パール顔料の基材不要で低コスト化につながる新製法を開発
基材を使う従来型の代替品として塗料や化粧品への利用に期待
研究成果のポイント
- 従来のサンドイッチ構造を持つパール顔料とは全く異なるコンセプトの単一組成型パール顔料を、シンプルな水熱反応により合成する手法を開発しました。
- 本顔料は、鮮やかな色彩・高い光沢効果・色の角度依存性を持ちます。従来のマイカベースのパール顔料を凌駕し、装飾プラスチック、化粧品、機能性インク、自動車塗料などの用途に最適です。
- 新しいパール顔料を創製する道を切り開く成果です。
概要
天然真珠の美しい光沢と豊かな色彩を再現するため、疑似真珠やパール顔料が幅広い分野で求められています。パール顔料のうち、板状粒子を使用した基材フリー型パール顔料は、製造が比較的簡単かつ低コストで注目を集めています。一方で、物質としての選択肢は限られており十分な光沢効果を発揮しにくいという課題がありました。
東北大学多元物質科学研究所の殷澍教授(同大 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 連携教授 兼務)と同大大学院環境科学研究科の程秋雨、大阪大学産業科学研究所の関野徹教授の研究チームは、従来の雲母(マイカ)の基材をベースとしたパール顔料の代替品として、エネルギー消費が少なく、120oC以下の環境にやさしい水熱プロセスを用いて、基材フリー(不要)型新規着色パール顔料の開発に成功しました。本研究では溶液反応における溶解―再析出プロセスを促進するため、添加剤を加えることにより単結晶板状粒子を創製し、層状構造に由来する光の反射と干渉効果を高め、高い光沢特性を持つ数百ミクロンサイズの大きな板状形態着色粒子を合成しました。本手法では合成される板状粒子のサイズが制御可能であり、有機溶剤中に安定に存在するため、化粧品、自動車塗料、プラスチック製品、加飾製品など、幅広い分野での活用が期待されます。
本研究成果は、2024年6月21日に特許(特願2024-100285)を出願し、2024年11月29日(現地時間)付けで、Journal of Alloys and Compounds誌のオンライン版に掲載されました。
研究の背景
天然真珠は、その美しい光沢と豊かな色彩が古くから高く評価されており、これらの特性は真珠特有の層状構造によるものです。貝殻から作った核と呼ぶ基材の表面に炭酸カルシウムとタンパク質が積層してできた層状構造に光が入射すると、各層で反射・干渉が生じ、見る角度によって変化する色彩や光沢が生み出されます。このような視覚効果を再現するため、疑似真珠やパール顔料が幅広い分野で求められています。
塗料や化粧品に使われる光沢のあるパール顔料は、大きく分けて基材型と基材フリー型に分類されます。従来の基材型パール顔料は、透明で層状構造を持つ雲母(マイカ)に金属酸化物ナノ粒子をコーティングして作られています。光の反射や干渉を利用して真珠のような視覚効果を作り出しますが、この方法は製造プロセスが複雑で、コストが高いという課題があります。
これに対して、光沢のある基材フリー型パール顔料は、単一成分で構成される板状粒子を使用しており、製造プロセスが比較的簡単で低コストであることから、基材型の代替品として注目を集めています。しかし現在、市場における基材フリー型パール顔料の物質としての選択肢は限られており、既存の粒子は小さいため、十分な光沢効果を発揮しにくいという課題があります。
そのため、カラフルで粒子サイズが大きく、層状構造を有する板状粒子の開発が求められています。このような新しい基材フリー型パール顔料の開発は、化粧品や塗料、プラスチック製品をはじめとする多くの分野での応用可能性を広げると同時に、低コストかつ環境に配慮した製造技術として、ますます重要性が高まっています。
研究の内容
バナジウムオキシリン酸塩のVOP (VOPO4・2H2O)および HVP (H0.6(VO)3(PO4)3(H2O)3・4H2O)は、層状構造を有する材料であり、光沢のある基材フリー型の着色パール顔料として利用される可能性を秘めています。特に、パール効果を高めるには、10µm以上の粒子サイズと、アスペクト比(粒子の幅と厚さの比)が50:1以上であることが望ましいとされています。本研究では、大粒子かつ薄板状のバナジウムオキシリン酸塩を、エネルギー消費が少なく、環境にやさしい簡便な水熱合成法を用いて合成しました。このプロセスでは、溶液中における溶解―再析出プロセスを促進するために、様々な酸化還元性を持つ添加剤を加えました。この方法により、120°C以下という低温環境で、基材を使用せずとも高い光沢特性を発現するパール顔料を合成することに成功しました。合成した顔料は黄色や緑色などの鮮やかな着色効果を持ち、新規のパール顔料として期待されます。本研究成果は、基材フリーな顔料の新たな機能性発現や、環境負荷の低減を目指した素材開発の一環として重要な意義を持ちます。この技術は、化粧品、自動車塗料、プラスチック製品など多様な分野への応用が見込まれています。
