ヒト血管オルガノイドを用いた 新型コロナウイルス重症化メカニズムの解明

ヒト血管オルガノイドを用いた 新型コロナウイルス重症化メカニズムの解明

補体代替経路を標的とする血管炎の新たな治療薬開発に光

2023-10-6生命科学・医学系
医学系研究科教授武部貴則

研究成果のポイント

  • 新型コロナウイルス感染によって重症化した患者の血液データから、補体代替経路の活性化を伴う血管炎の存在を特定
  • 新型コロナウイルス感染が可能なヒト血管オルガノイドモデルの開発に成功し、補体代替経路が血管炎や血栓の原因となりうることを発見
  • 補体代替経路を増幅するD因子に着目し、D因子を阻害する半減期延長型抗D因子抗体を用いて新型コロナウイルス感染モデルの血管炎症状の軽減に成功

概要

大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe)の武部貴則教授、東京医科歯科大学、タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA共同研究プログラム(Takeda-CiRA Joint Program for iPS Cell Applications))、滋賀医科大学、名古屋大学の共同研究グループは、ヒト iPS 細胞由来の血管オルガノイド(Organoid)を作成し、それを用いて、新型コロナウイルス感染によって血管炎(Endotheliopathy)が発症し、血栓形成が誘発されることを見出しました。さらに、血管炎発症において補体代替経路を増幅する D 因子が重要であることを発見し、D 因子を治療標的として抗体製剤を開発。サルへの投与実験によりその効果を実証しました。

新型コロナウイルス感染によって全身の血管で血栓ができやすくなり多臓器不全につながることは知られていましたが、そのメカニズムについては明らかではありませんでした。本研究により、重症化過程で生じる血管内皮の損傷、血栓形成などを抑えることで、重症化予防につながる新規治療薬の開発が期待されます

本研究成果は、米国科学誌「Cell Stem Cell」に、10月6日(金)1時(日本時間)に掲載されました。

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図. 研究概要図

研究の背景

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染者は世界で7億人にものぼり、600万人以上の方々が亡くなっています(2023年8月現在)。主な症状として、発熱やせきからはじまり、症状が進行すると呼吸困難や肺炎になることがわかっています。さらに進行すると、免疫細胞や血小板が活性化され血栓の形成が促され、サイトカインストームと呼ばれる免疫反応を引き起こします。

新型コロナウイルス感染によって起きる特徴的な症状の1つに、血管炎が知られています。新型コロナウイルス感染による血管炎は、全身で血栓が形成され、多臓器不全につながることがわかっていることから、新たな治療法の開発は人命救助のために急務といえます。しかし、新型コロナウイルスが感染しうる人間の血管のモデルが存在せず、感染の状態を模倣した人工的な血管モデルの作製も難しいことから、血管炎、ひいては、血栓形成が生じる過程の詳しいメカニズムの解明に至らず、治療法の開発が遅れていました。

研究の内容

今回、武田薬品工業株式会社 川上絵理主任研究員、東京医科歯科大学 統合研究機構 先端医歯工学創成研究クラスター 創生医学コンソーシアム 佐伯憲和プロジェクト助教、大阪大学医学系研究科・WPI-PRIMe武部貴則教授(東京医科歯科大学 統合研究機構 兼務)らを中心とした、T-CiRA共同研究プログラム、滋賀医科大学、名古屋大学らとの共同研究グループは、新型コロナウイルス感染によって生じる血管炎に類似した症状を再現することが可能なヒトiPS細胞由来血管オルガノイドモデルを開発することに成功しました。次に、オルガノイドを用いたin vitro感染実験による網羅的遺伝子発現解析や、重症患者の方々の血液検体の網羅的タンパク質発現解析データなどから、補体代替経路と呼ばれる分子経路群が、血管炎の症状が強い人で特に上昇していることを見出しました。さらに、オルガノイドを事前に移植し、人間の新型コロナウイルスの感染状態を模倣する血管を再構成した動物を用いて、補体代替経路を薬理学的に阻害することで、血管炎・血栓形成の症状を緩和できることを発見しました。以上の結果から、補体代替経路を阻害する薬があれば、血管炎の治療につながる可能性があると仮説を立てました。

