編み物の端が丸まるのはなぜか?

編み物の端が丸まるのはなぜか?

産業応用に向けた新たなデザイン技術の鍵

2025-3-7工学系
基礎工学研究科教授垂水竜一

研究成果のポイント

  • 編み物のカール挙動について、実験およびシミュレーションを組み合わせて検討しました。
  • カールの方向は編み数比に応じて変化することを明らかにしました。
  • 編み物の機械的な異方性はカール挙動に深く関与していることが示唆されました。
  • ループの3次元的な形状がカールの発生とその方向に影響を及ぼすことを明らかにしました。

概要

慶應義塾大学大学院理工学研究科の田尻琴音(修士課程1年)、同大学理工学部機械工学科の佐野友彦 専任講師、大阪大学大学院基礎工学研究科の村上立樹(修士課程1年)、小林舜典 助教と垂水竜一 教授らの研究グループは、編み物が自然にカールする現象のメカニズムを実験とシミュレーションを組み合わせて明らかにしました。

最も基本的な編み方のひとつである平編み構造は、曲げられた糸の周期的な格子で構成され、端部では3次元的なカール形状が自然に生じます。編み物の力学特性に関する多くの研究は2次元的なモデル化に基づいており、3次元的な関係性は十分に明らかにされておりませんでした。編み物のカール挙動は、糸に作用する力やモーメント、単一ループ形状、力学的特性、そして摩擦などが複雑に関連しているため、3次元解析が必要となります。そこで、本研究では、編み機を用いて長方形平編み構造に生じる3次元的なカール形状を系統的に作成し、実験とシミュレーションを通じてループ形状と力学特性がカール形状に相関することを示しました。カール形状は編み数比に応じて変化し、ループ形状が編み物の機械的な異方性に影響を与えることが明らかになりました。本研究の結果は、単一ループ形状の変化が、編み物全体の3次元的な自然形状を制御する可能性を有することを示唆しており、編み物を用いた複合材料ウェアラブルデバイス、アクチュエータなどの産業応用において、より複雑な3次元形状の予測やデザイン・設計技術の発展に寄与することが期待されます。

本研究成果は、2025年2月25日に英国科学雑誌『Extreme Mechanics Letters』にオンライン掲載されました。

研究の背景

編み物は、曲げられた糸のループ(編み目)が相互に絡み合うことで形成された構造をもつ生地のことです。中でも、平編み構造(メリヤス編み)は最も基本的な編み方の一つであり、同じループ構造が横方向(水平方向)および縦方向(垂直方向)に配列されることで構成されています。平編み構造をもつ編み物の端部では、自然に3次元的なカールが発生することが知られています[1]。同一のループ構造が整列した編み物は、引張荷重のもとでループが滑ることによって高い弾性特性を有します。この特性は、編み物を補強材として利用することでシート材料の強度を向上させるなど、複合材料の設計に応用されています[2]。また、編み物の優れた柔軟性はドレープ性を生み出し、複雑なウェアラブルデバイスの開発にも利用されています[3]。さらに、編み物は異方性のある機械的応答を示します。これは、単一ループの幾何学的な異方性に起因するものであり、伸縮可能なアクチュエータや曲げアクチュエータでは、この機械的異方性が活用されています[4]。このように、編み物の3次元形状の形成とその工学的応用については、これまで様々なアプローチで研究が行われてきました。しかし、それらの解析は2次元的なモデル化にとどまっており[5]、編み物の3次元的な変形挙動の予測や制御を行う手法については、未解明な点が多く残されています。そのため、編み物の3次元特性を理解し、カール挙動のメカニズムを解明することは、より高度な工学的設計への応用において重要な課題となっていました。