代表的な合成プロセスでは、五酸化バナジウム粉末、リン酸、添加剤を混合し、90℃または120℃といった所定の温度で24時間水熱反応させることで、目的とする生成物を合成し、黄色または緑色のバナジウムオキシリン酸塩であるVOPおよびHVPが得られました。これらは、大きな板状粒子であり、層状構造を有する単結晶であることが確認されました。VOPは、頂点を共有した [VO₆] 八面体がリン酸 [PO₄] 四面体と秩序的に結合して形成される層状構造を持ちます。一方、HVPは4つのリン酸基(PO₄³⁻)と頂点を共有して結合したバナジウムカチオンからなる層状構造を持ちます(図1)。
図1. (a) VOP と (b) HVP の結晶構造
本研究では、水熱反応を用いることで、初めて220 µmを超える大きな単結晶粒子の合成に成功しました。また、粒子のサイズを制御することも可能であることが明らかになりました。代表的な板状形態を示すVOPおよびHVPの電子顕微鏡写真を図2に示します。100°C以下で合成されたHVP板状粒子は、長さ約40 µm、幅約34 µmの滑らかな表面を持っています(図2a)。その厚さは約120 nmであり(図2b)、計算されたアスペクト比(粒子の幅と厚さの比)は約308となります。また、電子顕微鏡観察により、これらの粒子が単結晶であることが確認されました(図2c)一方、120°Cの水熱合成条件で得られたHVP粒子は、表面が滑らかで、粒子サイズはさらに大きく、約147 µm × 144 µmに達しました。また、図2eに示すように、HVPは多層構造から成り、最小単層厚さは約75 nm、アスペクト比は約1960に達することが分かりました。図2fに示される電子回折(SAED)パターンでは、個々の板状粒子が単結晶構造を有していることが確認されました。
画像式粒度分布分析で取得したHVPの代表的な粒子画像イメージは、図3に示します。均一な板状粒子であることが示唆されました。
図2. 合成された粒子の走査電子顕微鏡(FE-SEM)画像と電子回折パターン (SAED)。(a, b, c) VOP、(d,e,f) HVP
図3. 画像式粒度分布分析で取得したHVPの代表的な粒子画像イメージ
板状粒子の光沢のあるパール効果は、大きな板状形態に由来する反射と層状化合物の層状構造に由来する光の干渉によって強く表れます。この光沢のあるパール効果を表現するため、サンプル粉末をアセトン溶媒に分散させ、ボトルに移し、振盪し、安定した平面に保持し、流体の流れを1秒ごとに8秒間撮影した写真を図4に示します。いずれのサンプルも強い真珠光沢を示すパール効果が形成され、着色板状粒子は溶液の流れに乗って、色調の変化がはっきり観察できます。この光学効果は、反射界面間の距離が短いことに起因し、アスペクト比が大きい薄い板状粒子ほど顕著に現れると考えられます。また、光の一部は平坦な表面で反射され、さらにその一部が透過してより深い層状構造に到達します。その結果、さらなる反射と透過が繰り返され、強い干渉効果が生じ、真珠光沢のあるパール効果が形成されると考えられます。
図4. 1秒間隔で撮影された一連の粒子分散液の流れの写真(a,b)VOP、(c,d)HVP。
動画.(VOP)https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0925838824043238-mmc3.mp4
(HVP)https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0925838824043238-mmc5.mp4
