
紫外線で壊れたDNAをどう直す?光で働く修復酵素のしくみを解明
DNA修復に不可欠な“光の第一ステップ”を捉えることに成功
概要
兵庫県立大学大学院理学研究科の久保稔教授の研究グループは、大阪大学大学院基礎工学研究科の山元淳平准教授、筑波大学計算科学研究センターの重田育照教授らと共同で、DNAの損傷を光で修復する酵素の反応過程を詳しく解析しました。そして独自開発の分光計測技術を用いて、修復反応の途中で一時的に現れる「オキセタン中間体」を世界で初めて実験的に捉え、その存在を裏付けることに成功しました。
DNAは紫外線を浴びると特定部位に化学反応が起こり、「(6-4)光産物」という損傷構造が形成されます。このDNA損傷は細胞にとって有害であるため、多くの生物は「(6-4)光回復酵素」と呼ばれる酵素を使って修復を行います。この酵素は青色光のエネルギーを利用してDNAを修復しますが、修復には2回の光吸収が必要であり、特に最初の光によって生成される反応中間体の正体は長らく不明でした。
今回、研究グループは、紫外線や赤外線を用いた分光測定を駆使して、第一の光で生成される反応中間体を捉えることに成功しました。この中間体では、損傷した2つのDNA塩基が「オキセタン」と呼ばれる特殊な環状構造を形成しており、さらに第二の光の作用によってこの環構造が切断されることで、DNAは正常な形に戻ることがわかりました。
この成果は、光によって損傷DNAを段階的に修復するという酵素反応の核心を分子レベルで解明するものであり、光誘導型DNA修復ツールの設計に向けた基盤的な知見を提供するものです。本研究成果は、国際科学雑誌「Communications Chemistry」に2025年8月29日午後6時(日本時間)に掲載されました。
研究の背景
私たちの遺伝情報を担うDNAは、紫外線(UV)にさらされることで、化学的な損傷を受けることがあります。なかでも「(6-4)光産物」と呼ばれる損傷は、DNA中の隣接する2つの塩基(チミンやシトシン)が異常に結合し、そのあいだで酸素原子(O原子)が移動することで生じます(図1)。この損傷構造は極めて複雑で、細胞の遺伝情報を乱したり、がんの原因になることが知られています。
このようなDNA損傷に対して、多くの生物は「(6-4)光回復酵素」という酵素を使って修復を行います。(6-4)光回復酵素は、青色光(blue light)を吸収することで活性化し、DNAを元の形に戻すことが知られています(図1)。具体的には、酵素に含まれる補因子フラビン(FAD)が青色光を受け取り、(6-4)光産物に電子を一時的に送り込むことで修復が進行します。しかしこの仕組みの詳細は、長らく謎のままでした。これは、(6-4)光産物の修復効率が低く、修復途中で現れる反応中間体を捉えることが技術的に困難だったためです。
また、(6-4)光産物の修復には2回の光吸収が必要であることが山元らの過去の研究からわかっていましたが、「1回目の光で何が起こっているのか?」「2回目の光は何に作用しているのか?」といった根本的な問いが残されていました。
こうした背景のもと、今回の研究では、最新の時間分解分光技術と独自開発の試料交換システムを組み合わせることで、修復反応の途中で現れる反応中間体を直接観測し、その化学構造の解明に挑みました。
図1. 紫外線によって生じる(6-4)光産物と(6-4)光回復酵素によるDNAの光修復
DNAに紫外線が当たると、(6-4)光産物と呼ばれるDNA損傷が生じる。この損傷は、(6-4)光回復酵素による2段階の光反応をとおして修復される。
研究の内容
本研究では、(6-4)光回復酵素によるDNA修復において、第一の光で誘起される反応を捉えるために、FADや(6-4)光産物が示す紫外線・赤外線の吸収変化を時間分解測定でモニターしました(時間分解紫外吸収分光法および時間分解赤外吸収分光法)。紫外吸収測定では、第二の光が試料に当たらないよう、試料を微量に流しながらデータを取得しました。一方、赤外吸収測定では、多数の微小な区画に保持した試料に第一の光だけが当たるよう工夫し、赤外顕微鏡で観測を行いました。このように設計・構築した独自の自動測定システムを活用することで、第一の光によって進行する酵素反応を精度良く追跡することに、世界で初めて成功しました。
紫外吸収測定の結果、第一の光を当てたわずか500マイクロ秒以内に、FADと(6-4)光産物のあいだで電子のやり取りが起こり、反応中間体が生成される様子が観測されました。この中間体は250ナノメートル付近の紫外線を吸収する性質を持っていました。さらに、赤外吸収測定によって、この反応中間体が約11マイクロメートル(900 cm-1)付近の赤外線領域に特徴的な吸収を示すこともわかりました。これらの分光情報と量子化学計算を組み合わせることで、この反応中間体が「オキセタン」と呼ばれる特殊な環状構造をもつことが明らかになりました(図2)。この構造は、損傷形成時に移動した酸素原子(O原子)の再配置をともなう構造変化の中間地点にあたります。
