毛髪鼻指節骨症候群(TRPS)の骨格異常を 再現するモデルマウス作成に成功
成長に伴い現れる骨格異常のメカニズム解明に向けて
研究成果のポイント
- 毛髪鼻指節骨症候群(TRPS)について、生後の成長に伴い顕著になる骨格異常を再現するモデルマウスを作成。
- これまでTRPSの病態解明に用いられてきたTrps1遺伝子欠損モデルマウスは、生後すぐに死んでしまうという難点があり、成長に伴う骨格異常を検証することが難しかった。
- 今回、Trps1遺伝子の発現を制御するゲノム領域を特定し、このゲノム領域を欠失させた変異マウスを作成。このマウスは生後すぐに死ぬことがなく、後天的な骨格異常について検討が可能に。
- Trps1発現制御領域の欠失に加えて、片アリルでTrps1遺伝子自体を欠失させることにより、より重篤な骨格系病態も再現可能に。
- 毛髪鼻指節骨症候群の病態解明と骨格系病態に対する治療法の開発に貢献することに期待。
概要
大阪大学大学院歯学研究科組織・発生生物学講座の佐伯直哉招へい研究員、阿部真土講師、大庭伸介教授らのグループは、毛髪鼻指節骨症候群の患者に起こる、生後の成長に伴いその症状が顕著になる骨格系病変の一部を再現するマウスを作成しました。
毛髪鼻指節骨症候群(TRPS)は、転写因子であるTrps1遺伝子の変異が原因として起こる希少な遺伝性の疾患で、生まれつきの指の短さや、心臓や腎臓の重い形成異常などが主な特徴として挙げられます。また、生まれつきの症状だけでなく、若年期から低身長、変形性関節症、重篤な場合は膝蓋骨の脱臼など、骨格系の異常が起こる場合もあります。
TRPSを発症するメカニズムについて、これまでTrps1遺伝子を欠損させたTrps1ノックアウトマウスを用いて解析が進められてきました。しかし、Trps1ノックアウトマウスは生後すぐに死んでしまうため、生後の成長に伴い発生する骨格系異常の病態・メカニズムの解析を行うことは困難でした。
今回、次世代シークエンサー解析を駆使することで、Trps1遺伝子の発現制御候補領域を見出し、このゲノム領域を欠損させた「エンハンサーノックアウトマウス」を作成しました。このマウスは、出生後も生存し、雌雄間の交配もできることが確認されました。一方、このマウスではTrps1遺伝子が様々な組織で発現低下していること、その成長に伴い、TRPS患者に認められる成長障害や股関節の形態形成異常などを再現できることがわかりました。
本研究で作出したモデルマウスにより、これまで動物では難しかった生後のTRPS病態の解析が可能となり、成長障害や骨格異常などのメカニズム解明と、その治療法の開発に貢献することが期待されます。本研究成果は、2024年6月21日に「Human Molecular Genetics」に掲載されました。
図. 本研究で作出したTrps1遺伝子低発現型マウス
Trps1遺伝子の発現制御候補領域を欠失させたマウスでは生後の成長障害、股関節の成熟の異常、二次骨化中心の形成遅延、膝蓋骨の位置異常が認められ、TRPS患者の生後病態の一部を再現。
研究の背景
毛髪鼻指節骨症候群(TRPS)は、転写因子であるTrps1遺伝子の変異により発症する希少な疾患です。この症候群では、毛髪形成の異常や、特徴的な顔かたちが特徴として現れます。他にも、指の短さや、心臓や腎臓にも重篤な形成異常が見られたりするなど、その病状は多岐にわたります。また、生まれつきの症状だけではなく、生後に成長障害が顕著となったり、若年期から変形性関節症などを発症するなど、患者の成長に従って顕著になる症状もあります。希少な疾患であるため、その病態の解析や新規治療標的発見のためには、その病態を再現する動物モデルの作出が極めて重要です。
これまでのTRPSの病態、発症メカニズム解析には、Trps1遺伝子ノックアウトマウスが大きな貢献をしてきました。しかし、これらのマウスは胸郭の発育異常により自発呼吸が難しくなり、生後まもなく死んでしまいます。そのため、成長障害や変形性股関節症のような、TRPS患者において生後に顕著となる病態については詳しく検討することができませんでした。
研究の内容
