\型破りなデザインで技術革新/ ハリセンボン型で高活性!

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カルボランを使った新規ハロゲン化触媒を開発

2023-11-22自然科学系
工学研究科准教授西井祐二

研究成果のポイント

  • 高い活性と優れた選択性を両立した、新規ハロゲン化反応触媒を開発
  • カルボランを触媒プラットフォームとすることで、触媒機能の精密チューニングが可能に
  • 機能性分子の合成プロセスの短縮や効率化だけでなく、新規ナノカーボン材料の創出への応用が期待される

概要

大阪大学大学院工学研究科の大学院生の奥陸人さん(研究当時)、大学院生の中村彰太郎さん、平野康次 教授、西井祐二 准教授と大阪大学先導的学際研究機構の三浦雅博 特任教授、コナチャンドラバブナイドゥ 特任研究員(常勤) (研究当時)らの研究グループは、有機ハロゲン化合物の合成において優れた活性を持つ有機分子触媒の開発に成功しました。

有機ハロゲン化合物は、医薬品・液晶・有機ELといった多様な機能性分子の設計や製造に欠かすことの出来ない分子パーツとして幅広く利用されています。従来の有機ハロゲン化合物の製造法(ハロゲン化反応)では、医薬品などの「繊細」な分子への適用性が低く、また選択性を制御した「精密」な反応も難しいといった課題がありました。今回、ホウ素クラスター分子であるカルボランの性質に着目し、高い活性と選択性を両立した、新規ハロゲン化触媒を開発しました。

本研究成果は、11月7日(火)1時(日本時間)にCell Pressが発刊する科学誌「Chem」にオンライン掲載されました。

研究の背景

私達の身の回りでは、プラスチック・医薬品・色素・液晶など、様々な機能を持った有機分子(機能性分子)が活躍しています。これらの分子を実際に作る(合成する)ためには、小さな分子パーツをいくつも繋ぎ合わせる必要があり、その「つなぎ目」を作る技術は、有機化学分野において非常に重要となっています。

塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)といったハロゲン元素を含む有機分子は、万能な「つなぎ目」として利用されています。例えば、2010年にノーベル化学賞を受賞したクロスカップリング反応を使うことで、新たな炭素–炭素結合を効率的に形成することができます。この他にも、酸素(O)、窒素(N)、硫黄(S)、リン(P)、ホウ素(B)、ケイ素(Si)など、ありとあらゆる化学結合に変換することが可能で、有機ハロゲン化合物は現代の化学産業に欠かすことの出来ないビルディングブロックとなっています。

その一方で、有機ハロゲン化合物の製造法については、十分に発展しているとはいえません。従来のハロゲン化反応では、塩素(Cl2)や臭素(Br2)といった強力なハロゲン化試薬を使用する場合が多く、取り扱いが難しいことや毒性が問題とされてきました。また、化学反応の選択性をコントロールすることも難しく、医薬品などの繊細な分子構造を破壊してしまうなど、多くの課題が残されていました。こうした背景から、実用性に優れた新たな合成手法の開発が求められていました。

研究の内容

ホウ素クラスター分子であるカルボランの特性に着目し、新規ハロゲン化触媒を開発しました(図1)。カルボランは12個の頂点からなる正二十面体構造を持っており、どの頂点で結合するかによって、結合した分子の特性が変化するという特異な性質を示します。本研究では、活性点として硫黄(S)を含む有機分子触媒を新たに設計し、合成しました。特に、カルボラン表面に8個のメチル基を導入したハリセンボン型の触媒が、最も高い活性を示すことが明らかとなりました。

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カルボラン触媒の活性を、芳香族化合物のハロゲン化について評価したところ、有機分子触媒として世界最高の活性を示すことが明らかとなりました。例えば、ニトロ基(-NO2)、シアノ基(-CN)、エステル基(-CO2R)といった不活性化基の結合したベンゼン環のハロゲン化は難しく、従来法では硫酸などの強酸の使用が避けられませんでした。しかし、本研究で開発したカルボラン触媒を用いることで、これら不活性分子であっても、中性条件下で効率的にハロゲン化反応を進行させることができます(図2)。

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このような温和な反応条件を利用することで、医薬品などの繊細な分子をハロゲン化することも可能です。鎮痛剤として知られるジクロフェナクに対する反応では、試薬すべてをガラス容器に入れて1分間振り混ぜるだけで完了し、99%収率で目的のハロゲン化合物が得られました。その他にも、イソキセパック(抗炎症薬)、レフルノミド(抗リウマチ薬)、フルルビプロフェン(抗炎症薬)などの医薬品についても高効率でのハロゲン化を実現しています(図3)。

このように、①不活性分子についても適用可能な高い触媒活性、②医薬品などの繊細な分子構造を損なうことなく反応できる選択性、相反するような性質の「いいとこ取り」を実現できたことは、革新的な成果といえます。カルボランを用いる触媒設計の有用性を、実際の反応例によってデモンストレーションしたことに加えて、コンピュータによる理論的研究も合わせて実施し、分子デザインと触媒活性との関連性を明らかにしました。

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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

研究の背景で述べたとおり、有機ハロゲン化合物は現代の化学産業を支える重要なビルディングブロックとなっており、その効率的製造法の開発には広い波及効果が期待されます。本研究成果により、機能性分子の短工程合成が実現されれば、コストダウンやスケールアップに貢献することが期待できます。また、次世代の素材として近年脚光を浴びているナノカーボン分野においても、従来法では困難であったビルディングブロックの提供を可能とし、新たな機能性分子を開拓するための強力なツールとしての活用が期待されます。学術的な観点において、カルボランを活用した触媒設計は斬新なアイデアと評価されており、今後、様々な化学反応への応用の可能性があります。

特記事項

掲載誌:Chem
論文タイトル:“Aromatic Halogenation Using Carborane Catalyst”
著者名:Chandrababu Naidu Kona, Rikuto Oku, Shotaro Nakamura, Masahiro Miura, Koji Hirano, and Yuji Nishii
DOI:https://doi.org/10.1016/j.chempr.2023.10.006

なお、本研究は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR2220)、NEDO官民による若手研究者発掘支援事業(JPNP20004)、日本学術振興会科学研究費(JP21K14627, JP23H01960, JP17H06092)および大阪大学・先導的学際研究機構(ICS-OTRI)の一環として行われました。

参考URL

西井祐二准教授 Researchmap
https://researchmap.jp/y_nishii

大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 平野研究室
https://www-chem.eng.osaka-u.ac.jp/hirano-lab/

SDGsの目標

  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

有機ハロゲン化合物

炭素-ハロゲン(周期表17族元素)結合を持つ有機化合物の総称。特に、塩素・臭素・ヨウ素を含むものは、カップリング反応によって多様な化学結合に変換できることから、機能性分子の原料として広く利用されている。

有機分子触媒

遷移金属を含まず、炭素・窒素・ホウ素・硫黄・リンなどの典型元素から構成される、触媒作用をもつ低分子化合物。

クラスター分子

クラスター(cluster)はブドウやサクランボの「ふさ」を意味する単語でもあり、化学分野では複数の原子が集合してできる三次元的な構造体を指す。

カルボラン

二個の炭素原子と十個のホウ素原子からなる、正二十面体構造を持つクラスター分子。炭素原子の配置によって三種類の異性体(オルト、メタ、パラ)が存在する。

芳香族化合物

ベンゼン環に代表される芳香族性を示す環構造(芳香環)を含む有機分子の総称。