\出勤しているけれど業務効率が上がらない?/ 日々のプレゼンティーズムを左右する心身状態を解明

\出勤しているけれど業務効率が上がらない?/ 日々のプレゼンティーズムを左右する心身状態を解明

労働生産性の向上に向けて

2024-6-20生命科学・医学系
データビリティフロンティア機構特任教授(常勤)中村 亨

研究成果のポイント

  • 日々のプレゼンティーズム(出社しているものの、何らかの健康問題によって業務効率が落ちている状況)の悪化には、日中の抑うつ気分と肩凝りの悪化、前日の睡眠時間不足が関連することを解明
  • これまでの研究では、プレゼンティーズムと心身の状態との関連については、数週間または月単位で質問紙による評価が一般的であった。今回、スマートフォンアプリや身体活動量計を使用したEcological Momentary Assessmentという手法を用いることで、日々のプレゼンティーズムの変化の把握と、日中の自覚症状、前日の睡眠状態との関連を同定することに成功
  • 日々のプレゼンティーズムや労働生産性の改善に向けた効果的な介入・指導の実現につながる

概要

大阪大学データビリティフロンティア機構 中村亨 特任教授(常勤)と東京大学教育学研究科 山本義春 教授、同 諏訪かおりさん(博士課程)らの共同研究グループは、労働者の日々のプレゼンティーズムの悪化には、日中の抑うつ気分と肩凝りの悪化、前日の睡眠時間の不足が関連することを明らかにしました(図1)。

プレゼンティーズムとは「出社しているものの、何らかの健康問題によって業務効率が落ちている状況」です。心身に不調をきたしている状態であるため、業務パフォーマンスが十分に発揮できず、生産性の低下による経済的損失が増大することが分かっています。

これまで、プレゼンティーズムの評価は、過去数週間または過去数か月単位での思い出しによる質問紙法が用いられてきました。そのため、日々のプレゼンティーズムの変化やそれらと関連する心身の状態を評価することが困難でした。

今回、研究グループは、実時間で心身の状態を記録できるEcological Momentary Assessmentという手法を用いて、日々のプレゼンティーズムと日中の主観的自覚症状、毎日の睡眠状態の計測を行いました。その結果、これまでの質問紙法では把握できなかったプレゼンティーズムの日々の変化、特に、一時的なプレゼンティーズムの悪化を把握することに成功しました。また、日中の抑うつ気分や肩凝り、前日の睡眠時間がその変化に関連する主な要因であることを明らかにしました(図2)。

このことは、抑うつ気分や肩凝りを低減すること、また、十分な睡眠時間を確保することが、日々のプレゼンティーズムの改善につながる可能性を示唆します。

本研究成果は、米国医学誌「Journal of Occupation and Environmental Medicine」に、6月7日(金)オンライン掲載されました。

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図1. 日常生活下調査の概要と取得データのイメージ

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図2. 日々のプレゼンティーズムの変化に関わる心身の状態要因

研究の背景

プレゼンティーズムは、個人や企業の労働生産性の低下に繋がり、またアブセンティーズムよりも大きな経済的損失を生みだしているといわれています。そのため、職場における労働者のプレゼンティーズムへの対策が、近年、重要視されつつあります。しかし、プレゼンティーズムには、心理的・生理的・社会的などの多種多様な要因が複雑に絡みあっており、加えてプレゼンティーズムの客観的評価の困難さから、その効果的な改善方法は未だ十分に確立していません。

プレゼンティーズムは、質問紙を用いた数週間または月単位で評価することが一般的です。しかしながら、その方法には、想い出しによる想起バイアスに起因する客観性の低下や、評価期間の時間解像度の低さといった難点もあります。そのため、日々の変動やそれに関連する心理的・生理的・社会的要因の同定が困難でした。

研究の内容

共同研究グループは、健康な勤労者を対象(56名、2週間の調査期間)に、独自開発したスマートフォンアプリと身体活動量計を利用したEcological Momentary Assessment(EMA)により、プレゼンティーズムの日々の変化を捉え、さらにプレゼンティーズムと関連する日々の心身の状態を同定することを試みました。

被験者には、個人のスマートフォンにインストールした専用アプリを用いて、その時々の自覚症状(抑うつ気分や不安、ストレス、疲労感、眠気、肩こりなど)を1日5回、回答してもらいました。また、仕事終わりには、その日のプレゼンティーズムを問う質問「今日の仕事のパフォーマンスはどうでしたか?」にも回答してもらいました。調査終了時には、国際的に広く使用されている既存の質問紙(WHO-Health and Work Performance Questionnaire:WHO-HPQ)を用いて、調査期間全体のプレゼンティーズムを評価しました。

WHO-HPQとEMAで評価した日々のプレゼンティーズムの相関関係と級内相関係数を検討したところ、両者間に有意な相関関係が認められるものの、一致性は低く、特に、EMAによる評価では、一時的なプレゼンティーズムの悪化などの変化が把握できることを確認しました。さらに、EMAで評価した日々のプレゼンティーズムの変化と日中の心身の状態との関係について検討したところ、日中の抑うつ気分や肩凝り、前日の睡眠時間がその変化に関連する主な要因であることが明らかになりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、日々のプレゼンティーズムの改善には、日中の抑うつ気分や肩凝りを低減させたり、十分な睡眠時間を確保するといった介入・指導が効果的であることが示唆されます。近年、健康情報科学の分野で注目を浴びている日常生活下での心身の状態把握に基づき、個人にとって適切なタイミングで、適切な介入を行うJust-in-Time Adaptive Intervention等の技術を活用することで、日々のプレゼンティーズムの改善、あるいは労働生産性の向上につながる行動変容の実現が可能になると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年6月7日(金)に米国医学誌「Journal of Occupation and Environmental Medicine」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Daily Associations Between Presenteeism and Health-Related Factors Among Office Workers: An Ecological Momentary Assessment Approach”
著者名:Suwa K, Nakamura T, Kishi A, Takeuchi H, Yoshiuchi K and Yamamoto Y

なお、本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS229B)およびJST未来社会創造事業(JPMJMI21J5)の一環として行われました。

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 08 働きがいも経済成長も

用語説明

プレゼンティーズム

心身の健康問題によって、会社に出勤しているがパフォーマンスが低い状態。心身に不調をきたしている状態であるため、業務パフォーマンスが十分に発揮できず、生産性の低下を引き起こす。プレゼンティーズムの評価は主観的な要素に依存するため、その把握や数値化が難しい。そのため、WHO-Health and Work Performance Questionnaire(WHO-HPQ)など、様々な評価質問紙が考案されている。また、WHO-HPQ等の評価質問紙で試算したプレゼンティーズムの経済損失は、アブセンティーズムのそれよりもはるかに大きいと推計されている。プレゼンティーズムは、将来的な疾患発症にも関連するなど、個人のWell-beingに大きく関連している。

Ecological Momentary Assessment

日常生活下の現象をその瞬間に評価・記録する手法。EMAは想起バイアスを避け、生態学的妥当性を高めるため、日々変動する心身の状態を詳細かつ正確に評価できる。

アブセンティーズム

心身の健康問題によって、会社を欠勤している状態。プレゼンティーイズムと比較して、欠勤日数等の客観的な数値で評価できる。

Just-in-Time Adaptive Intervention

日常生活下の心身の状態把握に基づき、個人にとって適切なタイミングで適切な介入を行う手法。身体活動量の向上や睡眠状態の改善に向けた行動変容などでの介入効果が報告されている。