HemK2メチル基転移酵素はタンパク質合成とmRNAの安定性に必要

HemK2メチル基転移酵素はタンパク質合成とmRNAの安定性に必要

卵の成熟を許可するメチル化スイッチの発見

2024-7-16生命科学・医学系
生命機能研究科助教河口真一

研究成果のポイント

  • HemK2は卵の成熟を許可するスイッチの1つであることを見出した。
  • HemK2メチル化酵素の基質候補としてDNAや複数のタンパク質が知られていたが、ショウジョウバエの生殖細胞内では、eRF1タンパク質が生理的な基質であることを明らかにした。
  • HemK2によるeRF1のメチル化が損なわれると、タンパク質だけでなく、mRNAの量も減少し、卵成熟が停止することが明らかになった。
  • eRF1のメチル化は活発なタンパク質合成に不可欠であり、HemK2の活性を抑制することにより癌細胞などの病気を引き起こす細胞の増殖を抑える新しい治療法の開発が期待される。

概要

大阪大学大学院生命機能研究科の大学院生の徐 凤梅さん(博士課程)、河口真一助教、甲斐歳惠教授らの研究グループは、ショウジョウバエの卵発生の過程において、HemK2メチル基転移酵素がタンパク質合成の終結因子であるeRF1をメチル化すること、さらに、mRNAの安定性にも寄与することを世界で初めて明らかにしました。このメチル化が損なわれた場合、タンパク質合成が著しく減少すると同時に、翻訳されたmRNAが分解され、卵発生が中断されます。すなわち、HemK2によるメチル化修飾は、卵の成熟を許可するスイッチの1つであり、今回、研究グループはその分子メカニズムを明らかにしました。

これまでHemK2がメチル基を付加する基質候補として、複数のタンパク質やDNAが報告されていましたが、どれが生理的に重要な基質であるのかは不明でした。今回、甲斐教授と河口助教らの研究グループは、生殖細胞におけるHemK2の生理的な基質はタンパク質合成の終結因子(eRF1)であり、 eRF1のメチル化がタンパク質合成を促進し、同時にmRNAの安定性も保証していることを明らかにしました。この研究成果から、HemK2の働きを阻害することで、タンパク質合成が活発な細胞の機能や増殖を選択的に阻害することが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Development」に、7月16日(火)午後5時(日本時間)に公開されました。

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図1. HemK2によるeRF1のメチル化は、タンパク質合成だけでなく、mRNAの安定性も保証することによって、卵熟成を許可するスイッチとして機能している。

研究の背景

これまで、HemK2メチル基転移酵素がeRF1をメチル化することは知られていましたが、その他にもDNAやヒストンタンパク質を含む複数の基質候補が報告され、細胞内での生理的な基質が何であるかが課題でした。ショウジョウバエ卵巣の生殖細胞でHemK2の機能が失われると卵の成熟が止まってしまいますが、それがどの基質の影響によるものなのか、またその生理的役割や卵発生における機能は不明でした。そこで、ショウジョウバエの卵発生におけるHemK2の基質を特定し、卵発生停止の分子機構を解析しました。

研究の内容

メチル化されないeRF1を野生型ショウジョウバエの生殖細胞に過剰発現させると、hemK2遺伝子の発現を減少させた場合と同様の異常が見られました。他の基質候補はHemK2の機能欠損で影響がなかったことから、eRF1がHemK2主要な生理的基質であることが明らかとなりました。eRF1のメチル化が損なわれることにより、タンパク質合成が減少し、卵発生を停止させるのではないかと考えられましたが、意外にも、mRNAも分解されていることがわかりました。また、mRNAの分解を抑制すると、卵成熟も回復しました。すなわち、eRF1のメチル化が妨げられるとその機能が低下し、停止コドンでリボソームが解離せずに停滞することによってmRNAの品質管理機構が働き、mRNAが分解されると考えられます。これらの結果から、eRF1のメチル化は、多大なエネルギーを必要とする卵形成を許可するスイッチの1つであることが明らかとなりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、HemK2翻訳制御の分子機構が明らかになりました。これまで、異常なmRNAがリボソームの停滞を引き起こし、翻訳中のmRNAを分解する機構が知られていましたが、この機構が翻訳終結効率の低下によっても引き起こされることを生体内の組織で初めて示しました。また、HemK2の阻害剤を利用することによって、活発にタンパク質合成をしている細胞の機能や増殖を選択的に阻害できると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年7月16日(火)午後5時(日本時間)に英国科学誌「Development」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“HemK2 functions for sufficient protein synthesis and RNA stability through eRF1 methylation during Drosophila oogenesis”
著者名:Fengmei Xu, Ritsuko Suyama, Toshifumi Inada, Shinichi Kawaguchi, and Toshie Kai
DOI:https://doi.org/10.1242/dev.202795

なお、本研究は、武田科学振興財団 (J191503009), 日本学術振興会科学研究費助成事業 (21H05275、20H05390)および大阪大学データビリティフロンティア機構 IDS学際共創プロジェクト(Na22990007)の支援を受け、東京大学 医科学研究所 稲田利文教授の協力を得て行われました。

参考URL

用語説明

ショウジョウバエの卵発生

ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)は、遺伝学や発生生物学の研究においてモデル生物として広く利用されています。卵発生とは、卵巣で卵母細胞が形成され成熟する過程を指します。

HemK2メチル基転移酵素

HemK2メチル基転移酵素は、特定の基質にメチル基(-CH3)を付加する酵素の一種です。この酵素の基質は、eRF1タンパク質やヒストンタンパク質、あるいは、ゲノムDNAのアデニンが報告されています。

タンパク質合成

タンパク質合成は、リボソームというタンパク質合成装置が、mRNAの配列情報に基づいてアミノ酸を結合させ、機能的なタンパク質を作る過程です。翻訳開始コドンから始まり、終止コドンに到達すると、作成したタンパク質を放出し、反応が完了します。

eRF1

リボソームが終止コドンに到達すると、翻訳終結因子であるeRF1がリボソームに結合し、作成したタンパク質をリボソームから切り離す反応を触媒します。ショウジョウバエでは、eRF1の185番目のグルタミン残基がメチル化されることが知られており、このメチル化によって触媒反応が100倍ほど上昇することが報告されています。

mRNAの品質管理機構

mRNAの品質管理機構は、細胞内で生成されたmRNA分子の正確さと完全性を監視し、異常なmRNAを検出して分解するための一連のプロセスです。これにより、翻訳されるタンパク質の品質を保証し、細胞の正常な機能を維持します。そのメカニズムの1つであるNo Go 分解では、タンパク質合成中のリボソームがmRNA上で停止すると、当該mRNAが分解されます。