研究グループは仮説をもとに、補体代替経路の構成成分でもあるD因子(Complement Factor D)に着目し、網内系に移行した抗体がリサイクルされる仕掛けを施した長時間作動型の抗体製剤を用いて薬効を評価しました。サルの新型コロナウイルス感染モデル試験を用いて、この抗体製剤は、血管炎に重要な経路を阻害することで補体の活性化を抑制し、免疫反応を弱め、血管保護効果を示すことを実証しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究では、新型コロナウイルス感染によって生じる血管炎の症状を再現するヒト血管オルガノイドによって再現した、新しい疾患モデルが確立されました。これにより、新型コロナウイルスを始め血管に病変が出る様々なウイルスによる感染症の研究への有効活用が期待されます。また、重症患者の方々のデータと感染症モデルを組み合わせることにより、補体代替経路を起点とする血管炎のメカニズムを解明することができました。本研究成果により、補体代替経路を指標とした診断技術の構築や、ひいては、血管炎・血栓形成を予防する新たな治療薬の開発につながると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年10月6日(金)1時(日本時間)に米国科学誌「Cell Stem Cell」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Complement factor D targeting protects endotheliopathy in organoid and monkey models of COVID-19”
著者名:Eri Kawakami*, Norikazu Saiki*, Yosuke Yoneyama, Chiharu Moriya, Mari Maezawa, Shuntaro Kawamura, Akiko Kinebuchi, Tamaki Kono, Masaaki Funata, Ayaka Sakoda, Shigeru Kondo, Takeshi Ebihara, Hisatake Matsumoto, Yuki Togami, Hiroshi Ogura, Fuminori Sugihara, Daisuke Okuzaki, Takashi Kojima, Sayaka Deguchi, Sebastien Vallee, Susan McQuade, Rizwana Islam, Madhusudan Natarajan, Hirohito Ishigaki, Misako Nakayama, Cong Thanh Nguyen, Yoshinori Kitagawa, Yunheng Wu, Kensaku Mori, Takayuki Hishiki, Tomohiko Takasaki, Yasushi Itoh, Kazuo Takayama, Yasunori Nio† and Takanori Takebe†
* 筆頭著者
† 責任著者
DOI:https://doi.org/10.1016/j.stem.2023.09.001

なお、本研究は、以下の事業の一環で行われました。
日本医療研究開発機構(AMED)
ž 再生医療実現拠点ネットワークプログラム(課題番号:JP21bm0404045)
ž 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(課題番号:JP20fk0108280)
ž 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(課題番号:20fk0108404)
ž 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム 再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題(非臨床PoC取得研究課題) (課題番号:JP23bm1223006)
ž 肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業 (課題番号:JP23fk0210106)
ž 革新的先端研究開発支援事業 ユニットタイプ「感染症創薬に向けた研究基盤の構築と新規モダリティ等の技術基盤の創出」研究開発領域(AMED-CREST) (課題番号:JP23gm1610005)
ž 肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業 (課題番号:JP23fk0210091)
ž 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(3次公募) (課題番号:JP22fk010849)
ž 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(5次公募) (課題番号:JP21fk0108506)
ž 再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題(基礎応用研究課題) (課題番号:JP23bm1123009)
ž 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 (課題番号:JP20fk0108278)
ž 革新的先端研究開発支援事業 ユニットタイプ「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域(AMED-CREST) (課題番号:JP23gm1210012)

科学技術振興機構(JST)
ž ムーンショット型研究開発事業(ムーンショット目標3 グラント番号:JPMJMS2033)
ž ムーンショット型研究開発事業(ムーンショット目標2 グラント番号:JPMJPS2022)

日本学術振興会(JSPS)
ž 科研費 基盤研究(A) (課題番号:JP21H04822)

また、「T-CiRA共同研究プログラム」による支援を受けています。

参考URL

用語説明

T-CiRA共同研究プログラム (Takeda-CiRA Joint Program for iPS Cell Applications)

2016年度から開始した京都大学iPS細胞研究所(CiRA)とタケダの10年間の共同研究プログラムのこと。CiRAの山中伸弥教授の指揮のもと、CiRA、理化学研究所、東京医科歯科大学の研究者のリードによりアカデミアとタケダの研究者が協働してiPS細胞技術の臨床応用に向けた最先端の研究を行っています。

iPS細胞

人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)のこと。 体細胞に特定因子(初期化因子)を導入することにより樹立される、ES細胞に類似した多能性幹細胞です。山中伸弥教授グループの研究により、世界で初めて2006年にマウス体細胞を、2007年にヒト体細胞を用いて樹立に成功しました。

オルガノイド(Organoid)

幹細胞の自己組織化能力を活用して創出される、臓器あるいは組織の特徴を有する立体組織のことです。

血管炎(Endotheliopathy)

血管炎は、血管内皮細胞に炎症が生じる状態のことを指し、炎症の原因によってさまざまな種類があります。血管に炎症が起こると血液の流れに不具合が生じて出血や血栓の形成につながり、臓器の血流障害や壊死を起こします。

補体代替経路

補体は、抗体が異物を捉えた後に、抗体の働きを補う役割をします。補体の活性化の経路にはいくつかあり、補体代替経路は抗体がまだ作られていない場合の緊急の経路と考えられています。

サイトカインストーム

サイトカインとは、感染症などをきっかけとして、マクロファージなどの炎症細胞、上皮細胞、血管内皮細胞などから分泌されるたんぱく質です。サイトカインの中でも強い炎症応答を引き起こすものが炎症性サイトカインと呼ばれており、血液中に大量に放出されると、過剰な炎症反応が引き起こされ、様々な臓器に致命的な傷害が生じます。このような病態がサイトカインストームと呼ばれています。