三角形構造に隠れた電子の複雑な役割の解明
怠けているように見える電子の重要性
研究成果のポイント
愛媛大学大学院理工学研究科 山本貴准教授の研究グループは、理化学研究所、高輝度光科学研究センター(JASRI)、大阪大学大学院理学研究科、東京理科大学、分子科学研究所、ソウル大学校の共同チームによる研究にて、超伝導になり易い磁性半導体の中に、磁性に直接寄与しない価電子が半数程度あることを発見しました。これらの価電子は量子性が強いため、磁性や伝導性に重要な役割を果たすことを突き止めました。
なお、本研究の成果は、Physical Review Bに掲載され、令和6年11月12日にオンライン公開されました。
概要
電子は電気を運ぶ役割(電気伝導性)と磁石の役割(磁性)を持っています。本研究では、価電子*Aが三角形の頂点に並んでいるさまざまな分子結晶*Bの中から、磁性を示す半導体に注目して、磁性が成長する様子を光で追跡できないか試みました。ところが、下図のように、磁性に直接寄与しない価電子も、磁性に寄与する価電子と同じ割合だけ存在することを発見しました。磁性に直接寄与しない二個の価電子は、弱い拘束力でペアを形成し、P. W. Anderson*Cがかつて予測したような超伝導体に近い性質を持つことが分かりました。本研究により、超伝導体やスピン液体*Dのように電子が量子臨界現象*Eを示す場面において、磁石として貢献しない「怠けているように見える」電子が、物質の特性を決める重要な役割を果たしていることが判明しました。
研究の背景
研究グループは、有機―無機複合分子であるパラジウムジチオレン錯体分子Pd(C3S5)2を二次元的に並べた分子結晶において、分子の並べ方をわずかに変えるだけで、電気伝導性や磁性が大いに異なることに着目し、分子の並び方と電子同士の及ぼし合う力との関係性を探ってきました。二個の錯体分子 [Pd(C3S5)2]2は、一個の分子のようにくっ付いて二量体を形成し、その二量体が三角形の頂点を形成するように二次元平面を埋め尽くしています(図1)。二量体一個あたり、一個の価電子が割り当てられますが、実際の価電子の割り振り方は、電子同士の及ぼし合う力の条件により異なります。
図1. パラジウムジチオレン錯体分子が作る三角形構造。一個一個の円は二個の錯体分子[Pd(C3S5)2]2から成る二量体で、それぞれが三角形の頂点に位置する。
例えば、二量体が正三角形の頂点に配置する結晶(C2H5)(CH3)3Sb[Pd(C3S5)2]2では、磁性が定まらない性質(スピン液体)を示し、また、超伝導になりにくいことが知られています。一方、二量体が正三角形から僅かにずれた条件に該当する結晶(C2H5)(CH3)3As[Pd(C3S5)2]2では、磁性を示す半導体とみなされており、しかも、三角形を歪めるだけで容易に超伝導になります。過去の研究では、各二量体に拘束された一個一個の価電子から生じる磁場の方向が、規則性を持って並ぶ(反強磁性)ことで、価電子は動けず半導体になると考えられ、また、超伝導も反強磁性に由来すると考えられてきました。しかし、このような議論の前提となる、価電子の並び方や割り振りを調べた例はありませんでした。
研究の内容
研究グループでは、磁場を使って磁石としての性質を直接調べるという従来の研究手法ではなく、赤外光と可視光を使った方法で、近くにある価電子同士が及ぼし合う反発力や引力を特定することで、反強磁性の成り立ちを調べる研究を始めました。まず、価電子の及ぼす電気的・磁気的な力が熱による運動でかき消されないように、5Kという低温で調べました。その結果、価電子同士(=二量体同士)が規則的に等間隔に並ぶという反強磁性に合致する箇所(図2の緑色)だけではなく、価電子同士(=二量体同士)が近寄る箇所(図2の桃色)も存在することを突き止めました。近寄る箇所では、近い位置にある二個の価電子が互いに出す磁場により、二個の棒磁石をくっ付けたようにキャンセルされ、磁性は失われます。一般的に磁性を失った電子のペアは、互いの拘束力が強いため、電気伝導性に貢献できません。ところが、今回研究した物質(C2H5)(CH3)3As[Pd(C3S5)2]2では、二量体二個分(=錯体分子は四個)という広い空間に価電子二個が弱く拘束されます。この価電子のペアは、2008年にプレスリリースした研究で用いたBEDT-TTFという有機分子からなる超伝導体における価電子のペアに類似していました。一方、2017年にプレスリリースした(C2H5)(CH3)3Sb[Pd(C3S5)2]2の研究では、一個の二量体という狭い空間に価電子二個が強く拘束されるペアが部分的に生じました。両者の物質の比較から、超伝導になり易い物質と、超伝導になり難い物質の違いは、価電子のペアが拘束される領域と強さの違いによることが示唆されます。このような価電子のペアについては、P. W. Andersonの研究以来、理論物理の研究者が様々な予想を行ってきました。本実験では、ペアの拘束力には幅があることが明らかになり、拘束力の違いによって物質の個性(電気伝導性や磁性の違い)が現れることが判明しました。
