安定して存在するトポロジカルなキラル量子細線を発見

安定して存在するトポロジカルなキラル量子細線を発見

量子ビットや高効率太陽電池への応用に期待

2024-6-6自然科学系
基礎工学研究科特任研究員(常勤)山内邦彦

研究成果のポイント

  • 黒鉛を薄くしてグラフェンにすると性質が変化するように、トポロジカル絶縁体も薄くすると性質が劇的に変わることが予想されています。
  • テルル(Te)からなる原子レベルで細い線(量子細線)が、1次元トポロジカル絶縁体であることを明らかにしました。
  • 量子コンピューターで処理する情報の最小単位である量子ビットや高効率太陽電池といった応用につながる可能性があります。

概要

金属、絶縁体、半導体に次ぐ固体の新しい状態であるトポロジカル絶縁体は、次世代の超低消費電力デバイスへの応用が期待されており、その基礎となる理論研究に2016年のノーベル物理学賞が授与されるなど、大きな注目を集めています。また、グラフェンの発見(2010年ノーベル物理学賞)を契機に、新しい機能性材料として、原子1個から数個分の厚さの薄膜や量子細線の研究が世界中で進められています。究極的に小さな量子細線のトポロジカル絶縁体は、これら固体物理の重要テーマが交差する領域の興味深い研究対象であり、理論的には研究されていますが、安定して存在する理想的な物質が見つかっておらず、実際の物質での計測結果などをもとにした性質の理解は進んでいません。東北大学、大阪大学、京都産業大学、高エネルギー加速器研究機構、量子科学技術研究開発機構の共同研究グループは、ガスクラスターイオンビーム(GCIB)と高輝度放射光を用いた実験と理論計算により、テルルの量子細線が1次元トポロジカル絶縁体であることを明らかにしました。この成果は、バルク結晶(3次元)や薄膜(2次元)形状をした既存のトポロジカル絶縁体とは異なる性質が期待される1次元トポロジカル絶縁体の基礎研究の進展に加えて、量子ビット(量子コンピュータ)や高効率太陽電池などの実現に道を拓くものです。本研究成果は2024年6月6日、科学誌Natureに掲載されました。

研究の背景

2004年、鉛筆の芯に使われる黒鉛(グラファイト)から炭素原子のシートを一枚だけ分離したグラフェンにおいて、黒鉛とは全く異なる特殊な電子状態(ディラック電子)が現れ、それが優れた電気的性質を実現する(散逸が少ないことから消費電力が小さくなる、また、電子の見かけの重さがゼロのためデバイスの高速動作が可能になる)ことが発見されました。この発見以来、様々な物質の非常に薄い原子レベルの厚みの薄膜や細線を対象にして、母材料とは異なる際立った性質を実現して応用に役立てる研究が大きな潮流の一つになっています。

材料科学のもう一つの新しい流れとして、従来の固体の分類(金属、絶縁体、半導体)を適用できない新しい物質の状態を持つ「トポロジカル絶縁体」に大きな注目が集まっています。トポロジカル絶縁体の結晶を考えた場合、内部(バルク)は電流を流さない絶縁体状態であるのに対して、表面は金属的な状態になります(図1a)。

興味深いことに、黒鉛を薄くしてグラフェンにすると性質が変化するように、トポロジカル絶縁体も薄くすると性質が劇的に変わることが理論的に予想されています。例えば、薄膜状(2次元)のトポロジカル絶縁体では、薄膜の端に金属伝導(エッジ状態)が形成され(図1b)、不純物があっても安定してトポロジカル電流が流れることが予測されています。この性質は実際に実験で確かめられ、超低消費電力デバイスなどへの応用が期待されています。それでは、薄膜をさらに小さくした量子細線状(1次元)のトポロジカル絶縁体では何が起こるでしょうか? この場合、理論的には細線の端に電荷が現れることが予測されており(図1c)、この電荷を利用した量子計算や高効率の太陽電池などの応用が期待されています。しかし、1次元トポロジカル絶縁体状態を実現する理想的な物質が見つかっておらず、実験による検証は進んでいません。

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図1. トポロジカル絶縁体の次元性による違いの概略図。
(a) バルク結晶(3次元)のトポロジカル絶縁体では、ディラック電子に由来する金属的な伝導が表面で起こります。赤い矢印と青い矢印は、スピン偏極の異なる電子が逆向きに伝導する様子を表しています。
(b) 薄膜状(2次元)のトポロジカル絶縁体では、表面は絶縁体的な状態で、端に金属伝導(エッジ状態)が生じます。
(c) 細線状(1次元)のトポロジカル絶縁体では、細線の断面に点電荷(束縛状態)が現れると予測されています。

