低軌道衛星通信を活用した移動型遠隔手術システム 世界初の実証実験に成功

低軌道衛星通信を活用した移動型遠隔手術システム 世界初の実証実験に成功

2024-7-31生命科学・医学系
医学系研究科特任教授(常勤)中島清一

概要

徳洲会グループの本部機能を有する一般社団法人徳洲会(東京本部:東京都千代田区、理事長:東上 震一、以下「徳洲会グループ」)、国立大学法人大阪大学(本部:大阪府吹田市、総長:西尾 章治郎) 大学院医学系研究科、リバーフィールド株式会社(本社:東京都港区、代表取締役:只野耕太郎、以下「リバーフィールド」)は、2024年6月30日(日)、大阪府八尾市の八尾徳洲会総合病院において、低軌道衛星通信を用いた移動型遠隔手術システムの実証実験(以下、「本実証」)を世界で初めて実施しました。

衛星通信による遠隔手術は古くから理論的には可能とされてきましたが、これまでは試作ロボットと高額な衛星通信システムを用いた実験レベルにとどまっていました。本実証は、薬事承認された手術支援ロボットと、安価で常用利用が可能な衛星通信サービスを活用し、世界で初めて「実用レベルで」遠隔ロボット手術の実現可能性を検証したものです。

災害が多く、インフラの壊滅的被害により、地上通信網が使用不能となりえる我が国において、このような取り組みを世界に先駆けて実施できたことは大変意義深いと考えます。

背景

日本の地方部では深刻な医師不足が続いており、高度な医療へのアクセスが困難な状況にあります。遠隔手術システムは、この問題解決の「切り札」と期待され、研究開発が進められてきましたが、通信インフラの整備にかかるコストや災害時のシステムの脆弱性が課題となっていました。近年、ロボット制御技術や低軌道衛星通信技術が急速な発展を見せており、低コストで強靭な遠隔医療システムが現実味を帯びつつあります。

実証実験の内容

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本実証では、リバーフィールドが開発した手術支援ロボット「Saroa サージカルシステム」を以下のように配置し、実験を実施しております。

・サージョンコンソール(操作側):八尾徳洲会総合病院の手術室内
・ペイシェントカート(患者側):屋外に配置したトラック内

低軌道衛星通信には、米国スペースX社が運営する「スターリンク」のサービスを利用しました。また、接続のフレキシビリティを確保するため、クラウド上に中継用VPNサーバーを設置しています。

実験には6名の外科医が参加し、通常のロボット手術構成と遠隔のロボット手術構成での比較を行いました。臓器の弾力性を再現したトレーニング用モデルを用いて、縫合・結紮などの手技(傷口を縫い合わせたり、糸を結んで固定したりする作業のこと)を行いました。

なお、「Saroa サージカルシステム」は2023年5月に日本国内にて薬事承認を取得しましたが、衛星通信や、その他通信を用いた地理的に離れた施設間での遠隔手術は、薬事承認範囲に含まれていないことより、本実証には本実証専用機を用いました。

結果

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図. 実験の様子

実験に参加した医師6名全員から、遠隔のロボット手術構成においても、通常のロボット手術時と同様、縫合や結紮などの繊細な手技が可能であることが確認されました。さらに、フルHD画質、4Mbpsの滑らかな映像伝送に成功しました。また、中継用VPNサーバーにより、固定IPアドレスのない環境でも安定した接続性の確保が確認されました。

低軌道衛星通信の優位性

・低遅延・高速大容量通信が可能
低軌道衛星は、地球に近い軌道(高度2,000km以下)を周回するため、静止軌道衛星(高度約36,000km)と比較して、信号の往復時間が大幅に短縮されます。これにより、手術に必要な即時性の高い信号伝達が可能となり、4K映像などの大容量データもスムーズに送受信することができるようになりました。

・車載システムとの親和性が高い
低軌道衛星通信用のアンテナは小型・軽量であるため、移動車両への搭載が容易です。これにより、手術ロボットを搭載したトラックを必要な場所へ迅速に移動させることができます。

・地理的制約を受けにくい
従来の地上波通信インフラが整備されていない山間部や離島などでも、空が見通せる環境があれば通信が可能となるため、医療過疎地域や遠隔地においても、都市部と同等の高度な医療サービスを提供できるようになるものと期待されます。

・災害時にも強い通信インフラ
地震や洪水などの自然災害により、地上の通信インフラが損壊した場合でも衛星通信は影響を受けにくく、また、災害発生直後の混乱した状況下でも、迅速に通信環境を確立できるという利点があり、大規模災害時・緊急時の医療支援に大きな役割を果たすことが期待されます。

今後の展望

本システムは、へき地・離島と都市部の医療格差の是正、災害時の迅速な医療支援、さらには国境を越えた医療支援活動や、あらゆる地域の医師らのトレーニングに幅広く活用できる可能性があります。