今度は、価電子二個のペアが形成される様子を、温度を変えながら追跡しました。室温付近では電子は比較的自由に運動できます。230Kでは、陽イオン[(C2H5)(CH3)3As]+の回転運動が止まるのに連動して、弱く拘束された価電子のペアが検知できるようになりました。更に温度を下げると、ペアの数が増加し、より低温の23Kでは約半数の価電子がペアになって飽和しました。これと同時に、ペアになれなかった残り半数の価電子によって、反強磁性が形成されることが判明しました。
本研究では、価電子が何らかの運動ができるのか、できないのかという境界領域に相当する物質を対象にしています。そのような境界領域では、電子の量子的性質を研究するのに適しています。本研究では、SPring-8(BL43IR)の赤外ビームを用いて、価電子が分子に存在する確率を調べることができました。四量体においては、二個の価電子は四個の分子の間を移動できますが、各分子に見出せる価電子の確率は異なることが分かりました。一方、反強磁性を形成する二量体のほうでは、価電子は二個の分子に等確率で見出されました。つまり、性質の異なる電子が同じ三角形構造に共存することで、量子的な状態が実現していると考えられます。
現時点では、四量体と二量体がよく混ざるのか、それとも、四量体が続く領域と二量体が続く領域がモザイク状に存在するのか、未解明です。空間分解能に優れたSPring-8の赤外光などを用いて、研究を継続する予定です。
図2. (C2H5)(CH3)3As[Pd(C3S5)2]2の二次元の三角形構造における価電子の配置される様子。一個一個の円は二個の錯体分子[Pd(C3S5)2]2から成る二量体。桃色の二量体からなる楕円は、二個が近寄ることでできた四量体。緑の二量体は四量体を形成しない二量体。緑の二量体は磁性に寄与するが、桃色の四量体は磁性に寄与しない。緑の二量体の二個の分子には、一個の価電子が等確率で存在する。四量体の四個の分子では、二個の価電子は異なる確率で存在する。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
この結果は、これまで反強磁性と考えられてきた物質であっても、半数程度の価電子が必ずしも反強磁性に寄与する必要は無いことを意味しています。従って、超伝導だけでなく、磁場で電気伝導性をコントロールできる反強磁性体のように磁性と伝導性が絡む物質や、電子の出す磁場のみが変動して伝わる物質でも、磁性に貢献しない価電子による隠れた特性を探索できる余地があることが分かりました。特に、三角形構造をもつ様々な超伝導体において、磁性に貢献しない価電子の隠れた役割を明らかにすることで、磁性に縁のない超伝導体と、磁性と関係があるとされる超伝導体のミッシングリンクに迫る研究が促進されることでしょう。
磁性物質の量子性に関する挙動を、磁場を用いない方法で検知できました。赤外光や可視光などを用いた分光学的研究手法は磁気的手法による研究を補完する役割があることが分かりました。本研究により、様々な磁性物質において、電子による意外な形態を発見するための道筋を示すことができました。
特記事項
【発表論文】
論文タイトル:Charge and Valence Bond Orders in the Spin-1/2 Triangular Antiferromagnet
タイトル邦訳:三角格子の反強磁性体における電荷と結合の秩序化
著者: 山本貴(愛媛大学・理化学研究所)、藤本尚史(愛媛大学)、中澤康浩(大阪大学)、田村雅史(東京理科大学)、売市幹大(分子研)、池本夕佳(JASRI)、森脇太郎(JASRI)、崔亨波(ソウル大学校)、加藤礼三(理化学研究所)
掲載誌:Physical Review B(American Physical Society 発行)
電子版発行日: 2024 年11 月12日
本研究は、文部科学省 科学研究費補助金(課題番号:No. 15K05478, 19K05405, 16H06346, and 23K04691)、SPring-8ユーザー課題(課題番号: 2012B1263)、自然科学研究機構 分子科学研究所 ナノテクノロジープラットフォームプログラム、愛媛大学超高圧材料科学研究ユニット、愛媛大学有機超伝導体研究ユニットの一環として実施したものです。
用語説明
- 価電子
原子や分子などに存在する電子の軌道のうち、最も外側の軌道にある電子。最も外側の軌道にある電子は、内側の電子よりも原子や分子からの拘束力が小さく、電気伝導性、磁性、化学反応などに重要な役割を果たす。
- 分子結晶
高校の教科書では「分子結晶は絶縁体」と書かれている。しかし実際には、電気伝導性や磁性を示す様々な分子結晶が合成されている。
- P. W. Anderson
理論物理学者。価電子のペアが組み替わり続ける状態(Resonated Valence Bond)が超伝導に寄与できるという予想をした。価電子のペアが動けなくなると、Valence Bond Orderなどとよばれる。
- スピン液体
価電子を正三角形などの特定の図形の頂点に配置させると、あたかも電子の出す磁場の方向が、液体にように無秩序になることがある。このことをスピン液体という。
- 量子臨界現象
原子や分子といった粒子からなる集団は、絶対零度近づくと熱による粒子の運動が小さくなり、一般的に固体になると考えられている。しかし、熱による影響を受けなくても、固体のように秩序性のある状態にはならず、何らかの時間的な変動(=揺らぎ)が残ることを量子臨界現象という。超伝導やスピン液体も量子臨界現象に属すると考えられている。