動し、ちょうど整数個入ると抵抗は極小値を示します。磁束量子がリング内に7~8本入る程度に磁場を印加すると(H = 7~8H₀)、抵抗の振動が消失し、さらに磁場を印加すると、抵抗の振動が復活するだけでなく、抵抗の極小は、リング内に磁束量子が半整数個入ったところに変化することを発見しました(図2)。つまり、磁場領域に応じて、磁束量子が整数から半整数へと切り替わることになります。このような磁束量子の切り替わりは、ビスマスとニッケルの2層薄膜に特有の現象で、単純なニオブリングや、ニオブとニッケルの2層薄膜リングを用いても観測されませんでした。

この結果を、理論計算と比較すると、ビスマスとニッケルの2層薄膜が、トポロジカル超伝導体の1種であるカイラルp波超伝導体で、さらにスピン軌道相互作用が働く場合にのみ、磁束量子の整数-半整数切替えが生じることが分かりました。

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図2. 図1のリングで観測された抵抗の振動。外部磁場Hが小さい範囲では、抵抗の極小値はH/H0の整数倍(黒点線)となるが、リング内に磁束量子が7~8本入ると(図中矢印)、抵抗の極小値は半整数倍(赤点線)へと変化する。測定は、超伝導転移温度のおよそ0.6倍の2.47 Kで行った。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、半金属ビスマスと強磁性金属ニッケルの2層薄膜が、トポロジカル超伝導体の1種であるカイラルp波超伝導体であることを示しただけでなく、今後、ビスマスとニッケルの2層薄膜を用いることで、超伝導量子コンピュータの研究に新たな機能が付与できる可能性があります。

特記事項

本研究成果は、2025年9月4日(木)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Observation of the crossover from quantum fluxoid to half-quantum fluxoid in a chiral superconducting device”
著者名:Masashi Tokuda, Fumiya Matsumoto, Noriaki Maeda, Tomo Higashihara, Mai Nakao, Mori Watanabe, Sanghyun Lee, Ryoya Nakamura, Masaki Maeda, Nan Jiang, Di Yue, Hideki Narita, Kazushi Aoyama, Takeshi Mizushima, Jun-ichiro Ohe, Teruo Ono, Xiaofeng Jin, Kensuke Kobayashi, and Yasuhiro Niimi
DOI: https://doi.org/10.1126/sciadv.adw6625

なお、本研究は、科学研究費(JP16H05964, JP17K18756, JP19H05826, JP20H02557, JP20K03860, JP20H01857, JP20J20229, JP21H01039, JP21K03469, JP22H01221, JP22H04480, and JP22H04481, JP24H00007)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR2134)、マツダ財団、島津科学技術振興財団、矢崎科学技術振興記念財団、SCAT研究助成、旭硝子財団からの支援の下、行われました。

SDGsの目標

  • 04 質の高い教育をみんなに
  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

磁束量子

磁束の最小単位で、超伝導体の場合には、h/2e (= 2.07×10-15 ウェーバ)となる。hはプランク定数、eは素電荷を示す。H0は リング内に磁束量子がちょうど1本入るときに印加した外部磁場に対応し、本実験ではおおよそ1 mTである。

超伝導ギャップ

2電子がクーパー対を形成することにより得られるエネルギー利得に対応する。スピン一重項s波超伝導体の場合には、波数空間において、エネルギーギャップは等方的に開くのに対し、スピン三重項p波超伝導体の場合には、波数空間に線状や点の節が存在するため、異方的超伝導体とも呼ばれる。

トポロジカル超伝導体

トポロジカル超伝導とは、電子の波動関数が非自明な位相幾何学的(トポロジカル)な構造を持つ超伝導体のことを指す。通常の超伝導体は等方的なエネルギーギャップを持つのに対し、トポロジカル超伝導体ではこの位相幾何学的な構造のため表面や端にギャップが閉じた構造を持つ。

スピン軌道相互作用

電子のスピンと軌道角運動量との相互作用のことで、相対論的効果である。ビスマスのような原子番号の大きな元素は、スピン軌道相互作用が強くなる。

マヨラナ準粒子

1937年にMajorana(マヨラナ)が理論的に提案した粒子で、粒子がそれ自身の反粒子になる特徴を持つ。特にトポロジカル超伝導体の表面や端では、マヨラナ準粒子は電子の波と正孔(電子の抜けた穴)の波との重ね合わせとして現れる。