
子どもの長時間のスクリーンタイムは 自閉スペクトラム症の原因ではなく、 早期特性の可能性であることが明らかに
研究成果のポイント
- 18ヶ月から40ヶ月の幼少時のお子さんのスクリーンタイムは大きく4つのグループに分かれる
- ASDに対する遺伝的なりやすさがあるとスクリーンタイムが幼少早期から長くなりやすい
- ADHDの遺伝的なりやすさがあると、当初は短くても成長とともにスクリーンタイムが長くなりやすい
概要
名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科の高橋長秀准教授、浜松医科大学子どものこころの発達研究センター・大阪大学大学院連合小児発達学研究科の土屋賢治特任教授のチームは、「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」の一環として、自閉スペクトラム症(ASD) 、注意欠如多動症(ADHD)と関連する遺伝子の変化の程度(以下“ASD・ADHDの遺伝的リスク”=なりやすさ)と生後18ヶ月、32ヶ月、40ヶ月のお子さんのスクリーンタイムの関連を検討しました。
まず、生後18ヶ月から40ヶ月のお子さんのスクリーンタイムは、1日1時間程度に留まるグループ(27.9%)、2時間程度から徐々に増えていくグループ(19.0%)、1日3時間ぐらい継続するグループ(20.3%)、初めからスクリーンタイムが4時間以上のグループ(32.8%)に分かれることが分かりました。
その上で、ASD・ADHDの遺伝的リスクが、それぞれのグループに属する可能性をどれだけ高めるかを解析すると、ASDの遺伝的リスクを有していると、同リスクのないお子さんに比べて約1.5倍1日3時間ぐらい継続するグループに、約2.1倍スクリーンタイムが4時間以上のグループに入りやすいことが分かりました。ADHDの遺伝的リスクの高いお子さんでは、スクリーンタイムが初めから長いわけではないものの、成長とともに徐々に長くなる傾向があることが分かりました。
これまでに、子どものスクリーンタイムが長いことが、ASD・ADHDの原因ではないかということが議論されてきましたが、本研究結果は、スクリーンタイムが長いことは、ASDの体質に関連しており、原因ではなくむしろ早期兆候である可能性を示唆するものと考えられます。またADHDの遺伝的リスクを持つお子さんでは、特にスクリーンタイムが長くなりすぎるリスクがあるため、注意が必要であると言えると思われます。
本研究成果は、国際的に権威の高い英文誌である米国医学会誌「Psychiatry Research」2023年9月号に掲載されました。
研究の背景
社会的背景「神経発達症のお子さんではスクリーンタイムが長い」
自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如多動症(ADHD)は、いずれも最も頻度の高い神経発達症(発達障害)の一つです。ASDは「社会的コミュニケーションが苦手」「こだわりが強い」という点が特徴で、ADHDは「じっとしているのが苦手で思いついたらすぐ行動に移してしまう」という「多動・衝動性」と、「集中力を持続することが苦手である」という「不注意」を特徴とします。ASDは18歳以下の約2.5%、ADHDは18歳以下の約5%にみられると報告されています。スクリーンタイムとは、テレビ、iPadなどで動画を見る時間、ゲームをしている時間など、デジタル機器の画面を見ている時間のことですが、一般に神経発達症のお子さんではスクリーンタイムが長くなりがちな傾向があることが知られています。
2022年、アメリカの有力な医学誌であるJAMA Pediatrics誌に日本の研究グループが「スクリーンタイムがASD のリスクとなる可能性がある」という論文を公表しました。一方で、今回の研究グループの一員である土屋賢治特任教授が「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」の詳細なデータから、同じくJAMA Pediatrics誌に「スクリーンタイムが長くても社会的コミュニケーション能力は低下せず、さらに外遊びを増やすことで改善することができる可能性がある」という論文を発表しました。このように、スクリーンタイムと神経発達症の関連については、相反する結果が報告されており、結論が出ていませんでした。
科学的背景「スクリーンタイムは神経発達症の原因なのか、結果なのか」
これまでの研究の多くは、スクリーンタイムと神経発達症には何らかの関連があることを報告していますが、その因果関係については明らかではありませんでした。しかし、ASD、ADHDの発症には環境要因と遺伝要因が関連するものの、多くの人にみられる頻度の高い遺伝子変化の組み合わせが特に重要であることが分かっています。
そこで本研究グループは、ASD・ADHDの発症と関連する遺伝子変化(以下 “ASD・ADHDの遺伝的リスク”=遺伝子変化に基づくASD・ADHDのなりやすさ)に注目して、スクリーンタイムの長さがASD・ADHDの遺伝的リスクと関連するかを究明すべく研究を行いました。
<本研究のあらまし>
月齢の異なるお子さんのスクリーンタイムに関する聞き取り調査、グループ分けを行い、ASD・ADHDの遺伝的リスクとの関連を検討
