植物の細胞壁を作り変える新機構を解明

植物の細胞壁を作り変える新機構を解明

収穫に適した形態や乾燥ストレス耐性向上など植物の改良に新たな道

2025-3-6自然科学系
理学研究科教授近藤侑貴

研究成果のポイント

  • 細胞壁の構造が植物細胞の機能と植物の生育に重要である。
  • 細胞表層におけるアクチン重合量の調節が細胞壁の構造を決定する重要な要因であることが判明した。
  • 本研究成果は、細胞壁形成におけるアクチン重合の新たな役割を解明し、アクチンを切り口とした植物の改良への道を切り開いた。

概要

名古屋大学大学院理学研究科の貴嶋 紗久 研究員(現 産業技術総合研究所生物プロセス研究部門 研究員)、佐々木 武馬 助教、理学部の菊島 悠一郎 学部生、小田 祥久 教授の研究グループは、九州大学大学院芸術工学研究院の井上 大介 准教授、大阪大学大学院理学研究科の近藤 侑貴 教授、東京大学大学院理学系研究科の稲垣 宗一 准教授、産業技術総合研究所生物プロセス研究部門の坂本 真吾 上級主任研究員、光田 展隆 副研究部門長、埼玉大学大学院理工学研究科の山口 雅利 准教授との共同研究により、植物が細胞壁の構造を制御する新機構を明らかにしました。

本研究グループは、シロイヌナズナの道管の細胞壁の構造に異常を示す変異体を新たに単離。その原因遺伝子KNAT7 フォルミン11(FH11)遺伝子の発現を抑制していることを突き止めました。KNAT7が機能しなくなると、FH11の発現が上昇し、FH11タンパク質が過剰に作られていました。FH11は細胞膜上でアクチンの重合を促進し、アクチン繊維が増加、それにより道管の細胞壁の構造のタイプが変わってしまうことが判明しました。つまり、植物はアクチンの重合量を調節することにより細胞壁の構造を制御していたのです。

植物の細胞を覆う細胞壁は、細胞の形、さらには葉や根の成長や、さまざまなストレスへの対応など多様な機能を担います。本研究の知見を応用して植物の細胞壁構造を人為的に制御することにより、収穫しやすい形態の植物や、乾燥ストレスに強い植物を作り出す技術につながると期待されます。

本研究成果は2025年2月26日付英国科学誌「Nature Communications」で公開されました。

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研究背景と内容

植物細胞はセルロースを主成分とした細胞壁を細胞表面に形成しています。この細胞壁は植物細胞の成長や、形態の維持、体内の水輸送路の確保といった広範な現象に深く関わっており、細胞壁形成の適切な制御は植物の発生と生存に不可欠です。細胞壁の形成は細胞の表面で均一ではなく、適切なタイミングで適切な場所に起こるように制御されています。細胞膜の直下に並ぶ微小管は、セルロースを合成する酵素が進む位置と方向を導くことにより、細胞壁を形成する場所を決定しています。

植物の道管を構成する細胞は、二次細胞壁と呼ばれる厚い細胞壁を形成し、プログラム細胞死を起こします。これにより細胞内容物を消化し、管状要素あるいは道管要素と呼ばれる、水を輸送するための中空の管になります。この道管要素が作り出す二次細胞壁は、細胞表面に環状、らせん状、網目状、孔紋状といった、特徴的なパターンに形成されます(図1)。

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図1. 原生木部と後生木部の道管要素分化における二次細胞壁の形成過程。右の写真はシロイヌナズナの道管の微分干渉顕微鏡像。

原生木部と呼ばれる、若く伸びやすい組織に発生する道管では環状、らせん状といった、変形しやすい二次細胞壁が形成されます。一方、後生木部と呼ばれる、伸長成長を終えた組織に発生する道管では網目状や孔紋状の頑丈な二次細胞壁が形成されます。このように、組織の状態に適したタイプの細胞壁構造が形成されています。二次細胞壁も、細胞壁直下に並ぶ微小管がセルロースの合成を誘導することによって形成されます。しかし、このような細胞壁構造のタイプを決定する仕組みはこれまで不明でした。

本研究グループは、シロイヌナズナを変異原処理し、道管の細胞壁構造が変化した変異体を探索しました。その結果、本来孔紋状の細胞壁を作る道管が、環状の細胞壁を形成してしまう変異体を単離しました。この変異体のゲノムを解析した結果、KNAT7と呼ばれる遺伝子に変異が見つかりました。KNAT7は他の遺伝子の発現を制御する転写因子と呼ばれるタンパク質を作る遺伝子で、さらに解析を進めると、KNAT7 フォルミン11(FH11)と呼ばれる遺伝子の発現を抑制していることが分かりました。

FH11が作り出すFH11タンパク質は、アクチンと呼ばれるタンパク質の重合を促進してアクチン繊維の伸長を促進するはたらきをもっていました。FH11タンパク質は細胞膜に局在し、細胞膜近傍でアクチン繊維の重合を促進していることが分かりました(図2)。

