体にやさしく長持ちする最先端ゲルを埋め込んだ 中空型針状センサ

体にやさしく長持ちする最先端ゲルを埋め込んだ 中空型針状センサ

皮膚に貼り、生体内での連続計測が可能に!

2024-9-19生命科学・医学系
医学系研究科教授日比野 浩

研究成果のポイント

  • 優れた生体適合性、長期安定性をもつ最先端のポリマーハイドロゲルを埋め込んだ中空型針状センサを開発しました。
  • 針状センサを皮膚に貼ることで、血糖値の連続モニタリングが可能となります。
  • バイオマーカーの連続計測は個別化医療の発展や健康の増進につながり、デジタルヘルス社会を拓きます。

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図. 皮膚に貼り、生体内のバイオマーカーを連続計測する針状センサ

概要

東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻の高井まどか教授の研究チームは、工学系研究科に設置された社会連携講座:装身型生化学ラボシステム、および大阪大学大学院医学系研究科の日比野浩教授との共同研究で、体にやさしく長持ちする最先端のハイドロゲルを使い、皮膚に貼って用いる中空型針状センサを開発しました。

本研究の特徴は、リソグラフィー技術を用いてポリ乳酸を長さ1000μm、先端の孔直径 50μmの中空型針状構造に成形し、その後、ポリ乳酸に金めっきを施すことで、針の中空内部を電極としたセンサの構造にあります。中空の針状電極に、高い生体適合性と長期安定性を備え、さらに特定の物質を検出する機能をもたせた高分子ハイドロゲルを埋め込んだセンサは、応答性や感度が飛躍的に向上し、生体内での連続モニタリングをリアルタイムで実施することに成功しました。

本研究成果は、2024年9月19日(米国東部夏時間)に「ACS Nano」にweb公開されました。

研究の背景

医療技術の進展に伴い、多彩な生体情報をリアルタイムで計測できる生体装着型の小型ウエアラブルデバイスのニーズが高まっています。睡眠や心拍などを物理的に計測するデバイスはスマートウォッチとして普及していますが、生体内の生化学物質、例えばグルコースやイオンといったバイオマーカーを低侵襲にモニタリングするデバイスの開発に関しては、いまだに課題が山積みです。生化学物質は、血液、汗、唾液、涙に含まれますが、血液中から採取されるのが一般的です。しかし、血液は、ある程度の太さの針を皮膚に刺して採取する必要があり、痛みを伴います。そのため、できるだけ痛みのない手法で、正確なバイオマーカーの分析をすることが求められています。最近、細胞間質液中の成分が、血液と非常に近い成分をもち、良い相関があることが報告されました。皮膚のすぐ下に存在する体液も細胞間質液ですので、これを対象とすることで、通常の注射針より細く短い針が使えます。また針にセンサを組み込むことで、バイオマーカーをリアルタイムで連続的にモニタリングすることが可能となります。そこで、本研究では、皮膚に貼って間質液中のバイオマーカーを連続的に検出する針状センサの開発に取り組みました。

研究の内容

研究チームは、皮下の細胞間質液に含まれるバイオマーカーを検出するため、生体適合性に優れた中空型針状センサを開発しました。このセンサは、従来の針よりもはるかに小さく、長さが約1000μm、先端の孔直径が50μmであるため、皮膚を貫通しても神経末端や毛細血管を避けることができ、痛みを劇的に低減できます。高井教授は、「痛みのない針状電極を作りたい」と考え、細胞間質液からのグルコース計測に着手しました。現在報告されている多くの針状センサの設計は、穿刺用の針へ単にグルコースに応答する感応膜を重ね合わせるだけの単純な構造です。これに対し、高井教授のグループは、中空の針を提案しました。つまり、中空の孔の内部をセンサとして用いる戦略です。中空針の材料には、生体に安全なポリ乳酸を選びました。またセンサの電極には、体に負担のない金(Au)をめっき法で作成しました。そして、大学院生の周詩承さんが中心となり、重要なバイオマーカーとなるグルコースなどのバイオマーカーを検出する物質を練り込んだハイドロゲル感応層を中空の孔に埋め込んだ針状センサを作製しました(図1)。中空の針状電極にハイドロゲル感応層を埋め込むという設計は、今までになく、革新的です。この新型センサの性能は、針の外側にハイドロゲル感応層を張り合わせたものに比べ、応答性、感度の大きな向上が認められました。これらの検証を、数値シミュレーションと実験を組み合わせて行ったことも、特筆すべきです。