浜松医科大学で行われている「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」に出生時にエントリーされたお子さんのうち、18ヶ月、32ヶ月、40ヶ月のお子さんをお持ちの保護者にインタビューに答えていただき、かつ、遺伝子解析に同意した437人が、この研究の対象者です。そのDNAを解析し、約650万箇所の遺伝子の変化を調べ、海外の大規模遺伝子研究の成果を参照しつつ、ASD・ADHDに関連する遺伝子の変化の数と効果の大きさを考慮して、参加者の方のASD・ADHDの遺伝的リスク指標、「ポリジェニックリスクスコア」を算出しました。その上で、これらのポリジェニックリスクスコアとスクリーンタイムの関連を検討しました。
研究成果
① 幼少期のスクリーンタイムは経過によって4つの群に分かれる
まず、生後18ヶ月から40ヶ月のお子さんのスクリーンタイムは、1日1時間程度に留まるグループ(グループ1:27.9%)、2時間程度から徐々に増えていくグループ(グループ2:19.0%)、1日3時間ぐらい継続するグループ(グループ3:20.3%)、初めからスクリーンタイムが4時間以上のグループ(グループ4:32.8%)に分かれることが分かりました。
② ASDに対する遺伝的なりやすさ(ASDの遺伝的リスク)が強いと、幼児期からスクリーンタイムが長い傾向がある
上述の各グループにお子さんが属するリスクを検討すると、ASDの遺伝的リスクが高いと、スクリーンタイムが観察期間中ずっと1日3時間ぐらい継続するグループ(グループ3)、初めからスクリーンタイムが4時間以上のグループ(グループ4)に属するリスクが高まることが分かりました。またADHDについては、ADHDの遺伝的リスクが高いことで初めからスクリーンタイムが長いということはなく、徐々にスクリーンタイムが長くなる(グループ2)リスクがあることが分かりました。
まとめと今後の展開
今回の研究の結果をまとめると、幼少時18ヶ月〜40ヶ月のお子さんのスクリーンタイムの長さには、ASD・ADHDの遺伝的リスクが関連し、特にASDの遺伝的リスクが高いお子さんでは初めからスクリーンタイムが長い傾向が、ADHDの遺伝的リスクが高いお子さんでは徐々にスクリーンタイムが長くなる可能性がありました。このことから、スクリーンタイムが長いことはASDのリスクではなく、むしろ早期兆候であること、ADHDの遺伝的リスクが高いお子さんでは早めにデジタル機器の使用について約束をしておく必要があることを示唆しています。
これまでのスクリーンタイムとASD・ADHDの関連を検討した研究では、デジタル機器への親和性とASD・ADHDのあらわれとの前後関係を明らかにすることが困難でした。今回の研究はあらたに、遺伝的リスクを反映する「ポリジェニックリスクスコア」という変数を用いることで、遺伝的リスクがデジタル機器への親和性を決める可能性が示されました。これは、ASD・ADHDの遺伝的リスクがスクリーンタイムの長さを決めることはあっても、その逆、すなわち、スクリーンタイムがASD・ADHDの遺伝的リスクに影響を与えるということは考えにくいという前提にもとづく推論です。
今後、この結果が、ほかの年齢層の子どもや成人においても再現されることを期待します。その結果として、「こんなに動画ばかり見せていて大丈夫なのだろうか」と保護者の方が悩まれた時に「もしかしたら体質的にスクリーンタイムが長くなりやすい子なのかもしれない」と考えることができたり、周囲の方から「スマホばかり見せていると神経発達症になるよ」という批判を受けたりすることが減ることにつながればと願っています。一方で、兄弟・姉妹がいることで、スクリーンタイムが短くなる可能性を示すデータも得られたこともお伝えしたいと思います。
特記事項
【論文情報】
雑誌名:Psychiatry Research (2022 インパクトファクター: 11.3)
論文タイトル:The association between screen time and genetic risks for neurodevelopmental disorders in children
著者名・所属名:高橋長秀1,*、土屋賢治2,3,*、奥村明美2,3、原田妙子2,3、岩渕俊樹2,3、Md Shafiur Rahman2,3、西村倫子2,3
1 名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科
2 浜松医科大学子どものこころの発達研究センター
3 大阪大学大学院連合小児発達学研究科
* 共同筆頭著者
DOI: 10.1016/j.psychres.2023.115395
用語説明
- スクリーンタイム
テレビやタブレット、スマートフォンやゲーム機器などを見たり、遊んだりして過ごす時間
- ASD(Autism Spectrum Disorder)
自閉スペクトラム症: 社会的コミュニケーションの苦手さ、こだわりの強さと感覚過敏を特徴とする神経発達症で、18歳以下の約2.5%に見られると報告されています。
- ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder)
注意欠如多動症:じっとしていることや待つことが苦手といった多動性・衝動性と、集中力を持続することが苦手といった不注意を特徴とし、18歳以下の約5%に見られると報告されています。
- ポリジェニックリスクスコア (PRS)
多数の遺伝子の変化が疾患の発症に影響をもたらすというモデルに基づいて、個々人に見られる遺伝子が変化している数から、疾患へのなりやすさを数値化したものです。