銀とシリコンの共晶合金に新たな可能性を発見

銀とシリコンの共晶合金に新たな可能性を発見

ワイドバンドギャップ半導体の接合材料への応用に期待

2024-9-6工学系
産業科学研究所特任准教授(常勤)中山幸仁

研究成果のポイント

  • 銀(Ag)とシリコン(Si)の共晶合金を液体急冷すると、非晶質SiやAg過飽和固溶体準安定相が出現することを発見
  • 準安定相のAg過飽和固溶体に固溶しているSiの酸化反応により、副産物としてAgが析出することを発見
  • 析出されたAgをデバイスの接合へ応用したところ、接合材料としての利用に十分な強度を有していることが実証された
  • 今後、ワイドバンドギャップ半導体へのデバイス実装が期待される

概要

大阪大学産業科学研究所フレキシブル3D実装協働研究所 中山幸仁 特任准教授(常勤)らは、株式会社ダイセル無機複合実装研究所との共同研究で、液体急冷法により作製した銀(Ag)とシリコン(Si)の共晶合金(以下Ag-Si合金)には、非晶質SiとAg過飽和固溶体の準安定相が存在していることを発見しました。

さらに、液体急冷Ag-Si合金を大気中で加熱すると、Ag過飽和固溶体に含まれるSiが酸化反応を起こし、副産物としてAgが析出すること(ある成分が固体として現れること)を見出しました。このAg析出現象をデバイス接合技術に応用したところ、接合材料としての利用に十分な強度を有していることが明らかになりました。

本技術におけるAg析出現象は、250 ℃付近から起こり、界面において強固な接合を形成できることから、高い熱伝導性および電気伝導性を兼ね備えることが期待できます。今後、電気自動車などに用いられるワイドバンドギャップ半導体デバイス向けの新たな接合材料として利用されることが期待されます。

本研究成果は、2024年9月3日(火)10時(ロンドン時間)に 『Scientific Reports (Springer Nature)』 に掲載されました。

研究の背景

パワー半導体の接合材料にはSiを用いたものが一般的ですが、直流・交流電力変換時における発熱が大きく、エネルギーロスも大きいため性能の面で限界を迎えています。そのため、エネルギーロスが小さく200℃を越えても動作可能なSiC(シリコンカーバイド)やGaN(窒化ガリウム)などのワイドバンドギャップ半導体の利用が拡大しています。これらのワイドバンドギャップ半導体の接合は、パワー密度やスイッチング速度の増加を理由とした大電流、発熱、高い応力付加に対応しなければならず、より高いレベルの接合技術が要求されています。このような高温動作における条件を満たすため、電気伝導性や熱伝導性の優れたAgを用いた焼結接合技術が注目されています。

また、共晶合金としてよく知られているAg-Si合金を急冷するとAg3SiやAg2Siなど化合物の準安定相が存在することは示唆されていましたが、非晶質SiやAg過飽和固溶体についてはこれまで見出されていませんでした。

研究の内容

Ag-Si合金の平衡状態図において、89%(原子%)のAg、11%のSiの合金組成比を「共晶」と呼び、溶融状態の液相から835℃の共晶温度へ徐々に温度を下げていくと、Ag結晶相とSi結晶相とに相分離して共晶組織を形成することが知られています。

研究グループは、液体急冷法を用いてAg-Si合金を急速冷却したところ、図1(a)に示すように、Ag相とSi相とにナノスケールサイズで相分離していることを見出しました。また、Ag相にはSiが約5%固溶したAg過飽和固溶体が形成され、さらに、図1(b)に示すような非晶質のSi相の準安定相を生成していることを見出しました。

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図1. (a) Ag-Si合金粉末断面の走査透過電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分光(STEM-EDS)の元素マッピング像。Ag(赤色)とSi(緑色)とにナノスケールで相分離していることが分かる。 (b) 明視野のSTEM像は、Siには格子像が観測されず、非晶質でSiが凝固していることが判明した。

さらに、液体急冷Ag-Si合金粉末を加熱すると、準安定相であるAg過飽和固溶体に固溶しているSiの酸化反応により、副産物としてAgが析出することを発見しました。図2(a)は、液体急冷Ag-Si合金粉末の走査電子顕微鏡(SEM)像を示し、加熱処理前の粉体表面はスムーズであることが分かります。一方、本粉末試料を窒素99.9 % 酸素0.1 %の混合ガスをフローさせながら280 ℃で3時間エージングを実施すると、図2(b)に示すように、粉体表面にはAgの析出(ノジュール)構造を形成していることが分かります。