オキセタンはこれまで、DNAが紫外線で損傷を受ける過程でごく短時間だけ現れる構造とされてきました。今回の研究は、この構造が修復過程においても酵素環境下で現れ、第二の光に反応するための中間的な状態として存在していることを示したものです。この発見は、損傷と修復の両過程に共通して現れる分子構造の存在と、それを動的に制御する酵素の働きを実験的に示した、世界初の成果です。
図2. オキセタン中間体を経由したDNA修復のしくみ
第一の光を受けた酵素が(6-4)光産物に電子を送り込むと、一時的に「オキセタン」と呼ばれる環構造が現れる。この構造は、損傷形成時に移動した酸素原子(O原子)が元の位置に戻りかけている状態であり、修復の“折り返し点”にあたる。その後、第二の光の作用でこの環構造が切断され、DNAは正常な形に戻る。
今後の展開
本研究により、(6-4)光回復酵素がオキセタン中間体を形成・保持するという、新たな酵素制御のしくみが明らかになりました。本研究で使用した(6-4)光回復酵素は、両生類アフリカツメガエル由来のものです。この真核生物の酵素による修復反応がオキセタンを経由することが、実験的に示されました。今後は他の動植物や微生物の(6-4)光回復酵素との比較を通じて、DNA修復の進化的保存性や精緻な制御機構の理解がさらに進むことが期待されます。また、本研究の成果は、光を利用したDNA修復のしくみを分子レベルで理解するうえで重要な知見を提供するだけでなく、将来的な光誘導型DNA修復ツールの開発に向けた基盤知識としても貢献するものです。
さらに、今回活用された試料交換型の時間分解分光技術は、従来の手法では捉えにくかった一過性の反応を追跡できる可能性を大きく拡げました。今後はこの技術を、他の光依存性酵素や光駆動型タンパク質複合体へと応用することで、より広範な生体分子の機能解明が進むと期待されます。
特記事項
【論文情報】
題名:Infrared and ultraviolet spectroscopic characterization of a key intermediate during DNA repair by (6-4) photolyase
日本語訳:(6-4)光回復酵素によるDNA修復中間体の赤外および紫外分光学的解析
著者:Daichi Yamada, Ai Kadono, Tatsumi Maeno, Wataru Sato, Sachiko Yanagiwasa, Toshihiko Hamamura, Yasuteru Shigeta, Junpei Yamamoto, Minoru Kubo*(*は責任著者)
ジャーナル名:Communications Chemistry
DOI:10.1038/S42004-025-01625-9
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP19H05784、JP22H02588、JP24H02263、JP20H05442、JP22H04751)、科学技術振興機構(JST)FOREST(JPMJFR2057)による助成を受けて実施されました。
用語説明
- (6-4)光産物
紫外線によってできるDNA損傷の一つ。隣り合う2つの塩基(チミンやシトシン)のあいだで、酸素原子(O原子)が移動し、塩基同士が異常に結合した構造をもつ。細胞の働きや遺伝情報の伝達を妨げる原因となる。
- (6-4)光回復酵素
青色光のエネルギーを利用して、(6-4)光産物を元のDNA構造に戻すフラビン酵素。多くの生物がこの酵素を使って紫外線によるDNA損傷を修復している。ただし、ヒトを含む有胎盤哺乳類ではこの酵素が失われており、DNAを光で修復する機構を持たない。
- 反応中間体
化学反応の途中で一時的に存在する分子や化学種のこと。酵素の働きによって生じ、次の反応段階へ進む前にごく短い時間だけ現れる。
- オキセタン
酸素原子1つと炭素原子3つが輪のようにつながった環状構造(四員環)をもつ有機化合物。
- フラビン
ビタミンB₂(リボフラビン)に由来する分子で、光や酸化還元反応に関わる補因子として多くの酵素に含まれている。代表的なフラビン補因子の一つがFAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)であり、(6-4)光回復酵素では、FADが青色光を受け取った後に(6-4)光産物へ電子を渡すことで、修復反応が始まる。
- 時間分解紫外吸収分光法
分子が紫外線を吸収する様子の時間変化を追跡する分光法。DNAは紫外域に特有の紫外線吸収パターンを示すため、DNA修復反応の進行を調べる手段として有用である。
- 時間分解赤外吸収分光法
分子が赤外線を吸収する様子の時間変化を追跡する分光法。DNAを含むあらゆる分子はそれぞれ特有の赤外線吸収パターンを示すため、反応中間体の分子種を同定する手段として有用である。
- 量子化学計算
量子力学にもとづいて分子の構造やエネルギーを予測する計算手法。紫外吸収スペクトルや赤外吸収スペクトルなども、理論的にシミュレーションすることができる。