図5には、VOPとHVPサンプルの角度依存による色調変化を示しています。VOPとHVPは、黄色から緑色への色調が顕著に現れます。サンプルをスライドガラス上に平坦に配置し、スライドガラスの角度をθ=0°から60°まで調整することで、サンプルの色調の変化を上部のカメラで記録しました(図5a)。図5bおよび図5cに示すように、VOPの黄緑色および黄色は角度が増加するにつれて徐々に濃くなり、θ=60°では濃い黄緑色または濃い黄色に見えます。同様に、HVP(図5. d,e)の場合も、角度の増加に伴い、観察される色は薄緑色から濃い緑色へと徐々に変化しました。さらに、図6に示した光学顕微鏡写真では、分散および凝集した複数の板状粒子から鮮やかな光の反射が確認されました。VOPとHVPは魅力的な虹色を呈し、優れた装飾性を示しました。
図5. (a)角度依存の色変化測定イメージ。(b,c)VOP、(d,e)HVPの角度依存性色調変化
図6. (a,c) VOP、(b,d) HVP の光学顕微鏡写真
得られたバナジウムオキシリン酸塩は、優れた有機溶媒中での安定性や分散性を有しています。ポリメチルメタクリレート(PMMA)樹脂(図7b、無色透明なアクリル樹脂)マトリックス中に本粉体を約1wt%の低濃度で分散した場合でも、図7cおよび図7dに示すように、光沢のあるパール顔料粉体はPMMAポリマーと良好な相溶性を示し、明るく効果的な着色が可能であることが確認されました。
図7. (a) 調製したアクリル樹脂(PMMA)サンプルの写真、(b) 試料を含まないPMMAアクリル樹脂、(b) 1wt% HVP(37μm)を含むPMMAの写真、(c) 1wt% HVP(147μm) を含むPMMAの写真
今後の展望
本研究では、バナジンオキシリン酸塩(VOPおよびHVP)をベースとした基材フリーの真珠光沢を持つパール顔料の合成に初めて成功しました。この顔料は鮮やかな色彩と優れた光学特性を示し、装飾プラスチック、化粧品、機能性インク、自動車塗料などへの潜在的な応用価値を持っています。
今後は、創製プロセスの改善やさらなる研究を通じて、パール顔料の粒子サイズの制御、均一性、表面の滑らかさ、安定性、さらなる着色制御などを検討します。また、既存の伝統的なマイカベースのパール顔料を代替できる材料としての応用を目指すとともに、他の層状構造を持つ板状形態物質への拡大適用も検証します。さらに、材料の層状構造や露出した結晶面に由来する新しい物性の発現や、新しい材料の創製、そして汎用的な学理の構築への貢献も期待されます。
特記事項
【論文情報】
タイトル:Synthesis of novel colored substrate-free pearlescent pigments of vanadium phosphates with large-size layered platelet morphology
著者: Qiuyu Cheng, Yibei Xue, Takuya Hasegawa, Ayahisa Okawa, Kizuku Kushimoto, Junya Kano, Tohru Sekino, Shu Yin*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 殷澍
(同大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR)連携教授 兼務)
掲載誌:Journal of Alloys and Compounds
DOI:10.1016/j.jallcom.2024.177735
URL:https://doi.org/10.1016/j.jallcom.2024.177735
この研究の一部はJSPS科研費基盤研究A (JP20H00297)、公益財団法人 池谷科学技術振興財団2024年度研究助成「ソルボサーマル反応による層状リン酸バナジウム新規パール顔料の創製」および「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」(文部科学省)」の支援を受けたものです。
本研究に関連する論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。
【特許情報】
出願番号:特願2024-100285
出願日:R6年6月21日(2024.6.21)
発明の名称:パール顔料、組成物及びパール顔料の製造方法
発明者:殷 シユウ、テイ シュウウ、セツ ゲイカイ、長谷川 拓哉、大川 采久
用語説明
- パール顔料
光輝性を有する真珠光沢を人工的に再現させる為の顔料である。有機顔料に比べ、高安定性を持つ、特殊機能塗料、インク、合成樹脂、織物、化粧品、食品着色剤等に広く使われている。