「仮想将来世代」の仕組みで水熱技術の将来性を評価

「仮想将来世代」の仕組みで水熱技術の将来性を評価

技術の将来性を評価する新手法

2024-3-15工学系
工学研究科教授原 圭史郎

研究成果のポイント

  • 「仮想将来世代」の仕組みを用いた参加型討議によって、水熱技術の将来性を評価する方法を提起
  • 討議実験の結果、仮想将来世代を導入した議論のケースでは、社会実装シナリオの内容と将来性の評価結果に明確な変化
  • 本手法は、長期的かつ持続可能性の観点から、基礎技術シーズの研究開発戦略とイノベーションの新たな方向性をデザインするための社会技術の基礎となりうる

概要

大阪大学大学院工学研究科の原圭史郎教授、三浦伊織さん(研究当時 博士前期課程)、鈴木賢紀准教授、田中敏宏大阪大学理事・副学長らによる研究グループは、将来世代の視点から現在の意思決定を考察する「仮想将来世代」と呼ばれる仕組みを導入し、2040年までの水熱技術の社会実装シナリオの検討および当該技術の将来性を評価する方法を提起し、討議実験によってその効果を検証しました。

基礎技術シーズの戦略的な開発とその社会実装は、持続可能社会を実現する上で重要な要素であり、技術が社会に与える影響を含めて、その将来性を評価するための手法が求められてきました。これまでも、海外を含めて、ステークホルダーの参加をベースとした技術評価(テクノロジーアセスメント)の手法が提起され、実践されてきました。しかし従来の方法は、将来世代に関わる長期的観点から、技術の将来性や未来社会へ与える影響を評価するものではありませんでした。

今回、研究グループは、仮想将来世代の仕組みを応用して、技術の将来性を評価するための新たな方法を提起し、水熱技術を評価対象とした討議実験を行うことにより、その有効性や効果を検証しました。その結果、現在から将来を展望する従来型の評価アプローチと比べて、仮想将来世代の方法を導入した場合は、水熱技術の社会実装シナリオの内容が質的に変化し、当該技術の未来社会の中での位置づけや価値が再定義されることや、その結果、研究開発要件や評価指標項目の相対的な重要性(重みづけ)が変化することを明らかにしました。本研究の結果から、将来世代の視点を技術評価に取り入れることによって、新たなイノベーションの方向性をデザインできる可能性が示唆されました。

本研究成果は「Technological Forecasting and Social Change」において2024年2月29日(日本時間)に公開されました。

研究の背景

持続可能社会を創造するうえで、有望な基礎技術シーズの研究開発戦略は極めて重要です。技術シーズの社会実装には様々な困難やハードルも予想されるため、その将来性を効果的に評価することが求められます。一方、社会実装に伴う影響を含め、長期的観点から見た基礎技術シーズの将来性評価は、その困難さゆえ、これまで十分には検討されてきませんでした。

近年、将来世代に持続可能な社会を引き継ぐための社会の仕組みをデザインする「フューチャー・デザイン」の研究が進展しつつあり、その有望な仕組みの一つとして「仮想将来世代」の考え方が提起されてきました。その構想当初より、原教授や、当時、大阪大学環境イノベーションデザインセンターに所属していた研究者らは当該研究の開拓に携わってきました。既往研究から、仮想将来世代の仕組みを導入することで、人が持つ近視性を制御し、長期的観点からより望ましい意思決定を導く効果が示されてきました。本研究はこれらの既往研究の知見を踏まえ、基礎技術シーズの将来性評価に応用したものです。

本研究では、評価対象の技術シーズとして、資源エネルギー問題の解決に資する有望な技術と考えられる「水熱反応」を取り上げました。水熱反応を利用して得られる「水熱ポーラスガラス」(図1)は廃ガラスなどの副産物を原料として製造できることから、資源循環型の技術としても有望視されてきましたが、社会実装上の課題も指摘されてきました。例えば、水熱反応を促すために廃ガラス原料を微粉化する必要があり、その際の機械的エネルギーや、比熱の大きい水を加熱するためのエネルギーが付加的に必要であることや、水熱反応に利用可能な廃熱の運搬コストや技術的課題、などが挙げられます。ライフサイクルアセスメント(LCA)の観点からは、水熱ポーラスガラスを製造する際の付加的なエネルギーは大きなデメリットとみなされます。このように、技術開発や社会実装を、短期的視点あるいは現状の延長で検討した場合、様々な課題やハードルに直面してしまいます。そのため、長期的観点から本技術シーズの意義や将来性を検討する必要がありました。

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図1. 水熱技術を用いたポーラス(多孔質)ガラス製造プロセスのフロ一模式図
廃ガラスを出発材料として、まず水熱反応を施し、多量の水を蓄えたガラス(含水ガラス)を作製する。次に、含水ガラスを常圧で再び加熱すると、水の放出とガラスの軟化が起こり、ポーラスガラスを得ることができる。水熱ポーラスガラスは不純物除去フィルターや断熱材などへの応用が期待され、使用後は出発材料としてリサイクルできる。しかし、水熱処理にはガラス材の微粉化や水の加熱に、また含水ガラスの再加熱にも一定のエネルギーコストを要し、水熱技術の実装にはこれらのコストがデメリットとして作用する場合もある。