今回の取り組み

今回、東北大学 大学院理学研究科の中山 耕輔 助教、徳山 敦也 大学院生(研究当時)、材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の佐藤 宇史 教授、多元物質科学研究所の組頭 広志 教授、大阪大学 大学院基礎工学研究科附属スピントロニクス学術連携研究教育センター(CSRN)の山内 邦彦 特任研究員(常勤)、京都産業大学理学部の瀬川 耕司 教授、量子科学技術研究開発機構(QST)の堀場 弘司 グループリーダー、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の北村 未歩 助教(現QST)らの共同研究グループは、らせん構造をした量子細線が束になった構造を持つテルルという物質(図2)に着目しました。テルルは、らせんが右巻きの場合と左巻きの場合で異なる光学特性を示すキラルな物質として古くから研究されてきましたが、最近の理論研究により、テルルの量子細線1本1本が1次元トポロジカル絶縁体になることが予測されています。この予測を実証するためには、量子細線の清浄な断面を準備し、そこに現れる電荷を観測する必要があります。しかし、原子同士が強く結合した細線が束になった物質を切断しようとしても、細線がつぶれるなどして、断面をきれいに揃えることは容易ではありませんでした。本研究では、新たに開発したアルゴンガスのクラスターをイオン化して試料に照射する装置(GCIB装置; 図3a)を用い、量子細線の端をきれいに削ることで、断面を揃えた上で清浄性も実現することに成功しました。

その後、高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーにおいて真空紫外放射光をミクロン径に集光して高い空間分解能を実現したマイクロ角度分解光電子分光(ARPES)装置(図3b)を用いて、量子細線の断面の電子状態を精密に測定した結果、バンドギャップ内に現れるスピン偏極した電子状態の観測に成功しました(図4a)。第一原理計算(理論的な計算値)との比較から、このバンドギャップ内に現れた電子状態は、量子細線の端に現れる電荷に由来することを明らかにしました。また、紫外光で試料表面を走査してこの電子状態の空間分布を調べた結果、隣接する量子細線間を電子が飛び移ることで、理論的にも予想されていなかった伝導経路(エッジ状態)が形成されることを明らかにしました(図4b、4c)。

今回の成果は、安定して存在する固体において1次元トポロジカル絶縁体状態の存在を初めて示したものです。

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図2.
(a) テルル(Te)の結晶の模式図。らせん構造のTe細線が六角形状に整列しています。
(b) Teの量子細線1本が1次元トポロジカル絶縁体とみなすことができ、断面に電荷が現れることが最近の理論で予測されました。

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図3.
(a) 東北大学に建設されたGCIB装置。
(b) 高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーのBL-28Aに建設されたマイクロARPES装置。

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図4.
(a) テルル(Te)で測定したARPES強度プロット。黒矢印で示した部分に、量子細線の端電荷に由来する電子状態が現れている。
(b) 微小集光した紫外線を用いて、Teの結晶表面(下段)の赤枠で囲った領域を走査して得たARPES強度の実空間分布(上段)。赤い部分が強度の強い部分で、端電荷に由来する電子状態が存在する領域に対応する。試料のエッジに沿って分布している様子が見て取れる。
(c) 量子細線の端に現れる電荷(図中の黄色)が連なってエッジ状態の伝導が生じる概念図。

今後の展開

本研究の成果は、基礎科学的な面では、1次元トポロジカル絶縁体の性質解明に向けて重要な一歩となるものです。応用の面では、量子細線の端に現れる電荷は、量子ビット(量子コンピュータ)や高効率太陽電池、高感度光検出器、ナノトランジスタなど様々な用途が提案されており、安定して存在する1次元トポロジカル絶縁体の発見によってこれらの実現に向けた研究が加速するものと期待されます。さらに、量子細線をつなげてエッジ状態を形成できるという今回の発見は、量子細線の並び方を調整・制御することで伝導経路を自在に構築できる可能性を提案するものであり、スピン偏極電流回路の設計指針を与えるものです。

以上の展望に加えて、本成果はガスクラスターイオンビームや高輝度放射光といった先端ビーム技術が電子状態や機能性の解明に有用であることを示すものです。QSTと光科学イノベーションセンター(PhoSIC)が整備して東北大学敷地内で運用が開始された3 GeV高輝度放射光施設(NanoTerasu)において、今回の成果を踏まえたR&Dによりナノ集光ARPES装置が実現すると、この分野の研究がさらに大きく加速し、多くの材料における革新的な機能の理解や開拓につながることが期待されます。

特記事項

【論文情報】
タイトル:Observation of edge states derived from topological helix chains
著者:Kosuke Nakayama*, Atsuya Tokuyama, Kunihiko Yamauchi, Ayumi Moriya, Takemi Kato, Katsuaki Sugawara, Seigo Souma, Miho Kitamura, Koji Horiba, Hiroshi Kumigashira, Tamio Oguchi, Takashi Takahashi, Kouji Segawa, and Takafumi Sato
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 助教 中山耕輔
掲載誌:Nature
DOI:https://doi.org/10.1038/s41586-024-07484-z
URL:https://www.nature.com/articles/s41586-024-07484-z