本研究グループは、TRPS遺伝子の発現を消失させることなく、その量を低下させることで、出生直後の致死を回避し、TRPSの生後病態を再現するモデルマウスが作出できると考えました。そこで、Trps1遺伝子の発現制御領域を同定するため、マウス肋軟骨において、次世代シークエンサーを駆使した解析を行いました。具体的には、オープンクロマチン領域をATAC‐Seq解析で、活性化エンハンサーの指標となるヒストン修飾状態をChIP‐seq解析で探索しました。その結果、Trps1遺伝子の第1イントロン内に発現制御候補領域を2か所見出しました。
まず、2つの候補領域(3~4kb)を個別に欠失させたマウスを作出しました。これらのマウスより採取した肋軟骨細胞においてTrps1遺伝子の発現が低下していることを確認できたものの、TRPS患者で生後に生じる病態は認められませんでした。
次に2つの候補領域を含む領域(20kb)を欠失させたマウスを作出したところ、生後数週後から顕著な成長障害が認められ、多くのTRPSの患者でみられる股関節の成熟の異常を認めました。このマウスより採取した肋軟骨細胞におけるTrps1遺伝子の発現は、前述の個別に発現制御候補領域を欠失させたマウスよりさらに低下していることがわかりました。さらに20kbのゲノム領域を欠失させたマウスにおいて、片アリルでTrps1遺伝子を欠失させると、成長障害とともに長管骨の二次骨化中心形成の大幅な遅延、膝蓋骨の位置異常などより重篤な異常が見られました。長管骨の二次骨化中心の正常発生は陸棲動物において骨端部の軟骨成長板を保護する役割を持つことが示されており、今回の新規Trps1ゲノム変異マウスの解析よりTRPS患者に見られる成長障害の要因の一つに二次骨化中心の形成異常がある可能性も示唆されました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究では、生後にみられるTRPS患者の骨格系病態の一部を再現するマウスの作出に成功しました。希少疾患であるTRPSの生後の病態解明のみならず、治療標的の同定や新規治療法の開発に役立つと考えられます。
特記事項
本研究成果は、2024年6月21日に「Human Molecular Genetics」に掲載されました。
タイトル:“Deletion of Trps1 regulatory elements recapitulates postnatal hip joint abnormalities and growth retardation of Trichorhinophalangeal syndrome in mice”
著者名:Naoya Saeki, Chizuko Inui-Yamamoto, Yuki Ikeda, Rinna Kanai, Kenji Hata, Shousaku Itoh, Toshihiro Inubushi, Shigehisa Akiyama, Shinsuke Ohba*, Makoto Abe* (*責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1093/hmg/ddae102
本研究は大阪大学大学院歯学研究科生化学講座の波多賢二准教授、顎顔面口腔矯正学講座の犬伏俊博講師、歯科保存学講座の伊藤祥作准教授、障害者歯科学講座の秋山茂久准教授らとの共同研究で行われました。また、本研究はJSPS科研費JP16H06276およびJP22H04922(AdAMS)の助成を受けて行われました。
参考URL
用語説明
- Trps1遺伝子
軟骨細胞の肥大化を制御し、正常な成長板軟骨の維持に必須の役割を持つことが知られている。
- ATAC‐Seq解析
Assay for Transposase-Accessible Chromatin-Sequencingの略。Tn5トランスポゼーズがヌクレオソームによって保護されていないDNA部位にタグ付けされることでオープンクロマチン領域の情報を得ることができる。
- ChIP‐seq解析
Chromatin Immunoprecipitation- Sequencingの略。目的のタンパク質との相互作用により特異的抗体で免疫沈降したクロマチンDNAを網羅的にシークエンシングすることで、細胞の特定の状態においてゲノム上での目的のタンパク質とDNAとの相互作用部位を明らかにすることが可能である。