研究の内容

本研究では、大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻界面制御工学領域(研究当時)の学部・大学院生18名と大学教員5名の計23名が討議実験に参加し、4グループ(A,B,C,D)に分かれて、4回(いずれも別日に実施)の連続する討議セッションの中で、技術評価の議論を実施しました。グループメンバーは4回とも固定とし、2040年の未来社会を想定した当該技術シーズの社会実装シナリオおよび将来性評価を、「現在の視点」から検討するケース(第1回)と、「仮想将来世代」の仕組みを導入し、2040年までの社会実装シナリオを回顧的に検討するケース(第3回、4回)とをそれぞれ実施し、議論内容や評価の結果を比較しました。なお、将来性評価については、当該技術シーズの強みや特徴を考慮し、「資源循環・資源再利用への貢献」「社会実装に伴うコスト」など7指標を特定し(図2参照)、各回の討議実験終了後に参加者がアンケートに回答する形で、各指標の重要性を評価しました。

分析を行ったところ、現在の視点から検討したケースと、仮想将来世代を導入したケースとでは、評価結果が変化することが分かりました(図2)。また、仮想将来世代の導入ケースでは、現在の制約要件に捉われない、新たな社会実装シナリオが検討可能であることや、社会の中での当該技術シーズの価値や位置づけが相対化され、技術開発の要件も変化することが示唆されました。本研究の結果より、将来世代の視点を導入し、長期的かつ持続可能性の観点から技術評価を実施することの意義や効果を見出しました。

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図2. 水熱技術の将来性評価の結果(A,B,C,Dグループ)
評価指標は⑴資源循環・資源再利用への貢献、⑵環境負荷の低減への貢献、⑶エネルギー有効利用、⑷実装に伴うコスト(初期・ランニングコスト等)、⑸実装に伴う追加的な資源・エネルギーの負荷、⑹技術・実装システムの社会的受容性、⑺技術的革新性、の7項目。第1回(現世代視点)、第2回(過去の事例分析)、第3回(仮想将来世代の視点)、第4回(仮想将来世代の視点)の各回終了後に、参加者に、各指標項目の重要度を5件法(1点―5点)で答えてもらい、項目ごとに平均値を算出した。

図2から、現世代の視点で議論した1回目と、仮想将来世代の視点で議論した3、4回目では各指標項目の相対的な重要度が変化したことが見て取れる。グループごとに評価結果の変化に特徴があるのは、描写された技術シーズの社会実装シナリオの内容や特徴と関係している。一例として、A、Dグループが仮想将来世代として描写した、水熱技術の2040年社会実装シナリオを以下に示す。

(Aグループ) 「2040年社会において、水熱技術はポーラス構造を利用した重金属の回収や、断熱性能へ活用されている。また、廃ガラスを原料に利用できることから、リモート化によるオフィスの減少により多量に廃棄された窓ガラスのリサイクル処理にも貢献している。一方で、水熱技術の用途拡大のため、ポーラス構造制御にMaterial informatics(MI)を応用するなど、技術革新によって魅力向上を図ることが重要となっている。」

(Dグループ) 「2040年社会には月や海からの資源獲得や自然エネルギー利用のイノベーションが進む。高温高圧技術の進歩により、場所を選ばずに水熱技術が使用可能となっている(小規模生産、オーダーメイド)。廃ガラスの粉末技術のブレイクスルーによりコストダウンも実現しているが、建材以外の用途拡大や高付加価値製品の開発が課題となっている。」

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究で提案した方法は、将来世代を含む中長期の時間軸を取り入れ、基礎技術シーズを多元的に評価するための新規の方法論開拓の基盤となるものです。また、本研究は、技術イノベーションの新たな方向性をデザインするための社会技術の発展にも資するものです。

特記事項

本研究成果は、2024年2月29日(日本時間)に「Technological Forecasting and Social Change」」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:Assessing Future Potentiality of Technologies from the Perspective of “Imaginary Future Generations” – a Case Study of Hydrothermal Technology
著者名:Keishiro Hara, Iori Miura, Masanori Suzuki and Toshihiro Tanaka
DOI:https://doi.org/10.1016/j.techfore.2024.123289
なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究B(21H03671)の支援を受けています。

参考URL

原 圭史郎 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/61e296be20ebf677.html

用語説明

仮想将来世代

まだ存在していない将来世代になりきり、仮想的な将来世代の代表者として現代の意思決定や交渉に臨む主体を指す。既往研究からは、将来世代の視点から考察や評価を行うことによって、人の持つ近視性を制御し、長期的な意思決定や判断が可能であることが示唆されている。

水熱反応

高温・高圧の水または水溶液が関わる化学反応の総称。ここでの高温とは、常圧(1気圧)における水の沸点(100℃)から水の臨界点(374℃)までの温度範囲を指すことが多い。高温・高圧の水は、常温常圧の水よりも高い加水分解能力を持つので、スラグやガラスなどのセラミックスさえも溶かすことができる。