ニューロンの双方向結合を制御する分子メカニズム

ニューロンの双方向結合を制御する分子メカニズム

脳の複雑神経ネットワーク形成の分子基盤の解明に迫る

2023-11-1生命科学・医学系
生命機能研究科教授八木 健

研究成果のポイント

  • マウスの一次視覚野2/3層において、PV+細胞を含む新たな特異的神経回路を発見した
  • その特異的神経回路の形成にはcPcdhγが必要である
  • PV+細胞特異的cPcdhγ欠損マウスでは、細胞死が引き起こされないため、cPcdhγの回路形成への役割を明らかにすることができる

概要

大阪大学大学院生命機能研究科の河村菜々実さん(研究当時、日本学術振興会特別研究員PD。現在、マウントサイナイ医科大学研究員)および八木健教授、足澤悦子助教(研究当時)らの研究グループは、神経回路の特異性決定に関わる分子を明らかにしました。

私たちの意識や行動は、脳の神経細胞がランダムではなく特異的に結合することによって、生み出されています。これまで興奮性神経細胞と抑制性神経細胞間で特異的な神経回路が形成されていることが報告されていますが、どのようにその特異性が獲得されているのかは、解明されていませんでした。

本研究では、抑制性神経細胞の一種であるパルブアルブミン(PV+)陽性細胞でのみクラスター型プロトカドヘリンγ(cPcdhγ)を欠損させることにより、視覚野の2/3層内のPV細胞と興奮性神経細胞との特異的な双方向性結合様式が破綻することを明らかにしました。

PV-cKOマウスの解析は、局所神経回路がもつ機能的な役割の解明に初めてアプローチできる可能性を示唆します。さらにその先、私たちの「こころ」の解明に迫ることができると考えています。

尚、本研究成果は、米国科学誌「eNeuro」に、10月27日(金)(日本時間)に公開されました。

研究の背景

私たちの意識や行動は全て、脳に存在する膨大な数の様々な神経細胞の協調的な活動によって生み出されています。様々な神経細胞が特異的に結合し、適切な神経回路を形成することによって、情報が適切に処理され、認知や学習などの高次機能が生み出されます。このように、大脳皮質の情報処理において、興奮性神経細胞と抑制性神経細胞間のバランスは非常に重要であり、そのバランスの調整には、神経細胞間の特異的な結合が欠かせません。実際、この興奮-抑制のバランスが崩れると、統合失調症などの認知機能障害を引き起こされることが明らかになっています。このように、神経回路の結合特異性は、脳機能において非常に重要な役割を持っているにも関わらず、その特異的性を決定するメカニズムについては、ほとんど明らかになっていません。本研究では、特異的な細胞接着活性をもつ膜タンパク質であるcPcdhに着目しました。cPcdhは、ゲノム上においてα・β・γの3つの遺伝子クラスター構造をもち、計58種類のアイソフォームが個々の細胞において異なる組み合わせで発現し、細胞に個性を与えています。また、発現しているアイソフォームの組み合わせが一致していないと接着しないという特性から、特異的な神経結合の形成因子として注目されています。特にcPcdhγは、抑制性神経細胞で欠損させると、細胞死が起こり、個体も生後30日以内に死に至る重篤な表現型を示すことから、その抑制性神経細胞における重要性が示されていました。しかし、そういった細胞死が引き起こされることから、神経回路形成とcPcdhγの関係性は明らかになっていませんでした。

研究の内容

本研究グループでは、cPcdhγをPV+細胞特異的に欠損させたマウス(PV-cKO)を作製することで細胞死を避け、詳細な神経結合の検証を電気生理学的手法を用いて行うことができました(左図)。

① マウス一次視覚野におけるPV細胞を含む局所神経回路の発見
1つのPV+細胞細胞と50μm以内にある複数の興奮性神経細胞間の結合様式を検証したところ、75%のPV細胞が抑制性結合関係にあるすべての興奮性神経細胞から興奮性の入力を受け取るという、双方向性結合確率が高い神経回路を形成していました(右図controlマウス)。

② PV+細胞のcPcdhγがその特異的結合形成に関与している
一方、PV+細胞特異的にcPcdhγを欠損させると、双方向性結合確率が高い神経回路を形成しているPV+細胞は43%まで減少しました(右図 PV-cKOマウス)。これは、PV+細胞と興奮性神経細胞間の双方向性結合に、PV+細胞のcPcdhγが重要であることを示しています。

