\もう待たせません!/ 量子計算と古典計算の協調処理を高速化! 阪大の量子コンピュータ・クラウドサービスで提供開始

\もう待たせません!/ 量子計算と古典計算の協調処理を高速化! 阪大の量子コンピュータ・クラウドサービスで提供開始

量子古典ハイブリッドアルゴリズムの利用を加速

2024-6-17工学系
量子情報・量子生命研究センター特任研究員(常勤)森 俊夫

研究成果のポイント

概要

大阪大学量子情報・量子生命研究センターの森俊夫特任研究員(常勤)、束野仁政特任研究員(常勤)、桝本尚之特任研究員(常勤)、宮永崇史特任研究員(常勤)、株式会社セックの内田諒主任らの研究グループは、量子計算と古典計算をかけあわせた協調処理を行う「量子古典ハイブリッドアルゴリズム」を実行する機能を開発し、大阪大学の量子コンピュータ・クラウドサービスにて提供開始しました。この機能は、大阪大学の実験室に設置した量子コンピュータを一時的に専有することにより、量子古典ハイブリッドアルゴリズムを高速に実行するものです。

本機能が日本の量子コンピュータ・クラウドサービスで利用可能になるのは、大阪大学が初めてです。これにより、今後、量子古典ハイブリッドアルゴリズムの利用が加速することが期待されます。

研究の背景

量子アルゴリズムとして注目されている手法の一つとして、量子古典ハイブリッドアルゴリズムがあります。現在の量子コンピュータはノイズの影響が大きく、まだ限定的な規模の計算しかできません。そのため、ノイズの少ない小さな計算を量子コンピュータで行い、それ以外の処理を古典コンピュータで行う手法が考案されています。この手法では、量子コンピュータによる計算結果を古典コンピュータが処理し、次に量子コンピュータで行う計算内容を決めます。そしてまた、小さな計算を量子コンピュータで行い、古典コンピュータがその次に量子コンピュータで行う計算内容を決めます。量子コンピュータと古典コンピュータがこのように計算を繰り返すことで、現在の量子コンピュータだけでは実行できない領域まで計算範囲を広げることができます。この手法を量子古典ハイブリッドアルゴリズムと呼びます。計算内容にもよりますが、量子古典ハイブリッドアルゴリズムでは、量子コンピュータと古典コンピュータの計算を数百回~数万回繰り返すことがあります。

ユーザが量子コンピュータで計算を行う際は、ジョブという単位で実行します。量子コンピュータは複数のユーザが共用しているため、他のユーザもジョブを実行しようとしている場合は順番を待つ必要があります。これは、1 つの窓口に対して複数のユーザが列を作って並んでいる状況です。混雑状況にもよりますが、ジョブが実行されるまで十秒~数時間程度待たされます。

これまで、量子古典ハイブリッドアルゴリズムでは、古典コンピュータによる計算をユーザのコンピュータで実行しており、量子コンピュータで繰り返し計算を行う際にジョブを何度も実行する必要がありました。そのため、量子古典ハイブリッドアルゴリズムをクラウド経由で実行する場合には膨大な待ち時間がかかることがあり、利用する上での大きなボトルネックになっていました(図 1)。本研究では、この問題を解決しました。

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図1. これまでの仕組み

研究の内容

本研究開発では、量子古典ハイブリッドアルゴリズムの協調処理を高速化する機能を開発しました。具体的には、量子古典ハイブリッドアルゴリズムのジョブを実行する際に量子コンピュータを専有し、何回も順番待ちすることなく量子コンピュータで計算します。また、古典コンピュータによる計算はユーザのコンピュータではなく、サーバ側のコンピュータで実行します。そのため、この機能を SSE(Server Side Execution)と名付けました。

SSE の動作の流れについて説明します。

1. ユーザは量子古典ハイブリッドアルゴリズムを実行する Python スクリプトを作成します。
2. 作成したPython スクリプトをジョブとしてクラウドに送信します。
3. クラウドでは他のユーザとの順番待ちが行われます。
4. 実行する順番になると、大阪大学の実験室にあるコンピュータのコンテナの中でPython スクリプトを実行します。Python スクリプトの実行中は量子コンピュータを占有し、他のジョブは順番待ちになります。
5. Python スクリプトの実行が完了すると、クラウドを通じてユーザに結果を返します。また、量子コンピュータの占有状態を開放し、他のジョブを実行できるようになります。

