マルチタスクを省エネでこなす脳の仕組みを解明

マルチタスクを省エネでこなす脳の仕組みを解明

マルチなタスクの情報は「寝かせておいて」必要なタイミングで順番に活性化

2023-10-24生命科学・医学系
生命機能研究科准教授渡邉 慶

研究成果のポイント

  • 複雑な問題解決場面において、大脳皮質の前頭連合野が、必要な情報を必要なタイミングで順序よく活性化していることを発見。
  • 使い終わった情報は不活性化されるが、いつでも取り出せるアイドリング状態におかれることを発見。
  • 頭頂葉も、前頭葉と同じような神経活動を示すが、情報処理の主導権は前頭葉にあることを発見。
  • 本研究の成果は、複雑な段取りをこなせなくなる認知症の発症メカニズムの解明にもつながる成果です。

概要

仕事の段取りをする時のように、目的を持った一連の行動を効率的に達成するためには、進捗に応じて今やるべきことの情報を、脳内でタイミングよく生成する必要があります。大阪大学大学院生命機能研究科 ダイナミックブレインネットワーク研究室 渡邉慶准教授らの研究グループは、大脳皮質の前頭連合野の神経細胞(ニューロン)が、このような複雑な課題における順序だった情報の活性化(想起)と不活性化を担っていることを発見しました(図1)。

例えば以下の仕事の段取りを想定し、5個の課題を順序良くこなす、という状況を考えてみましょう(図1下段)。

1) Aさんにメール
2)会議のメモを作成
3)部長に報告書を提出 
4)Bさんに電話 
5) Cさんと待ち合わせ

脳は5つのことをすべて覚えていなければなりません。脳の前頭葉にはそれぞれの内容を仕事の完了まで覚えておくニューロン(神経細胞)があることが知られています(図1上段)。ここでは5個の課題に対応した5個のニューロンがあるとします。従来は、ニューロンは仕事の完了まで活動し続ける、と考えられてきました。すると、最初は5個全部が活動していて、1つこなすたびにoffになって、4,3,2,1,0と減っていくと考えられます。でも仕事は1つずつ実行するので、5個の情報が同時に必要になるわけではありません。必要な課題の記憶をタイミングよくONにすることができれば、エネルギーが節約できます。

本研究から、脳は本当にそうしていたことが明らかになりました。1番のニューロンは課題①のときだけ、2番のニューロンは課題②のときだけ……5番のニューロンが課題⑤で活動して、仕事の段取りが完了、という具合です。本研究は、複数のステップを実行してゴールを達成する認知課題をサルに実行させ、前頭連合野と頭頂連合野のニューロン活動を解析することで、このような合理的なメカニズムが本当に脳内に存在することを明らかにしました。本研究の成果は、高次脳機能障害のひとつである遂行機能障害のメカニズムの解明、認知症など複雑な段取りをこなせなくなる病気との治療法の開発に貢献することが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Nature Communications」に、8月19日(土)(日本時間)に公開されました。

20231024_3_1.png

図1. 複雑なタスクでは、情報が適時的にオン・オフされる。しかしオフになった情報もあとで再活性が可能。

研究の背景

私達は毎日、起きてから寝るまで数多くの情報に接しますが、必要な情報だけを取り込んで処理を行い、その場その場の問題を解決しています。この認知機能は、ワーキングメモリ(作業記憶)と呼ばれます。ワーキングメモリ研究における最も重要なクエスチョンは、「作業記憶内の個々のアイテムは、脳内のどのような神経活動によって保持・操作され、読みだされるのか」、という問いです。これまで、その答えとして、特定の物や場所に選択的に応答する前頭連合野と頭頂連合野のニューロン集団が、情報を保持している数秒~数十秒の間、持続的に発火頻度を上昇させ続けるという現象が想定されていました。

しかし、このようなメカニズムのみでは、仕事でいくつものタスクを並行して処理する場合のように、複数の情報のかたまりを同時並行的に保持・操作する時には、処理が追い付かないと考えられます。実際、こういった場面で私達は、全ての情報を意識的に頭の中で意識し続けているわけではなく、仕事の進捗に応じて次のステップの情報をタイミングよく想起しているはずです。それでは、このような心の働きを可能にする脳活動はどこにあるのでしょうか?この問いを研究グループは、サルに複数のステップを順序よく実行してゴールに到達する課題を実行させ、前頭連合野と頭頂連合野のニューロンの活動を解析することで検討しました。

研究の内容

まず、サルの目の前のタッチパネルに5つのターゲットを提示しました。5つの中の1つ、あるいは2つが正解とされ、それらをタッチすると報酬(ジュース)が与えられました。サルは、最初は宝探しのように、5つのターゲットの中に隠された正解を探索します。これを、試行錯誤の過程と呼ぶことにします。いったん、全ての正解位置を発見すると、再びタッチパネルに5つのターゲットが再提示され、サルは今度は、最初の試行錯誤の過程で学習した正解の記憶を頼りに、間違うことなく正解を1回ずつ選んでいくことを求められました。これを、作業記憶の過程と呼びます。つまり、この課題では、最初の試行錯誤の過程で収集した情報を脳内で整理し、次の作業記憶の過程において行動を無駄なく計画して実行することが求められました。例えるならば、私達が始業前に仕事の段取りを決め、仕事中はそのプランをもとに効率的に各種の作業を実行する過程をサルに行わせたというわけです。

この課題を遂行中のサルの、前頭連合野と頭頂連合野から多数のニューロンの活動を記録し、上記の作業記憶の過程において、課題遂行に必要な正解位置の情報がどのように保持・操作され行動プランが生成されていくのかを調べました。

その結果、前頭連合野において、正解の位置の情報は、その情報が必要なタイミングにおいてだけ活性化されること、使い終わった情報は不活性化されるが、いつでも取り出せるアイドリング状態におかれることを発見しました(図2)。一方、頭頂葉も、前頭葉と同じような神経活動を示すが、情報処理の主導権は前頭葉にあることが明らかになりました。

これらの結果から、我々がワーキングメモリを働かせて複雑な行動プランを実行する時には、大脳皮質の前頭連合野のニューロンが中心となって、秩序だった情報の活性化と不活性化を行っていることが明らかになりました。

20231024_3_2.png

図2. 前頭連合野において、正解の位置の情報は、その情報が必要なタイミングにおいてだけ活性化される。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、高次脳機能障害のひとつである遂行機能障害のメカニズムの解明につながることが期待されます。また、複雑な段取りをこなせなくなる「認知症」の発症メカニズムの解明にもつながる成果です。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「Nature Communications」に、8月19日(土)(日本時間)に公開されました。

タイトル:“Cycles of goal silencing and reactivation underlie complex problem-solving in primate frontal and parietal cortex”
著者名:*渡邉慶, Mikiko Kadohisa, Makoto Kusunoki, Mark J. Buckley, John Duncan(*責任著者)
所属:
1. 大阪大学大学院生命機能研究科 ダイナミックブレインネットワーク研究室
2. 大阪大学大学院医学系研究科 脳生理学研究室
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-023-40676-1

なお、本研究は、JSPS科研費 若手研究B JP16K21686、基盤研究C JP21K0314の支援を受けて行われました。

参考URL

渡邉 慶 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/f41b51d88ac588c5.html