抗がん剤の治療効果を高める新たなメカニズムを発見!

抗がん剤の治療効果を高める新たなメカニズムを発見!

2023-7-19生命科学・医学系
医学系研究科教授三善英知

概要

大阪国際がんセンター研究所の原田 陽一郎主任研究員(兼チームリーダー、糖鎖オンコロジー部)は、理化学研究所、慶應義塾大学、岡山大学、大阪大学、米国Sanford Burnham Prebys Medical Discovery Instituteとの多施設共同研究により、糖の1種であるマンノースが抗がん剤の治療効果を高める新たなメカニズムを発見しました。この研究成果は、抗がん剤治療の副作用の軽減に道を開くもので、その詳細は2023年7月18日に国際学術誌 「eLife」に掲載されました。

研究の内容

シスプラチンは、食道がんや頭頚部がんを初め多くのがんの治療に広く使われている抗がん剤で、遺伝情報のもとになるDNA複製を妨害することにより、がん細胞の増殖を抑えます。シスプラチンは高い治療効果を示しますが、腎機能の悪い患者さんは治療を受けられませんし、治療を受けられる患者さんも吐気や腎障害で苦しみ、長期に治療を続けるのが難しくなります。シスプラチンの治療効果を高めて投与量を減らすことができれば副作用が抑えられるので、長期に使い治療効果を高めることが可能になります。しかし、シスプラチンの治療効果を高める薬剤はまだ開発されていません。

研究グループは今回、ブドウ糖によく似たマンノースがシスプラチンの治療効果を高める作用を持つことに着目しました。がん細胞は、シスプラチンによってDNA複製が妨害されてもそれを克服する生き残り戦略を備えています(参考図の左)。ところが、マンノースを多量に投与されたがん細胞はこの戦略に必要な物質(デオキシリボヌクレオシド三リン酸 (dNTP))を十分に作れなくなり、シスプラチンの作用に耐えられず、死滅しやすくなることを発見しました(参考図の右)。

今回の研究成果により、マンノースはがん細胞にdNTPを作らせないようにしてシスプラチンの治療効果を高めていることが分かりました。このようなマンノースの治療効果を得るには多量のマンノースを投与する必要があります。マンノースは私たちの血液中にもありますが、とても少なく、増やしすぎると人体に害を及ぼす場合があるため、がん治療への応用には至っていません。今後、研究グループは少量でもシスプラチンの治療効果を高めることができる薬剤の開発を目指し、マンノースががん細胞にdNTPを作らせない詳しいメカニズムを明らかにしていきます。今後の研究の成果は、患者さんへの負担が少ない抗がん剤治療法の開発につながることが期待されます。

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参考図
(左)がん細胞に取り込まれたブドウ糖(グルコース)はリン酸化されてグルコース-6-リン酸になり、解糖系やペントースリン酸回路で代謝され、がん細胞の増殖に必要な材料(dNTPなど)に代謝されます。マンノースもグルコースと同様にリン酸化されたのち、マンノースリン酸イソメラーゼ
(MPI)の酵素反応によって解糖系に送られて代謝されます。シスプラチンはDNAと共有結合を形成してDNA複製を阻害しますが、dNTPが作用するとDNA複製の保証機構を使って複製を継続させるため、がん細胞は死滅しにくい状態です。
(右)生理的濃度を上回るマンノースを投与されたMPI欠損がん細胞では、マンノース-6-リン酸が異常に蓄積し、未知の機構によってグルコースの代謝経路が抑制され、dNTPを十分に合成できなくなります。このため、DNA複製の保証機構があるにもかかわらず、シスプラチンによるDNA複製の阻害を回避できずに致死的なDNA損傷が起こり、がん細胞が死滅しやすくなります。

特記事項

<論文情報>
<タイトル>Metabolic clogging of mannose triggers dNTP loss and genomic instability in human cancer cells
<著者名>Yoichiro Harada, Yu Mizote, Takehiro Suzuki, Akiyoshi Hirayama, Satsuki Ikeda, Mikako Nishida, Toru Hiratsuka, Ayaka Ueda, Yusuke Imagawa, Kento Maeda, Yuki Ohkawa, Junko Murai, Hudson H. Freeze, Eiji Miyoshi, Shigeki Higashiyama, Heiichiro Udono, Naoshi Dohmae, Hideaki Tahara, and Naoyuki Taniguchi
<雑誌> eLife
<DOI>https://doi.org/10.7554/eLife.83870

共同研究グループ
大阪国際がんセンター
研究所 糖鎖オンコロジー部
チームリーダー  原田 陽一郎
チームリーダー  大川 祐樹
研究員      前田 賢人
研究所長兼部長  谷口 直之研究所 がん創薬部
部長       田原 秀晃
研究員      溝手 雄
研究所 腫瘍増殖制御学部
部長       東山 繁樹
チームリーダー  今川 佑介
チームリーダー  平塚 徹

理化学研究所
環境資源科学研究センター 生命分子解析ユニット
ユニットリーダー 堂前 直

慶應義塾大学
先端生命科学研究所
准教授      平山 明由
特任准教授    村井 純子

岡山大学
大学院医歯薬学総合研究科 病態制御科学専攻 腫瘍制御学講座 免疫学
教授       鵜殿 平一郎

大阪大学
大学院医学系研究科保健学専攻 生体病態情報科学講座 分子生化学
教授       三善 英知

Sanford Burnham Prebys Medical Discovery Institute
Human Genetics Program
教授       Hudoson H. Freeze

用語説明

マンノース

血液中ではブドウ糖の100分の1しか存在しない希少な糖です。ブドウ糖と形がよく似ているため、細胞の中に溜まるとブドウ糖の働きを抑えることが古くから知られています。2018年にはマンノースががん細胞の増殖を抑え、さらに抗がん剤の治療効果を高めることが英国Nature誌に報告され、マンノースの抗がん作用に注目が集まっています。その内容は英国BBCニュースにも取り上げられていますが(https://www.bbc.com/news/health-46291919)、Nature誌に報告した筆者らはマンノースの安易な接種に警鐘を鳴らしています。

eLife

世界的に著名なHoward Hughes Medical Institute、Welcome Trust、Max Planck Societyの支援を受けて2012年に創刊された非営利オープンアクセス誌(2021年のインパクトファクターは8.713)。基礎科学および応用に及ぶ研究から臨床研究に至る広範囲な内容をカバーしています。発行国:イギリス。

URL https://elifesciences.org

シスプラチン

シス-ジアミンジクロロ白金(II)という物質名で、およそ半世紀にわたってさまざまながんの治療に使用されている抗がん剤です。腎障害を起こすため、尿をできるだけ多く出すことでシスプラチンを体外に排出する必要があります。また、吐気、骨髄障害、神経障害など副作用が多く、そのために薬の減量や休薬が必要になる場合があります。

DNA

遺伝情報のもとになる物質で、4つの暗号(A, T, C, G)からできています。

複製

細胞が増殖する際、細胞分裂に先立ってDNAが2倍になる過程です。DNAの二重らせんが解かれ、それが鋳型になって新しいDNAが合成されます。

デオキシリボヌクレオシド三リン酸 (dNTP)

DNAを構成する4つの塩基(A、T、C、G)に対応するデオキシアデノシン三リン酸 (dATP)、チミジン三リン酸 (dTTP)、シチジン三リン酸 (dCTP)、グアノシン三リン酸 (dGTP) の総称で、DNA複製に不可欠な物質です。