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図2. Ag-Si合金粉末の加熱処理前(a)と後(b)のSEM像。加熱処理後にAg-Si粉末表面にAg析出(ノジュール)構造を形成していることが分かる。

本研究を進めるにあたり、低温にて析出するAgを接合技術へと応用できないかと検討しました。図3(a)は、液体急冷Ag-Si合金リボンに対して加熱処理を行った後のSEM像であり、リボン表面にはAg析出構造が成長していることが分かります。このリボン形状を切断することによりシート形状に加工して、Cu(銅)チップと基板(Ag蒸着コート済み)とで挟み込みました。図3(b)は、焼結後の結果を示しており、大気中において20 MPaの圧縮応力を印加しながら、300 ℃において1時間の加熱を行いました。その結果、Ag析出構造を介して焼結接合することに成功し、その接合のシェア強度は約20 MPa程度であることから、市販品のはんだ材料と同程度の強度を持つことが実証されました。

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図3. (a)液体急冷Ag-Si合金リボン上に成長したAg析出(ノジュール)構造のSEM像。(b)本リボンをチップと基板とで挟み、圧縮応力下(20MP)で焼結接合させることに成功した。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

従来の非晶質(アモルファス)合金材料においては、異なる種の元素が混合することにより混合熱が負となるような合金種がガラス形成能の高い合金とされてきました。本研究における液体急冷Ag-Si合金のSiの非晶質化のメカニズムは、従来とは異なるメカニズムであり、非晶質SiをAg-Siの共晶反応により液相から直接凝固して得られる事を見出した点に、学術的に大きな意義があります。

今後は、Ag-Si合金組成や急冷条件の最適化、加熱温度・時間、印加圧力、雰囲気制御などの焼結接合のための最適条件を導き出し、電気自動車などに用いられるワイドバンドギャップ半導体デバイスへの実装のための研究を進めていく予定です。

特記事項

本研究成果は、2024年9月3日(火)10時(ロンドン時間)に 『Scientific Reports (Springer Nature)』 に掲載されました。

タイトル:“Metastable phases of Ag-Si: amorphous Si and Ag-nodule mediated bonding”
著者名:Koji S. Nakayama, Masahiko Nishijima, Yicheng Zhang, Chuantong Chen, Minoru Ueshima, Katsuaki Suganuma
DOI:10.1038/s41598-024-70298-6

参考URL

中山幸仁特任准教授(常勤) 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/ec37de0914b83b7f.html

大阪大学産業科学研究所 フレキシブル3D実装協働研究所
https://www.f3d.sanken.osaka-u.ac.jp/

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 12 つくる責任つかう責任

用語説明

共晶

Eutectic(共晶)とは、ギリシャ語のEutektosを語源としており「たやすくとける」という意味です。金属・冶金学では、液相が冷えて固化するときに、2成分の結晶相が分離して晶出することを意味します。一方、化学の分野ではEutecticを「共融」と呼んでいます。

液体急冷

溶融した金属や合金を液相から急速に冷却して固化することを意味します。ガスアトマイズ法では、高速ガスジェットで溶融を粉砕して粉末形状に加工します。また単ロール液体急冷法では、高速回転するロールに溶融を噴射することによりリボン形状に加工します。アモルファス合金、金属ガラス、ナノ結晶など、非平衡状態で固化する際に用いられます。

非晶質

アモルファスとも呼ばれ、結晶質に見られるような原子配列に長距離秩序はないものの短距離秩序のある非平衡状態を示します。特に、アモルファスシリコンは、太陽光パネルに利用され、近年ではリチウムイオン電池の電極材料として研究が進められています。

過飽和固溶体

2種類以上の金属が溶けて均一な状態で固化しているものを固溶体と呼びます。この固溶体にどちらかの元素を過剰に添加した状態で固化したものを過飽和固溶体と呼びます。通常ではシリコン(Si)と銀(Ag)は混ざり合って固化しませんが、本研究において、液体急冷することにより少量のSiがAgへ固溶されていることを見出しました。

準安定相

平衡状態では存在しない相で、熱力学的には最も安定な状態ではなく、何らかの条件により暫定的に存在する相のことをいいます。

ワイドバンドギャップ半導体

「パワー半導体」と呼ばれる半導体は、高電圧・高電流の機器に不可欠な電力変換デバイスで利用されています。従来はSiが用いられてきましたが、半導体の禁止帯(バンドギャップ)が広いSiC、GaN、C(ダイヤモンド)などの半導体を「ワイドバンドギャップ半導体」と呼びます。