さらに、このFH11のはたらきにより、細胞膜近傍にアクチン繊維が過剰に作られると、細胞膜にアンカーされている微小管の伸長や、ROPと呼ばれる低分子量GTPアーゼの分布に影響し、それにより道管の細胞壁のタイプが孔紋状から環状へと劇的に変化することが明らかとなりました(図3)。

シロイヌナズナがもつ複数のフォルミン遺伝子をFH11と共に破壊すると、原生木部道管の環状の細胞壁の構造が乱れたことから、野生型で形成される環状の細胞壁の形成にもフォルミンが必要であることが明らかとなりました。

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図2. FH11が細胞膜近傍でアクチンの重合を促進し、アクチン繊維を増やす。

成果の意義

本研究では、道管において細胞膜近傍でのアクチン重合量の調節が、細胞膜にアンカーされた微小管の伸長や低分子量GTPアーゼROPの分布に影響し、細胞壁の構造のタイプの決定に大きく関わっていることが分かりました。微小管や低分子量GTPアーゼROPは、道管に限らず多くの植物細胞において細胞壁の構造を決定する重要なタンパク質です。本研究で明らかとなったアクチン重合のはたらきが、植物における細胞壁の構造の制御に広く関わっている可能性があります。また、環状の細胞壁をもつ原生木部道管は、孔紋の細胞壁をもつ後生木部道管よりも、伸長や曲げといった摂動に対して柔軟に対応することができると考えられています。本研究で得られた知見を応用し、植物を構成するさまざまな組織の細胞でアクチン重合の量を人為的に制御することにより、加工しやすい形態の植物や、収穫に適した形態の植物、道管が途切れにくく水輸送に優れた植物を作り出す技術の確立につながることが期待されます。

道管の細胞壁の構造は、環境ストレス下での植物の水輸送能に影響していると考えられています。乾燥ストレス下において、シロイヌナズナは環状の細胞壁構造をもつ原生木部の形成を促進することが報告されており、道管における環状の細胞壁構造の形成は、乾燥ストレスに対して耐性を高める可能性が示唆されています。本研究で得られた知見を用いて、道管の細胞壁構造を改変することにより、新たな植物工場の環境に適した性質の植物や将来のテラフォーミングに適した有用な植物の開発に貢献することが期待されます。

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図3. FH11による細胞膜近傍でのアクチン繊維の形成が細胞壁構造のタイプを変える。野生型(上段)ではKNAT7転写因子がFH11の発現を抑制し、細胞表層でのアクチン繊維の合成が抑制されている。その結果、局所的にROPが微小管を排除し、孔紋状の細胞壁が形成される。knat7変異体ではFH11が過剰に発現し、細胞表層でのアクチン繊維が増加、ROPや微小管に作用し、環状の細胞壁が形成される。

特記事項

【論文情報】
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Control of plasma membrane-associated actin polymerization specifies the pattern of the cell wall in xylem vessels
著者:貴嶋 紗久(産業技術総合研究所)、佐々木 武馬(名古屋大学)、菊島 悠一郎(名古屋大学)、井上 大介(九州大学)、坂本 真吾(産業技術総合研究所)、近藤 侑貴(大阪大学)、稲垣 宗一(東京大学)、光田 展隆(産業技術総合研究所)、山口 雅利(埼玉大学)、小田 祥久 (名古屋大学)
DOI: 10.1038/s41467-025-56866-y
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-025-56866-y

本研究は、文部科学省の科学研究費補助金『19H05670』、『19H05677』、『22H04720』、『23H04425』日本学術振興会の科学研究費補助金『24K02042』、『JP22H04926』、『21H02514』、『20K21435』、『23K18126』、『20K22664』、『23K23910』、『23K05801』、『24K18120』、科学技術振興機構さきがけ『JPMJPR17Q1』、同創発的研究支援事業『JPMJFR224Q』、日本医療研究開発機構異分野融合型研究シーズ(シーズH)、『H26』の支援を受けて行われました。

用語説明

細胞壁

植物の細胞膜の外側に形成され、植物細胞の形態や機能を決定づける構造。主にセルロース、ヘミセルロース、ペクチンから成る。道管や仮道管、繊維等の二次細胞壁にはこれらに加えてリグニンが沈着することで疎水的で強固な細胞壁になる。

アクチン繊維

アクチンと呼ばれるタンパク質が重合することで作られる直径8ナノメートルの繊維状の構造。植物細胞では、細胞内の物質輸送や細胞内小器官の形態、分布の制御に関わっている。動物の筋肉組織の主要なタンパク質でもある。

低分子量GTPアーゼ

グアノシン三リン酸(GTP)と結合する小型のタンパク質。グアノシン三リン酸と結合すると、エフェクターと呼ばれるタンパク質群と相互作用し、細胞内でさまざまなシグナルを活性化する。結合したグアノシン三リン酸が加水分解されグアノシン二リン酸になると、エフェクターとの相互作用が解除される。このようにして細胞内シグナルのスイッチとしてはたらいている。