量子古典ハイブリッドアルゴリズムでは、サンプリングと期待値推定を行うことが多いですが、SSE ではそれら以外の Python スクリプトも実行可能です。(ただし、セキュリティ制限と実行時間制限を設けており、制限なく自由に実行できるわけではありません。)

なお、同じような機能として、IBM の Qiskit Runtimeや AWS の Amazon Braket Hybrid Jobsが挙げられます。

IBM の Qiskit Runtime は、サンプリングと期待値推定という決められた操作のみサーバで実行が可能です。(IBM と特別な契約を結んだプレミアムユーザの場合は、Qiskit の拡張である Qiskit Serverlessを利用して Python スクリプトをサーバで実行可能です。)本研究では、サンプリングと期待値推定に限らず、Python スクリプトをサーバで実行可能です。

AWS のAmazon Braket Hybrid Jobs は、クラウド上で Python スクリプトを実行する仮想環境を立ち上げその中で実行されます。本研究と近い仕組みですが、本研究では、量子コンピュータに近いサーバのセキュリティ対策されたコンテナ上で実行されます。量子コンピュータ実機を専有するため、より効率的な処理が可能となっています。

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図2. SSE(Server Side Execution)の仕組み

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図3. Amazon Bracket Hybrid Jobs の仕組み

本研究開発成果の意義

本研究開発により、量子コンピュータ・クラウドサービスを使って量子古典ハイブリッドアルゴリズムを現実的な時間で効率的に実行することができるようになりました。これにより、量子古典ハイブリッドアルゴリズムを利用した研究の加速が期待されます。

特記事項

本研究開発は、科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「量子ソフトウェア研究拠点(研究代表者:北川勝浩)Grant No.JPMJPF2014」、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「先進的量子技術基盤の社会課題への応用促進」(研究推進法人:量子科学技術研究開発機構)の研究テーマの一つ「国産量子コンピュータによるテストベッドの利用環境整備と運用(研究開発責任者:萬伸一)」によって実施されました。

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

量子古典ハイブリッドアルゴリズム

量子コンピュータと古典コンピュータの特徴を活かして協調処理して計算する手法で、ノイズの影響で大きな計算ができない現在の量子コンピュータ上で実行可能なアルゴリズムです。「研究開発の背景」で詳細に説明しています。

量子コンピュータ・クラウドサービス

大阪大学に設置された国産 3 号機のクラウドサービス(2023 年 12 月 23 日運用開始)

研究者が遠隔地から量子アルゴリズムを実行したり、ソフトウェアの改良・動作確認をしたり、ユースケースを探索したりすることが可能になった。

https://qiqb.osaka-u.ac.jp/20231220pr/

コンテナ

コンテナとは、プログラムを実行する環境をパッケージ化し仮想化する技術です。

コンテナはジョブ実行時に作成し、完了後削除します。また、コンテナから外部に通信できないように制限しており、CPU やメモリ、HDD 等の利用可能量も制限しています。

Qiskit Runtime

IBM が提供する量子古典ハイブリッドジョブサービス

https://docs.quantum.ibm.com/run/execution-modes

Amazon Braket Hybrid Jobs

AWS が提供する量子古典ハイブリッドジョブサービス

https://docs.aws.amazon.com/ja_jp/braket/latest/developerguide/braket- jobs.html

Amazon Bracket Hybrid Jobs では、以下のリンクの通り「選択したターゲット QPU に優先的にアクセスできます。」となっており、専有ではありません。

https://docs.aws.amazon.com/ja_jp/braket/latest/developerguide/braket- jobs-use.html

Qiskit Serverless

https://docs.quantum.ibm.com/run/quantum-serverless

「 Premium users can build, deploy, and run their workloads remotely on classical compute made available through the IBM Quantum™ Platform.」と記載されています。