③ 細胞間距離によってcPcdhγの役割が異なる
PV+細胞とその50μm以内の距離にある興奮性神経細胞との2細胞間の結合様式はControlとPV-cKOマウス間で有意な差はありませんでした。しかし、細胞間距離が100μm以内の興奮性神経細胞との結合様式は、抑制性の入力が有意に増えていることが明らかになりました。これは、同じcPcdhγという分子群、細胞ペア間であっても、細胞間距離によって果たしている役割が異なることを示唆しています。

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左図. 全細胞パッチクランプ法を用いたシナプス結合解析
右図. controlマウスと

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

神経回路が機能的な役割を果たすためには、細胞種間の特異的な結合が不可欠です。しかし、これまで単純な2細胞間の結合様式でさえ、その特異性を決定する因子は同定されていませんでした。本研究は、初めてPV+細胞と興奮性神経細胞間の特異的な神経結合にcPcdhγが関与することを突き止めました。マウスにおいて、いくつもの神経細胞単位の局所回路が発見されていますが、実際にそれらの神経回路がどのような機能的役割を持っているのかは明らかになっていません。PV-cKOマウスの解析は、局所神経回路がもつ機能的な役割の解明に初めてアプローチできる可能性があります。計58種のアイソフォームを持つcPcdhの多様性によりもたらされる細胞の個性化と、特異的な神経回路形成の関係性を明らかにすることは、私たちの「こころ」の解明に迫ると考えています。

特記事項

本研究成果は、2023年10月27日(金)(日本時間)に米国科学誌「eNeuro」(オンライン)に掲載されました。

タイトル: “Reciprocal connections between parvalbumin-expressing 1 cells and adjacent 2 pyramidal cells are regulated by clustered protocadherin gamma”
著者名:Nanami Kawamura, Tomoki Osuka, Ryosuke Kaneko, Eri Kishi, Ryuon Higuchi, Yumiko Yoshimura, Takahiro Hirabayashi, Takeshi Yagi and Etsuko Tarusawa
DOI:https://doi.org/10.1523/ENEURO.0250-23.2023

なお、本研究は、日本学術振興会科研費の基盤研究A(No.18H04016)、新学術領域研究(No. 20H05035 細胞社会ダイバーシティーの統合的解明と制御)、学術変革領域研究(No.22H05498 神経回路センサスに基づく適応機能の構築と遷移バイオメカニズム)、Comprehensive Brain Science Network (CBSN)、特別研究員奨励費(No.21J12197)、基盤研究C(No.20K06873) 生理学研究所共同研究プログラム(21-114)の支援を受けて行われ、生理学研究所の吉村由美子教授の協力を得て行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

興奮性神経細胞

中枢神経系や末梢神経系に存在する神経細胞の一種。外部からの一定以上の興奮性入力により発火が起こり、他の神経細胞へと興奮性の出力をする神経細胞を指す。興奮性神経細胞は、脳の神経細胞の大多数を占めており、神経系の基本的な機能や情報伝達に重要な役割を果たしている。

抑制性神経細胞

中枢神経系や末梢神経系に存在する神経細胞の一種。外部からの一定以上の興奮性入力により発火が起こるが、興奮性神経細胞とは対照的に、他の神経細胞へ抑制性の出力をする神経細胞を指す。神経系の興奮を抑えることで、適切な情報伝達や神経制御を維持する役割を果たしている。

パルブアルブミン陽性(PV+)細胞

抑制性神経細胞の中で主要な細胞種である。他の神経細胞種とは異なり非常に速い頻度の発火能を持ち、標的である興奮性神経細胞の細胞体や樹状突起の近位部にシナプスを形成することで、標的細胞に対して強力な抑制を行い、さらに発火のタイミングを調整していると考えられている。また、視覚刺激に対する応答調節や、記憶情報や感覚処理に関わるγ波の形成などにも関与しており、神経回路においても重要な役割を果たしていると考えられている。

電気生理学的手法

生体組織や細胞の電気的な活動を測定し、解析する科学的手法のこと。ここでは急性脳スライスを作製し、生きている神経細胞に極細のガラス電極で記録用の微細な穴をあけることで、1神経細胞の活動を測定している。

双方向性結合

2つの神経細胞がお互いに入力を送りあい、受け取っている結合様式。神経回路の最小単位であり、大脳皮質や海馬を含む脳の様々な領域に存在し、行動・短期記憶・意志決定に重要な逐次的神経活動を生み出す重要な閉回路と考えられている。