本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「全結晶方位ARPES法による新規トポロジカル材料開拓」(JPMJPR18L7)(研究代表者:中山 耕輔)、同CREST「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」(JPMJCR18T1)(研究代表者:佐藤 宇史)などの助成により得られました。マイクロARPES装置を用いた実験は高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光共同利用実験課題(課題番号:2021S2-001)により実施しました。

用語説明

グラフェン

炭素が蜂の巣のような六角形の網の目状につながったシート状の物質です。黒鉛(グラファイト)を、非常に薄く剥がすなどして得ることができます。グラフェン内の電子は、ディラック電子と呼ばれる特殊な電子状態(エネルギーと運動量の関係)を持ちます。

トポロジカル絶縁体

位相幾何(トポロジー)の概念を物質の電子状態の解析に取り入れることで、これまでの絶縁体とは一線を画す、内側は絶縁体で表面だけ金属的な性質を示す新しい絶縁体物質として2005年に提唱されました( C. L. Kane and E. J. Mele, Phys. Rev. Lett. 95(2005) 146802.)。その表面には、不純物に邪魔されにくいディラック電子状態が形成されます。

量子細線

物質をナノメートル(ナノは10億分の1)スケールまで小さくすると、物質中の電子が量子力学に基づいた効果を顕著に表すようになります。量子効果を表す0次元の点状物質を量子ドット(量子箱)、1次元の線状物質を量子細線、2次元の面状物質を量子井戸と呼びます。

ガスクラスターイオンビーム(GCIB)

原子や分子の数千個程度の集合体(クラスター)をイオン化したビーム。物質表面にGCIBを照射した際、クラスターを構成する原子・分子と物質を構成する原子の多体衝突が起こり、それに付随して、表面を清浄かつ平坦にすることができます。

放射光

円形の加速器内を周回運動する数GeV(ギガ電子ボルト)の高いエネルギーを持つ電子が、磁場によって軌道を曲げられたときに発生する指向性の高い電磁波を放射光と呼びます。赤外線から可視光(ヒトが見ることのできる光、動物種によって見ることの出来る光の波長は異なっています)、紫外線、X線、γ線に至るまでの、幅広い波長の電磁波が加速器から発生されます。そのため、放射光の用途も広く、材料科学、デバイス開発、環境科学、医学、生物学、考古学、科学鑑定など多くの分野で、物質、材料、化学物質、生物、食物などについて、原子や分子の構造や元素の状態の精密な分析が行われています。

ディラック電子

固体中の電気伝導を担う電子は、通常、有限の有効質量をもって運動していますが、特殊な状況下では、素粒子の一種であるニュートリノのように、その有効質量が消失すると理論的に予言されていました。このような状態にある粒子は非常に動きやすく、その運動は、英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した相対論的量子力学に従います。このディラック電子の存在がグラフェンにおける高い電気伝導性や熱伝導性の源となっており、非常に少ない電力で動作する超高速電子デバイスへの応用に役立ちます。

キラル

ある3次元の物体が、それを鏡に映した像と重ならない性質をキラリティと言い、キラリティが存在することをキラルと呼びます。代表例の一つが人の手で、左手を鏡に映すと右手と重なり、元々の左手とは重なりません。左手と右手と同じように、左巻きと右巻きのらせんもキラルな物体として知られています。

角度分解光電子分光(ARPES)

結晶の表面に紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定することで、物質中での電子の状態を観測する実験手法です。近年、ARPES手法の高度化が進み、ミクロン径に集光した紫外線を照射することで、電子構造の実空間分布の決定も可能になってきました。これにより、理論上ではなく、実際の物質の形状や置かれた環境によって電子構造が変化する様子を観察できるようになりました。

バンドギャップ

絶縁体や半導体において、電子が埋まっている状態(価電子帯)の一番高いエネルギーと、埋まっていない状態(伝導体)の一番低いエネルギーの差をバンドギャップと呼びます。バンドギャップ以上のエネルギーを吸収(あるいは放出)すると、このエネルギー差を超えて電子が移動(電気が流れる)します。ここから、半導体では電流をオン/オフすることができます。

スピン偏極

電子が持つ、自転に由来した磁石の性質をスピンと呼びます。自転軸の方向に対して、上向きと下向きの2種類のスピン状態があります。通常の金属や半導体では、上向きスピンと下向きスピンの電子は同じエネルギー状態をとります。一方、上向きと下向きの電子が異なるエネルギー状態をとる場合をスピン偏極状態と呼びます。スピン偏極状態に電流を流すことで、電子の電荷としての性質だけでなく、スピンの性質も利用することが可能になります。電子の上向き/下向き状態を、電気信号の「0」「1」に置き換えて信号処理を行うスピントロニクス技術は、既存のエレクトロニクス技術を超える機能性の実現に役立つことが期待されています。