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図1. 中空構造をもつ針状センサの作製手法
リソグラフィー技術で中空構造の針のテンプレートを作製した後、ポリ乳酸をコーティングし、テンプレートを除去することで、ポリ乳酸製の中空針を作製。Auめっきを施した後、中空の内部にグルコース応答機能をもつ双性イオンポリマーハイドロゲルを埋め込み、中空型針状センサが完成する。

次に、この中空構造針状センサを、動物(本研究ではラット)に装着し、リアルタイムで正確に血糖値をモニタリングできるかを試しました(図2a)。その結果、血液中のグルコース濃度とセンサで検出した細胞間質液のグルコース濃度の高い相関が得られました(図2b)。さらに、生物学的安全性試験により、ヒトとマウスの細胞に対する毒性がないことが確認されました。高井教授は、「このポリマーを用いたハイドロゲルの水環境が、酵素の活性を維持し、センサの感度と安定性を大幅に向上させた」と述べています。

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図2. 中空型針状センサのin vivoにおける連続グルコースモニタリング
(a)ラットの側腹部に貼り、グルコース計測している様子。(b)中空型針状センサ(青)を用いたグルコースレベルの連続動的モニタリングと市販血糖測定器(黄)との比較。

今後の展望

研究チームは、センサの機能を拡張し、複数のバイオマーカーを同時にモニタリングできるようにすることで、さらなる個別化医療の拡充を目指しています。高井教授は、「私たちは、この針状センサの技術を無線信号伝送システムと組み合わせて、遠隔かつリアルタイムで健康をモニタリングするデジタルヘルス社会の実現を目指した研究へ展開させたい」と述べています。このシステムを多くの市民に普及させることで、日常でいつでもどこでも健康状態を知ることができ、心豊かで幸せな未来社会の実現が期待できます。

特記事項

【論文情報】
雑誌名:ACS Nano
題 名:Biocompatible core-shell microneedle sensor filled with zwitterionic polymer hydrogel for rapid continuous transdermal monitoring
著者名:Shicheng Zhou, Yutaro Chino, Toshihiro Kasama, Ryo Miyake, Shigenobu Mitsuzawa, Yinan Luan, Norzahirah Binti Ahmad, Hiroshi Hibino, and Madoka Takai*
DOI:10.1021/acsnano.4c02997

本研究は、東京大学バイオエンジニアリング専攻、株式会社本田技術研究所、三洋化成工業株式会社、凸版印刷株式会社、日清食品株式会社との共同研究である社会連携講座「装身型生化学ラボシステム」の支援、科研費 学術変革領域研究(A)(21H05231)、基盤研究(B)(24K03275)、挑戦的研究(萌芽)(24K22388)(代表:高井)、 科研費 基盤研究(A)(24H00798)、AMED-CREST (Multi-sensing: 24gm1510004)(代表:日比野)の支援を得て実施されました。また、動物実験に関しては、株式会社Gel Coat Biomaterialsの福井優也研究員、吉田伸代表取締役社長に支援いただきました。

参考URL

「Bio Chem Lab on Body | 装身型生化学ラボシステム」
https://www.bclabonbody.com/

用語説明

リソグラフィー技術

微細な構造を光や熱を使って加工する技術です。本研究では感光性高分子材料を引き伸ばした後、硬化させるドローイングリソグラフィー技術を用いました。

ポリ乳酸

ポリ乳酸は、生分解性を持つ合成ポリマーで、主にトウモロコシなどの再生可能資源から作られます。環境に優しいプラスチックとして広く使用されており、生体適合性があるため、医療分野でも利用されています。

細胞間質液

細胞間質液は、皮膚の表層下に存在する体液で、細胞間を満たしている液体です。細胞間質液には血液中と類似した成分が含まれており、特にグルコースなどのバイオマーカーを反映するため、血糖値の代替測定に利用されています。

双性イオンポリマー

双性イオンポリマーは、分子内に正電荷と負電荷の両方を持つポリマーです。この特性により、水分を吸収しやすく、耐汚染性や生体適合性に優れ、センサ材料やバイオメディカル用途での応用が期待されています。