研究の内容

本研究では、これまであまり着目されてこなかった1ループ当たりの形状と3次元的なカール挙動の関係を、実験とシミュレーションを組み合わせて解明しました。市販の編み機を用いて、水平方向の編み数Nwおよび垂直方向の編み数Ncをそれぞれ系統的に変化させた平編み構造をもつ長方形編み物を作成し、カール形状を分類しました。編み数比Nw/Ncに応じて、ウェール方向に巻かれたside curl形状、コース方向に巻かれたtop/bottom curl形状、さらに両者の巻き方が共に現れるdouble curl形状の3つの形状が現れることを実験的に明らかにしました(図1(a))。これらのカール挙動の違いは、単一ループの形状の違いに起因することがわかりました。編み数比の変化によってループ形状のアスペクト比(縦横比)が変化し、ループ形状の力学特性が変化することで編み物の内部に生じるモーメントの分布が変わり、カールの方向が決定されることを示しています。この3次元的な編みループ形状の変形をより詳細に解析するために、Bスプライン曲線を用いて糸の中心線形状を離散化し、糸の弾性伸びおよび曲げ、糸同士の接触を考慮したシミュレーションを行いました。その結果、実験的に得られたカール形状を定性的に再現するとともに(図1(b))、単一ループの形状変化は編み物全体の3次元的な形状と強く関係しており、カール挙動が予測可能な現象であることを明らかにしました。

図1. カール形状の典型例。(a)作成した実験サンプル。(b)シミュレーション結果。編み数比Nw/Ncに応じて、カール形状が左から順にside curl形状、double curl形状、さらにtop/bottom curl形状へと変化する。

<参考文献>
[1] C. Amanatides, O. Ghita, and K. E. Evans, “Characterizing and predicting the self-folding behavior of weft-knit fabrics,” Textile Research Journal, vol.92, pp.4060-4076, 2022.
[2] N. Takano et al., “Microstructure-based deep-drawing simulation of knitted fabric reinforced thermoplastics by homogenization theory,” International Journal of Solids and Structures, vol. 38, no. 36, pp. 6333–6356, 2001.
[3] Y. Luo, K. Wu, A. Spielberg, M. Foshey, D. Rus, T. Palacios, and W. Matusik,“Digital fabrication of pneumatic actuators with integrated sensing by machine knitting,” in Conference on Human Factors in Computing Systems - Proceedings, Association for Computing Machinery, 4 2022.
[4] V. Sanchez, K. Mahadevan, G. Ohlson, M. A. Graule, M. C. Yuen, C. B. Teeple, J. C. Weaver, J. McCann, K. Bertoldi, and R. J. Wood, “3d knitting for pneumatic soft robotics,” Advanced Functional Materials, pp. 1–12, 2023.
[5] S. Poincloux, M. Adda-Bedia, and F. Lechenault, “Geometry and elasticity of a knitted fabric,” Physical Review X, vol. 8, pp. 1–14, 2018.

今後の展開

本研究では、編み物の幾何学的形状と機械的特性を決定する上で、単一ループ形状が重要な役割を果たすことを明らかにし、単一ループ形状の変化が編み物のカール形状を制御する可能性を有することを示唆しました。本研究成果は編み物の3次元形状を制御するための設計指針を提供するとともに、より複雑な形状の定量的な予測や、編み物を用いた複合材料、ウェアラブルデバイス、アクチュエータなどといった工学的設計への応用が期待されます。

特記事項

【論文情報】
・掲載誌:Extreme Mechanics Letters
・doi:10.1016/j.eml.2025.102300

本研究は、科研費 基盤研究(A)「ソフトロボットのための高解像度磁化パターニング」(24H00299),挑戦的研究(開拓)「バイオミメティック多様体の材料力学」(23K17317)及び創発的研究支援事業「高速計算と精密実験がひもとく幾何学材料の相転移機構の解明」(JPMJFR212W)の支援を受けて実施されました。

用語説明

複合材料

異なる素材を組み合わせて作られた材料。各素材の特性を生かし、単一材料では発揮できない優れた性能を持つ材料の総称である。

ドレープ性

布地が自重や外部の力を受けてしなやかに変形する特性。自然にどのように垂れ下がり、形を形成するかを表す際に使われる指標。

ウェアラブルデバイス

身体に装着して使用する電子機器で、ユーザーの活動や健康状態、環境情報をリアルタイムでモニタリングすることができる。

Bスプライン曲線

制御点と呼ばれる点列を用いてなめらかな曲線を描く数学的手法の一つ。複数の多項式曲線を接続して1本の曲線を表現する。

離散化

連続的なデータを有限の、または離散的な値で近似するプロセス。連続的な変数や関数を離散的な数値に変換することによって、計算機で扱いやすくする。

弾性伸び

力を加えると物体が伸び、力を取り除くと元に戻る現象。