超伝導特性向上の原因を量子ビームで特定

超伝導特性向上の原因を量子ビームで特定

簡便な合成方法で高品質化に道

2024-1-30工学系
基礎工学研究科教授関山 明

研究成果のポイント

  • 体積のごく一部分しか超伝導体にならない層状硫化ビスマス化合物に微量の鉛を添加することで大部分が超伝導体となります。この特性向上の原因は不明でしたが、今回初めて明らかになりました。
  • SPring-8での実験により、鉛を添加した超伝導体はこれまで7000気圧以上の高圧で作っていた鉛無添加の超伝導体と非常によく似ていることがわかりました。
  • 鉛を添加することにより大気圧で簡便に作製できるようになった上、高品質な結晶が得られるようになったことで、超伝導材料開発分野への波及効果が期待されます。

概要

甲南大学理工学部物理学科 山﨑篤志教授の研究グループは、日本大学 出村郷志助教、大阪公立大学 三村功次郎教授、高輝度光科学研究センター 河村直己主幹研究員、大阪大学大学院基礎工学研究科 関山明教授、同大学 藤原秀紀助教、摂南大学 東谷篤志准教授、理化学研究所 玉作賢治チームリーダー、同研究所 濱本諭リサーチアソシエイト、立命館大学 今田真教授、東京理科大学 坂田英明教授などと共同で行なった大型放射光施設SPring-8のビームラインBL39XUとBL19LXUでの研究により、層状硫化ビスマス化合物(LaO0.5F0.5BiS2)に微量の鉛を添加することでこの物質の超伝導の特性が向上する原因について世界で初めて特定することに成功しました。

山﨑教授らの研究グループは、量子ビームの一種である放射光を利用した高分解能エックス線吸収分光実験およびエックス線光電子分光実験を行い、鉛を添加した超伝導体はマイナス223℃以下の低温になると7000気圧以上の高圧で作製された鉛無添加の超伝導体と非常によく似た状態に変化することを突き止めました。鉛を添加することにより大気圧で簡便に作製でき、加えて高品質な結晶を作ることもできるようになったため、量子技術への応用とSociety 5.0実現を目指した超伝導材料開発分野への波及効果が期待されます。

研究の背景

層状硫化ビスマス化合物の一種であるLaO0.5F0.5BiS2はマイナス270℃以下で超伝導体になりますが、体積のごく一部分しか超伝導体にならない、という問題点がありました。鉛を添加することで超伝導体になる温度が約30%上昇し、大部分が超伝導体となります。しかし、この特性向上の原因は不明でした。一方、この層状硫化ビスマス化合物を7000気圧以上に加圧して高温で焼結させることで、同様に特性が向上することが知られていました。しかし、鉛を添加することと高圧をかけることが同様の効果をもたらすのかどうかについても、不明なままでした。

超伝導は物質の中の伝導電子がペアになることで発現するため、層状硫化ビスマス化合物の固体内部(バルク)の電子の状態を明らかにする必要がありました。

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図1. SPring-8における高分解能エックス線吸収分光実験の様子。量子ビームである入射エックス線を層状硫化ビスマス化合物に照射すると、吸収されるエックス線量に応じて蛍光エックス線が放出されます。このエックス線を更に分光結晶で分光することで高いエネルギー分解能の結果が得られます。

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図2. 鉛添加量9%の結果からは、温度50ケルビン(マイナス223℃)以下でエックス線吸収スペクトルの形が変化し、超伝導特性の良い鉛無添加の高圧合成した場合の結果と非常によく似ていることがわかりました。これは、超伝導の鍵となる電子の状態が、両者で非常によく似ていることを示しています。

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図3. エックス線光電子分光実験からは、超伝導の鍵になる元素であるビスマスの原子価(価数)が鉛を添加することで変化していることが確認されました。実験結果は、図中の黄色塗りがビスマス3価、赤塗りがビスマス2価という2つの価数の状態が重ね合わせの状態として同時に物質の中に存在していることを示しています。

特記事項

【論文情報】
本研究成果は、2024年1月17日(アメリカ東部時間)にアメリカ物理学会刊行の英文誌「Physical Review B」に掲載されました。
タイトル:Bulk superconductivity in Pb-substituted BiS2-based compounds studied by hard x-ray spectroscopy
著者:A. Yamasaki, T. Oguni, T. Hayashida, K. Miyazaki, N. Tanaka, K. Nakagawa, K. Tamura, K. Mimura, N. Kawamura, H. Fujiwara, G. Nozue, A. Ose, Y. Kanai-Nakata, A. Higashiya, S. Hamamoto, K. Tamasaku, M. Yabashi, T. Ishikawa, S. Imada, A. Sekiyama, H. Sakata, and S. Demura
https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.109.045131

用語説明

層状硫化ビスマス化合物

2012年に首都大学東京(現 東京都立大学)の水口佳一氏らによって世界で初めて発見された日本発の超伝導体です。ビスマスという重い元素からなる特殊な結晶構造のために、従来の超伝導体とは違った性質を持っているのではないかと考えられており、現在でも盛んに研究が行われています。

大型放射光施設 SPring-8

SPring-8は、兵庫県播磨科学公園都市にある理化学研究所の大型放射光施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っています。世界最高性能の放射光を生み出すことができ、固体物理、素粒子実験等の基礎科学研究からバイオ、ナノテクノロジーといった応用研究にまで幅広い研究が行われています。

量子ビーム

光子、中性子、電子、イオンなどを同じ向きに細く絞ってビーム状に打ち出したものの総称です。色々なものに照射することで、原子や分子のような極微のスケールで調べたり、作ったりすることができる最先端の技術です。SPring-8では、量子ビームの中でも非常に強度の強い光子ビーム(放射光)を使って様々な実験を行うことができます。光子ビームのエネルギーによって、紫外線やエックス線、ガンマ線など異なる名称で呼ばれます。

高分解能エックス線吸収分光

物質に照射したエックス線が吸収される現象を利用して、物質の電子の状態を調べる分析手法です。吸収される量は、電子が詰まっていない高いエネルギーの電子の状態を反映するため、後述のエックス線光電子分光と組み合わせて分析することで物質中の電子の状態を詳細に調べることができます。この実験手法は、物質の電子の状態を調べるために、基礎・応用研究を問わず広く用いられていますが、今回は、エックス線が吸収された後に放出される別のX線を検出することで、より高精度で電子の状態に関する情報が得られる「高分解能蛍光検出法」という最先端の手法が用いられ、新発見につながりました。

エックス線光電子分光

アインシュタインの提唱した光量子仮説によって説明される「外部光電効果」を利用して、物質にエックス線を照射した際に物質外に飛び出す電子のエネルギーを分析する実験手法です。エックス線吸収分光と同様に、物質の電子の状態を調べる方法として広く用いられています。近年、産業利用にも急速に広がりつつある手法です。今回は、物質内部の電子の状態を調べることを目的として、通常よりエネルギーの高い「硬エックス線」を用いて実験が行われました。