分子の「指紋」捜査によって新規非標準DNA結合タンパク質を同定
タンパク質がDNAに触れた履歴を残す新技術
研究成果のポイント
- タンパク質がDNAに触れた履歴を指紋のように残す技術を開発し、その履歴をもつタンパク質を捕捉して分析することが可能に
- これにより、核小体タンパク質ヌクレオリンが特殊なDNA高次構造に結合し、構造を緩めることを発見
- 同様の手法による、疾患関連核酸等への応用と新規因子を標的とした創薬研究への展開に期待
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の山元淳平准教授、大学院生の伴勇輝さん(博士後期課程3年)、東北大学学際科学フロンティア研究所の佐藤伸一准教授らの研究グループは、核小体構成タンパク質として知られているヌクレオリンが非標準DNA構造の一つであるシトシン四重鎖(i-motif)に結合し、その構造を緩めることを世界で初めて明らかにしました。
今回、山元准教授らの研究グループは、タンパク質がDNAに触れた履歴をタンパク質上に残し、その履歴をもつタンパク質を選択的に濃縮した後に質量分析に供する指紋標的濃縮法を開発しました。この方法によって非標準i-motif構造に結合するタンパク質をヒト細胞中に存在するタンパク質群から網羅的に探索し、候補タンパク質の性質解析を行なったところ、細胞中の核小体に存在するヌクレオリンと呼ばれるタンパク質がi-motif構造に結合し、その構造を緩めることを解明しました。これにより、非標準DNA構造が生体プロセスを調節する分子機構の解明が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Nucleic Acids Research」に、2024年11月19日(火)9時(日本時間)に公開されました。
図. ヌクレオリン-DNA複合体のモデル図
研究の背景
生体の遺伝情報を担うDNAは二重らせん構造をとりますが、グアニン四重鎖やシトシン四重鎖などの非標準DNAと呼ばれるものは特殊な構造をとることが知られています。ゲノム中に生じる非標準DNA構造は転写や複製等の様々な生体プロセスの調節に関与することが知られており、非標準DNA構造を認識するタンパク質因子がその第一段階を担うことから、これら因子の探索が盛んに行われてきました。従来、非標準DNAを担持したビーズ担体を用いることでこれらDNAに結合するタンパク質を濃縮し質量分析によって同定する手法が採用されており、グアニン四重鎖に結合するタンパク質の多くはこの方法によって発見されてきました。しかし、非標準DNAのなかでもi-motifと呼ばれるシトシン四重鎖に結合するタンパク質についてはほとんど解明されていませんでした。
研究の内容
今回、研究グループでは、指紋標的濃縮法と名付けた手法を開発し、i-motifを認識するタンパク質を探索しました。化学修飾を導入したi-motif形成DNAをヒト由来細胞抽出液と混ぜることで、i-motif構造に結合、もしくは近接したタンパク質に対して化学修飾を導入しました。化学修飾を有するタンパク質を選択的に捕捉・濃縮して質量分析を行ったところ、既知のi-motif結合タンパク質の他、多数のi-motif結合候補タンパク質を得ました。候補タンパク質群の中から核小体構成タンパク質の一つであるヌクレオリンに注目しi-motif結合能を評価したところ、i-motif構造に対して結合し、さらにその構造を緩めることを明らかにしました。ヌクレオリンが存在する細胞内構造体である核小体にはタンパク質合成に関与するリボソームDNAが存在し、リボソームDNAにはi-motif形成の可能性があるDNA配列が多数認められています。今回、ヌクレオリンとi-motifの関係性について新たに明らかになったことから、今後非標準核酸が核小体で果たす機能について知見が深まることが期待されます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、指紋標的濃縮法の有用性を示すことができました。今回開発した手法を疾患に関与する核酸に適用することで、疾患に関連する新規タンパク質因子の探索への応用が期待されます。ひいては、それら新規因子を標的とした創薬研究のシーズ開拓へ貢献します。
特記事項
本研究成果は、2024年11月19日(火)9時(日本時間)に英国科学誌「Nucleic Acids Research」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Profiling of i-motif binding proteins reveals functional roles of nucleolin in regulation of high-order DNA structures”
著者名:Yuki Ban, Yuka Ando, Yuma Terai, Risa Matsumura, Keita Nakane, Shigenori Iwai, Shinichi Sato and Junpei Yamamoto
DOI:https://doi.org/10.1093/nar/gkae1001
なお、本研究は、上原記念生命科学財団・研究助成費(研究代表者:山元淳平准教授)、武田科学新興財団・ライフサイエンス研究助成費(研究代表者:山元淳平准教授)、日本学術振興会 学術変革領域(A)「物質共生」(研究代表者:佐藤伸一准教授)、およびJST創発的研究推進事業(研究代表者:山元淳平准教授、佐藤伸一准教授)の一環として行われました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 非標準DNA
従来DNAは塩基対形成に基づく二重らせん構造を形成しますが、二重らせん構造以外の高次構造を形成することがあり、これを非標準DNAと言います。よく見られる非標準DNAの例として、グアニンおよびシトシンが豊富なDNA配列でそれぞれ形成されるグアニン四重鎖(G-quadruplex, G4)やシトシン四重鎖(intercalated motif, i-motif)が挙げられます。これら非標準DNAはテロメア領域やタンパク質をコードする遺伝子のプロモーター領域など、ゲノムの重要な領域に多く見られ、細胞内プロセスへの関与が注目されています。
- 指紋標的濃縮法
目的のDNA配列に、反応性の高いリンカーを介して炭素-炭素三重結合(アルキン)を有する部位を導入した化学修飾DNAを調製し、これをタンパク質の化学修飾に用います。化学修飾DNAに対してタンパク質が結合もしくは近接すると、タンパク質中のアミノ酸側鎖がDNA上の反応性リンカーと反応し、一定の割合でアルキンがタンパク質側へ移動します。つまり、タンパク質上のアルキンの存在はDNAに近付いたという”指紋”となります。この指紋の存在を目印として追加の化学反応を行い、磁気ビーズを用いて選択的に濃縮して質量分析測定に供することで、特定のDNAに結合・近接したタンパク質群を網羅的に同定します。
- 核小体
細胞の核内に存在する球状の構造体であり、タンパク質合成装置であるリボソームの生合成が主に行われています。中にはリボソームDNAが格納されており、これが活発に転写され、リボソーム生合成に必要なリボソームRNAが供給されます。これらを通じて、細胞の成長やタンパク質の合成に重要な役割を果たしています。